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第三幕 神は天に居まし、人の世は神も無し
50.シーン3-16(コクヤ)
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少年の方がそんなんじゃないと否定する。それを聞いたフルーラさんの表情は同意しながらも、どこか寂しげに見えた。なるほど、身分違いのなんとやら、というほどでもないのかもしれないが、それでも彼の身なりとフルーラさんの身なりには目に見えて差があった。少年の煤けた衣服はところどころが擦り切れていて、彼に布を買えるだけの余裕が無いことを示している。例え彼らがお互いに好意を寄せていたのだとしても、周りがそれを認めるとは限らない。
「その二人は」
突然背後から声がして、私はぎょっとしてしまった。出すなんて思ってもみないところでいきなり声を出されて驚いたというのもあるが、大体その人物が声を発する時はろくでもない場面であることが多い。
「共振者だ」
カインはとくに心のこもらぬ淡々と冷めた口調で、私たちへ向けて短くそう言い放った。
そんなことを今ここで彼らに告げて、一体どうしろというのだろうか。ああそうですかと適当に答えようにも、困惑しながら再び赤くなってしまった二人を見ると、何も言えない。人の縁は、決してマナばかりによるものではない。マナの導きは人と人を導けど、必ずしも、その絆が成就するとは限らない。
「だからお互いに引き合う力が強いのだろう。現に」
私は突如として色々喋りだしそうになっている背後の人物の視界を遮るように、わざと荷物を少し高めに担ぎ直すと、後ろに下がって肘で彼を小突きながら後方へと押しやった。そして、ミリエとオルカに後を任せ、気まずい空気が流れだしたその場から遠ざかった。
荷物を港へ持っていく途中だからと言い置いてはみたものの、釈然としない不快感と後味悪い後悔のみが胸に残る。彼らのためというよりも、ただ単に私がその話題をあまり耳にしたくないだけなのだ。
その後、港と街中をいくらか往復してから、最後の荷物として街から教会詰め所への荷物を集めて帰る最中、私はふと妙な人影を見つけた気がして立ち止まった。
日もすっかり傾いて、空の色も天頂が紫紺に染まり始めている時刻だ。地面には黒々とした影が伸び、忍び寄る夜の気配に人々はそれぞれの家へと落ち着く。明かりを持った見回りが治安維持に務めているのだとしても、やはり不安は拭えない。月の光とランタンのみでどれほど夜を暗闇から人の手に取り戻せるというのだろう。誰そ彼、黄昏時、逢魔が時だ。私だって、疲れていても早く戻りたい一心で足早になっている。だというのに、その人影はまるで暗がりに身でも隠しているように、敢えて一層闇の深まる路地裏へと駆けていった。
この賑やかな街に潜む裏の顔が脳裏をよぎる。もちろん船でも治安が悪いところもあると警告されているくらいなのだから、私も十分心得ている。決して、珍しいことではないのだろう。しかし、何か腑に落ちないものがあった気がして、私はしばらく影の去ったあとを眺めて立ち止まった。
人影が消えていった路地の先は、それこそ人の気配のしない区画へと繋がっている。昼間出会った少年と同じくらいの労働者層が身を置いている区画とも、また少し離れている。
暗がりの向こうに潜む不吉な気配にどこか不気味な寒気を覚えて、私は早々と詰め所へ戻ることを素直に決め、担ぎ上げていた荷物を抱え直して歩き出した。そして、私が足を止めていたためにそれに気づいて立ち止まっていたらしいカインに見事にぶつかった。
荷物を担ぎ直しながら歩き出してしまったために、わりと長めの荷物の先が勢いよく彼の頭部をやや下方から直撃し、横を向いたまま歩き出した私がヤバい何かぶつけたかなと振り向きざまに慌てて荷物の向きを変えたために、わりと長めの荷物の端が横殴りで彼の頭部を薙ぎ払う。合計すると、私は流れる二連撃を彼の頭部へ浴びせていた。
「あっごめん」
よく見ていなかったので詳しいことは不明だが、それほど固い荷物ではないので多分そこまで痛くなかったに違いない。と、思っておこう。
「……前を見て歩け」
夕闇の中、鋭い金の双眸でギラリとこちらを見下ろされ、私はすぐさまもう二回くらい謝った。多分そこまで痛くなかったに違いないと思っておきたい。
「あの程度なら余程近づかなければ問題はないだろうが、お前は」
「はい?」
突然なにを言い出すのかと彼の顔を見上げると、彼は先ほど人影が走り去った方を見つめていた。そして再び私を見下ろし、一瞬だけ微かに眉根を寄せて変なものでも見る目をしてから「行かない方がいい」と短く告げた。なんだその目は覚悟しろ。
少しの間なんのこっちゃと呆けていたが、なるほど、私は路地が向かう方角のさらに先にあるものの正体を思い当てた。ひと気が妙に少ないはずだ。要するに治安以前の問題で、そもそも人が近づけない。聖都にあった場所と同じだ。
ついでに言うと、私が走り去る人影に感じた胸のつかえの正体は、どうにもその人物の魔力のようだ。カインがあの程度ならば問題ないと言っていたのは、恐らくそのことだったのだろう。
日の当たらない道を選ぶ高魔力者はまずほとんど存在しない。無論、よほどの物好きでもなければの話だ。港で聞いたゴリオさんの話を思い出したのは、そんな感じで荷物を運び終えたあと、割り当てられた詰め所の仮眠室に腰を落ち着けてからだった。
「その二人は」
突然背後から声がして、私はぎょっとしてしまった。出すなんて思ってもみないところでいきなり声を出されて驚いたというのもあるが、大体その人物が声を発する時はろくでもない場面であることが多い。
「共振者だ」
カインはとくに心のこもらぬ淡々と冷めた口調で、私たちへ向けて短くそう言い放った。
そんなことを今ここで彼らに告げて、一体どうしろというのだろうか。ああそうですかと適当に答えようにも、困惑しながら再び赤くなってしまった二人を見ると、何も言えない。人の縁は、決してマナばかりによるものではない。マナの導きは人と人を導けど、必ずしも、その絆が成就するとは限らない。
「だからお互いに引き合う力が強いのだろう。現に」
私は突如として色々喋りだしそうになっている背後の人物の視界を遮るように、わざと荷物を少し高めに担ぎ直すと、後ろに下がって肘で彼を小突きながら後方へと押しやった。そして、ミリエとオルカに後を任せ、気まずい空気が流れだしたその場から遠ざかった。
荷物を港へ持っていく途中だからと言い置いてはみたものの、釈然としない不快感と後味悪い後悔のみが胸に残る。彼らのためというよりも、ただ単に私がその話題をあまり耳にしたくないだけなのだ。
その後、港と街中をいくらか往復してから、最後の荷物として街から教会詰め所への荷物を集めて帰る最中、私はふと妙な人影を見つけた気がして立ち止まった。
日もすっかり傾いて、空の色も天頂が紫紺に染まり始めている時刻だ。地面には黒々とした影が伸び、忍び寄る夜の気配に人々はそれぞれの家へと落ち着く。明かりを持った見回りが治安維持に務めているのだとしても、やはり不安は拭えない。月の光とランタンのみでどれほど夜を暗闇から人の手に取り戻せるというのだろう。誰そ彼、黄昏時、逢魔が時だ。私だって、疲れていても早く戻りたい一心で足早になっている。だというのに、その人影はまるで暗がりに身でも隠しているように、敢えて一層闇の深まる路地裏へと駆けていった。
この賑やかな街に潜む裏の顔が脳裏をよぎる。もちろん船でも治安が悪いところもあると警告されているくらいなのだから、私も十分心得ている。決して、珍しいことではないのだろう。しかし、何か腑に落ちないものがあった気がして、私はしばらく影の去ったあとを眺めて立ち止まった。
人影が消えていった路地の先は、それこそ人の気配のしない区画へと繋がっている。昼間出会った少年と同じくらいの労働者層が身を置いている区画とも、また少し離れている。
暗がりの向こうに潜む不吉な気配にどこか不気味な寒気を覚えて、私は早々と詰め所へ戻ることを素直に決め、担ぎ上げていた荷物を抱え直して歩き出した。そして、私が足を止めていたためにそれに気づいて立ち止まっていたらしいカインに見事にぶつかった。
荷物を担ぎ直しながら歩き出してしまったために、わりと長めの荷物の先が勢いよく彼の頭部をやや下方から直撃し、横を向いたまま歩き出した私がヤバい何かぶつけたかなと振り向きざまに慌てて荷物の向きを変えたために、わりと長めの荷物の端が横殴りで彼の頭部を薙ぎ払う。合計すると、私は流れる二連撃を彼の頭部へ浴びせていた。
「あっごめん」
よく見ていなかったので詳しいことは不明だが、それほど固い荷物ではないので多分そこまで痛くなかったに違いない。と、思っておこう。
「……前を見て歩け」
夕闇の中、鋭い金の双眸でギラリとこちらを見下ろされ、私はすぐさまもう二回くらい謝った。多分そこまで痛くなかったに違いないと思っておきたい。
「あの程度なら余程近づかなければ問題はないだろうが、お前は」
「はい?」
突然なにを言い出すのかと彼の顔を見上げると、彼は先ほど人影が走り去った方を見つめていた。そして再び私を見下ろし、一瞬だけ微かに眉根を寄せて変なものでも見る目をしてから「行かない方がいい」と短く告げた。なんだその目は覚悟しろ。
少しの間なんのこっちゃと呆けていたが、なるほど、私は路地が向かう方角のさらに先にあるものの正体を思い当てた。ひと気が妙に少ないはずだ。要するに治安以前の問題で、そもそも人が近づけない。聖都にあった場所と同じだ。
ついでに言うと、私が走り去る人影に感じた胸のつかえの正体は、どうにもその人物の魔力のようだ。カインがあの程度ならば問題ないと言っていたのは、恐らくそのことだったのだろう。
日の当たらない道を選ぶ高魔力者はまずほとんど存在しない。無論、よほどの物好きでもなければの話だ。港で聞いたゴリオさんの話を思い出したのは、そんな感じで荷物を運び終えたあと、割り当てられた詰め所の仮眠室に腰を落ち着けてからだった。
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