拾われ子のスイ

蒼居 夜燈

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第四章 南大陸

番外編 オアシスが沸いた夜

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 その日、カタリナは月次業務のひとつである各地の昇格試験合格者の確認をしていた。
 オアシス支部からの報告と相違が無いかの確認と、新たに上位ハイランクハンターになった者の把握が主要事項だが、オアシスと縁のあるハンターの活躍を眼に見える形で知る事が出来るという小さな楽しみもある。

「(……やはり、上位ハンターからは極端に合格者は減るわね……)」

 何せ昇格試験の討伐対象の内、一種類は龍だ。比較的、力の弱いと思われる個体が選ばれるが、それだけでも合格難度は上がるのに単純な戦闘力の強さだけでは合格出来ない。
 上位ランクに至れる者は極僅かとなる。

「(相応しくない者を上位に置かない為とは言え、トラウマになる人も多いのよね……。不合格者が挫折しなければ良いけれ、ど)」

 眼を掠めた名前が、カテリナの記憶を引っ掻いた。通り過ぎた眼を戻して、もう一度、今度はじっくりと文字をなぞる。
 そう言えば前もこんな事があった気がする、と既視感を覚えながらなぞっていくと、その名前はそこに確かに記載されていた。見間違いなどではなかった。
 カテリナはその名前があるランクを見直す。そこも、見間違いではない。

「…………」

 切れ長の目をぎゅっと瞑る。唇は、僅かに弧を描いていた。
 瞼を開けたカテリナはこの日一番の手際の良さで合格者一覧を魔道具で複製コピーすると、今日も書類の山を傍らに唸っているセオドアのデスクの前に立つ。
 その際、飲み物を差入れする事も、出来る支部長秘書であるカテリナは忘れない。

「お疲れ様です、支部長」

「……お疲れ。あぁ、ありがとな、カテリナ……なぁ」

「その書類は全て支部長案件ですので、残念ながら私ではお力になれません」

「まだ何も言ってねぇよ……」

 項垂れたセオドアに、事務所中から苦笑が漏れる。ハンターズギルドオアシス支部ではよくある光景だ。
 顔を上げたセオドアは、冷たい茶が入ったグラスを傾けながらカテリナに手を向けた。言外に「その書類も寄越せ」と言っている。

「確かに支部長にすぐにご覧いただきたい物ではありますが、期限はございませんので後回しでも結構ですよ」

「……こいつらの仲間ではないと?」

 書類の山に手を置いたセオドアに、カテリナは何も言わずにただ微笑んだ。

「(支部長おれにすぐに見て欲しい物だが、期限は無い。つまり仕事ではない、か?)」

 カテリナとの付き合いはそこそこ長い。支部長が直接関わる必要のある内容ならば、こんな言い方はしない。
 そうなれば、尚更気になってくる。セオドアは再度手を向けた。その手に、カテリナは先程複製した書類を渡す。

「(……そうか、Cランク昇格の時だったわね)」

 既視感の正体を知って、カテリナは一人納得する。今回は何も言わず、セオドア自身が、カテリナがその書類を渡した意味を把握するまで傍に佇む。

「…………」

 セオドアの眼が止まった。じっと一点を見たまま、少しの間黙り込むと徐ろに口を開いた。

「……五年以内、なんてもんじゃなかったな」

「三年すら経っていません。年齢はもう十三歳になっていますが」

 その会話で、その人物を知っている者は誰について話しているのかを察し、顔を見合わせる。
 ヒトよりも聴力の良い砂猫獣人のニーナも、受付カウンターにいながら耳を後ろに向けてはちらちらと振り返って気にしている。眼は驚きと喜びで瞳孔が丸くなっていた。
 事務所内の大半の職員から視線と意識を向けられている事に気付いたセオドアは、そちらを向いて微笑った。

「このオアシスでハンターになったスイが先月、南大陸のリーディンシャウフでBランクハンターになった。ハンターになってから僅か三年足らずでな」

 静寂。からの驚愕混じりの大歓声が事務所内を突き抜け、ロビーまで轟いた。
 ロビーにいたハンター達が何事かと受付カウンターから事務所内を覗き見ると、笑顔の職員達が喜び合っている。最も近くにいるニーナなど、笑い泣きで両手を上げていた。

「ど、どうしたんだ、ニーナ。何があったんだ?」

 普段無表情な職員まで笑顔なのだ。少々引いているハンター達に、ニーナは理由を教える。
 ニーナから聞いたハンターが驚き、更に別のハンター達に伝わる。数十秒後、ハンターズギルドオアシス支部内は大歓声に満ち、ギルドから飛び出して行ったハンター達によってその知らせはオアシス中に瞬く間に広まっていった。

 その夜、スイの昇格を祝う三人が宿屋ブレスでささやかな宴を催していた。
 近くの酒場や飯処からは、いつもより賑やかな声が聞こえてくる。

「こんなに嬉しいのも、こんなに酒が美味く感じるのも何年ぶりだろうなぁ」

 エールを一気に飲み干したセオドアは、心底満足気に息を吐いた。

「同感だわ。三年かけずに上位ハンターだなんて、それこそハンターマリク並の偉業よ」

 普段は味わいながら呑むのを好むジュリアンも、セオドア同様に一杯目を空にしていた。ふたつの空いたジョッキに、二杯目を注ぎ終わったリリアナも嬉しそうに笑って自分のジョッキを傾ける。

「無事に生きていてくれて、本当に嬉しいです。Cランク昇格の時もでしたけど、セオドアさんからのお知らせでもないと中々私達にはスイちゃんの事は伝わって来ないですから」

 最年少ハンターにして歴代の記録に並ぶ速度で活躍し、昇格していくスイの噂は、他のハンターと比べれば多い。
 それでも余程の有名人でなければ、旅人の間には頻繁に話題に上らない。ましてや、他の大陸まで届く事もない。

 稀に宿泊客同士の会話に上る遠くの地の小さなハンターの噂は、ジュリアンとリリアナにとってスイの活躍と無事を知る事が出来る貴重な機会だった。
 二杯目を半分程飲んだ所で満足気な顔から目を伏せたセオドアは、しみじみと呟く。

「……何歳なら大丈夫なんてものはないが……十二歳の心には、かなり堪えただろうな」

 支部長のセオドアは立場上、リーディンシャウフの大惨禍の詳細を知っている。故に、この大惨禍にスイが参戦し、堕龍フォーレンドラゴンを討った最功労者の片方である事も知っていた。

「……そうね。優しくて素直なあの子には、過酷な経験になったと思うわ」

 セオドアからその事を聞いていたジュリアンとリリアナも知っている。どれだけの犠牲者が出たかを。
 大惨禍での功績もあって、スイはBランク昇格試験の受験資格を得た。合格自体は手放しで喜べるが、そこに至るまでの経緯は複雑な心境にもなる。

「……大丈夫かしら。心の傷とか……」

「あの町のハンターズギルドの支部長はフリーデだ。Aランクハンターのイザベラもいるし、同性同士上手く心のケアをしてくれていると思いたいがな」

「……フリーデはともかく、イザベラはどうかしらね……。面倒見が良いと言えば良いけど、彼女、天性で無神経な所あるから……」

「アイツ、悪意無く煽る所あるからな」

 現役時代、二人はフリーデとイザベラとも面識がある。どちらも強く美しく、他人に慕われる人だったがイザベラには振り回された記憶があり、セオドアもジュリアンも苦笑いを浮かべた。

「……マリク殿とレイラ殿が御存命なら、大層喜ばれただろうな」

「ハンターマリクは大酒かっくらったでしょうね、朝まで」

 大きな濁声で笑って、ジョッキどころか樽で酒を呑んで、朝まで孫を自慢する。そして朝方酒場に迎えに来たレイラが溜息を吐く。
 そんな光景が簡単に眼に浮かんで、三人は苦くない顔で笑った。

「次に会えるのがいつかはわからないけれど、その時が来たらお二人の代わりに私達が喜びましょう」

「そうね。スイちゃんの大好物を並べて、お友達の二人も呼んで盛大に祝いましょう。スイちゃんが成人してたら、お酒も並べられるわね」

「その時は俺も樽で呑むか!」

支部長アンタは立場上、万が一があるから樽はやめときなさい」

「くそぉ……! 祝い事の時くらい、俺も何も考えずに呑みてぇ……!」

 各支部長は有事の際、早急にギルドに行き、事態の把握と状況報告、事の鎮静化に務めなければならない。
 辞めたいと思う程、この仕事に嫌気が差した事はないが祝い事の際も心ゆくまで呑めないのが難点ではある。
 セオドアは悔しげに唸りながら、妻からも言い渡されている飲酒許容量のジョッキ三杯目に口をつけた。
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