ピアシリュージョン・ブレイド

白金 二連

文字の大きさ
50 / 77
第三幕 神は天に居まし、人の世は神も無し

50.シーン3-16(コクヤ)

しおりを挟む
 少年の方がそんなんじゃないと否定する。それを聞いたフルーラさんの表情は同意しながらも、どこか寂しげに見えた。なるほど、身分違いのなんとやら、というほどでもないのかもしれないが、それでも彼の身なりとフルーラさんの身なりには目に見えて差があった。少年の煤けた衣服はところどころが擦り切れていて、彼に布を買えるだけの余裕が無いことを示している。例え彼らがお互いに好意を寄せていたのだとしても、周りがそれを認めるとは限らない。

「その二人は」

 突然背後から声がして、私はぎょっとしてしまった。出すなんて思ってもみないところでいきなり声を出されて驚いたというのもあるが、大体その人物が声を発する時はろくでもない場面であることが多い。

「共振者だ」

 カインはとくに心のこもらぬ淡々と冷めた口調で、私たちへ向けて短くそう言い放った。
 そんなことを今ここで彼らに告げて、一体どうしろというのだろうか。ああそうですかと適当に答えようにも、困惑しながら再び赤くなってしまった二人を見ると、何も言えない。人の縁は、決してマナばかりによるものではない。マナの導きは人と人を導けど、必ずしも、その絆が成就するとは限らない。

「だからお互いに引き合う力が強いのだろう。現に」

 私は突如として色々喋りだしそうになっている背後の人物の視界を遮るように、わざと荷物を少し高めに担ぎ直すと、後ろに下がって肘で彼を小突きながら後方へと押しやった。そして、ミリエとオルカに後を任せ、気まずい空気が流れだしたその場から遠ざかった。
 荷物を港へ持っていく途中だからと言い置いてはみたものの、釈然としない不快感と後味悪い後悔のみが胸に残る。彼らのためというよりも、ただ単に私がその話題をあまり耳にしたくないだけなのだ。

 その後、港と街中をいくらか往復してから、最後の荷物として街から教会詰め所への荷物を集めて帰る最中、私はふと妙な人影を見つけた気がして立ち止まった。

 日もすっかり傾いて、空の色も天頂が紫紺に染まり始めている時刻だ。地面には黒々とした影が伸び、忍び寄る夜の気配に人々はそれぞれの家へと落ち着く。明かりを持った見回りが治安維持に務めているのだとしても、やはり不安は拭えない。月の光とランタンのみでどれほど夜を暗闇から人の手に取り戻せるというのだろう。誰そ彼、黄昏時、逢魔が時だ。私だって、疲れていても早く戻りたい一心で足早になっている。だというのに、その人影はまるで暗がりに身でも隠しているように、敢えて一層闇の深まる路地裏へと駆けていった。

 この賑やかな街に潜む裏の顔が脳裏をよぎる。もちろん船でも治安が悪いところもあると警告されているくらいなのだから、私も十分心得ている。決して、珍しいことではないのだろう。しかし、何か腑に落ちないものがあった気がして、私はしばらく影の去ったあとを眺めて立ち止まった。

 人影が消えていった路地の先は、それこそ人の気配のしない区画へと繋がっている。昼間出会った少年と同じくらいの労働者層が身を置いている区画とも、また少し離れている。
 暗がりの向こうに潜む不吉な気配にどこか不気味な寒気を覚えて、私は早々と詰め所へ戻ることを素直に決め、担ぎ上げていた荷物を抱え直して歩き出した。そして、私が足を止めていたためにそれに気づいて立ち止まっていたらしいカインに見事にぶつかった。

 荷物を担ぎ直しながら歩き出してしまったために、わりと長めの荷物の先が勢いよく彼の頭部をやや下方から直撃し、横を向いたまま歩き出した私がヤバい何かぶつけたかなと振り向きざまに慌てて荷物の向きを変えたために、わりと長めの荷物の端が横殴りで彼の頭部を薙ぎ払う。合計すると、私は流れる二連撃を彼の頭部へ浴びせていた。

「あっごめん」

 よく見ていなかったので詳しいことは不明だが、それほど固い荷物ではないので多分そこまで痛くなかったに違いない。と、思っておこう。

「……前を見て歩け」

 夕闇の中、鋭い金の双眸でギラリとこちらを見下ろされ、私はすぐさまもう二回くらい謝った。多分そこまで痛くなかったに違いないと思っておきたい。

「あの程度なら余程近づかなければ問題はないだろうが、お前は」
「はい?」

 突然なにを言い出すのかと彼の顔を見上げると、彼は先ほど人影が走り去った方を見つめていた。そして再び私を見下ろし、一瞬だけ微かに眉根を寄せて変なものでも見る目をしてから「行かない方がいい」と短く告げた。なんだその目は覚悟しろ。

 少しの間なんのこっちゃと呆けていたが、なるほど、私は路地が向かう方角のさらに先にあるものの正体を思い当てた。ひと気が妙に少ないはずだ。要するに治安以前の問題で、そもそも人が近づけない。聖都にあった場所と同じだ。

 ついでに言うと、私が走り去る人影に感じた胸のつかえの正体は、どうにもその人物の魔力のようだ。カインがあの程度ならば問題ないと言っていたのは、恐らくそのことだったのだろう。

 日の当たらない道を選ぶ高魔力者はまずほとんど存在しない。無論、よほどの物好きでもなければの話だ。港で聞いたゴリオさんの話を思い出したのは、そんな感じで荷物を運び終えたあと、割り当てられた詰め所の仮眠室に腰を落ち着けてからだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

【完結】ある二人の皇女

つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。 姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。 成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。 最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。 何故か? それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。 皇后には息子が一人いた。 ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。 不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。 我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。 他のサイトにも公開中。

処理中です...