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第三幕 神は天に居まし、人の世は神も無し
51.シーン3-17(彼女)
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一夜が明けて、別の部屋で休んでいたらしいカインを連れて、というよりむしろ既に待機していた彼に待たれ、私はフルーラさんの家へ向かった。
「アンタ日に日にやつれてない?」
顔を会わせて早々にしてミリエが言う。私だって、早く課題から解放されて自由になりたい。
仮眠室に立派な物書き台とインクとペンと一晩分の明かりを準備してくれていたキュリアさんに心の中で涙を流し、私はコクヤの街へ出た。彼女も彼女でやはり何か色々と用があるらしく、既に別所へ出掛けているらしかった。忙しい人である。目的地へ向かうのは、ミリエとオルカとギャラクシー・パラリラと、道案内のフルーラさんと、昨日の助けがあって今日の分の荷運びが無い私の計五人のようだ。
私は結局、彼への言葉遣いを彼の歳が割れる前の状態へと戻した。今更すぎる感じが拭えなかったというのが大きい。朝、私が普段の口調で話しかけてみたところで、彼は特に関心を示さなかった。いつもどおり無言で待機していた彼は、いつも通り無言でマナの浄化を行うために表へ出た。恐らく彼も周囲からそう見られないということは意識しているのだろう。ミリエやオルカも特に彼への見方や口調を変えるつもりは無いらしい。
昨日見かけた路地よりもいくぶん開けた道をフルーラさんに案内されながら、いつかどこかで感じた気味の悪い不快感を放つ場所へと近づいていく。聖都と違い、腕、もとい魔力に覚えのある魔術士がほとんどいないコクヤでは、防護魔術が常に張られているわけでもない。結果、道を進めば進むほど、人や動物たちはおろか草木も疎らになっていく。目視でマナの渦巻く吹き溜まりが確認できる頃になると、辺り一面石と砂と、何か昔は建物でもあったのか土台の残骸らしきもののみという、完全な荒野になっていた。
視界を埋める世界の色は褪せた灰と茶に支配され、乾いた風と淀んだマナの流れとともに、うず高く砂塵が巻き上がる。唯一広がる空の青は薄暗く翳り、かつて降り注ぐ陽の光に向かって枝葉を伸ばしていたはずの木々も、砂嵐に侵食され、面影もなく朽ち果てていた。今ではもう、黒く尖った繊維の残りかすのみが、そこかしこの地面からもの寂しげに突き出しているだけだ。そして、そんな命があったはずの証さえ、この流れに飲み込まれて、いずれ失われてしまうだろう。
大聖堂では防護魔術のおかげかあまりそこまで感じなかったが、不浄だか不潔だか不埒だかいうなんたらのもたらす力とは、目の前に広がる景色をここまで何も存在しない死の世界へと変えてしまうものなのだ。
「ごめんなさい、わたしはこれ以上近づけません」
遠くに渦巻く光を帯びたマナを見ながら、フルーラさんは立ち止まった。吹き荒れる砂風の猛襲に顔をしかめ、彼女は羽織ったローブのフードを少し深くかぶり直した。今朝見た健康そうな彼女の肌色からはすっかり血の気が失せていて、平静を保つ顔にも苦しい努力が滲んでいる。
「いえ、ここまで案内していただいて、ありがとうございます」
礼を述べる私の顔を見た彼女は、心底心配そうな顔で眉を八の字型に下げた。私も他人をとやかく言えない見た目らしい。そっとオルカの方を向くと、彼は私に蒼白だよと答えてれた。しかしながら今回は「でもまあ、前よりはそうでもないかな」なんていう呟きが言葉のあとにくっついた。グッジョブである。
「んじゃ、私も行っていい感じ」
私がそう確認すると、ミリエがなんでそうなるのと腰に手を当て、頬を膨らませて怒る。
「この前倒れたの忘れたの? アンタの魔力じゃ危険なの!」
私は不敵ににやりと笑った。
「たとえその身に纏う魔力は頼りなくとも、その身に宿す体力には自信アリ」
「うっわ偉そう! なんでそんなに偉そうなのよ!」
なんか上手いこと言ってやろうとしたり顔で言う私に、アンタのその無駄な自信はどこから来るのとミリエが呆れる。
「体力があるやつはしぶといぞ、多分」
「多分なんでしょ」
多分、それほど間違いでもない。
そんなのダメよイヤよ行くわよ来ないで行くもんという意味のない押し問答を二人の間で延々と繰り返す。そのうち見ていて飽きてきたらしいオルカがまあ何かあったらすぐに引き返してねと私に加勢し、ついに疲れてきたらしいミリエが死んでも骨は拾わないからと言ってそっぽを向き、ずかずかと歩き出した。
荒野のほぼ中心地で魔術を展開し始めるミリエとオルカを少し離れたところからぼんやりと眺めながら、私はあの聖堂で出会った人を思い出した。カインがマナの激流に向かって手をかざし、押し寄せる淀んだ波を防護魔術が受け止める。
ここまで来て言うのもなんだが、私や彼らは一体何をこんなところでやっているんだろうなんて他人行儀な感想が、俄然胸の中に湧いた。目の前で繰り広げられる悪戦苦闘が、窓越しに眺めているかのごとく心のどこかに遠ざかる。おまけでついて来ているようなものなので、もちろん付け入る隙など初めからありはしない。がしかし、それにしたって、こうして野ざらしにされ命の欠片も感じられない場所にひとりぽつんと立っていると、寂寞感や疎外感も増してしまうというものだ。
「アンタ日に日にやつれてない?」
顔を会わせて早々にしてミリエが言う。私だって、早く課題から解放されて自由になりたい。
仮眠室に立派な物書き台とインクとペンと一晩分の明かりを準備してくれていたキュリアさんに心の中で涙を流し、私はコクヤの街へ出た。彼女も彼女でやはり何か色々と用があるらしく、既に別所へ出掛けているらしかった。忙しい人である。目的地へ向かうのは、ミリエとオルカとギャラクシー・パラリラと、道案内のフルーラさんと、昨日の助けがあって今日の分の荷運びが無い私の計五人のようだ。
私は結局、彼への言葉遣いを彼の歳が割れる前の状態へと戻した。今更すぎる感じが拭えなかったというのが大きい。朝、私が普段の口調で話しかけてみたところで、彼は特に関心を示さなかった。いつもどおり無言で待機していた彼は、いつも通り無言でマナの浄化を行うために表へ出た。恐らく彼も周囲からそう見られないということは意識しているのだろう。ミリエやオルカも特に彼への見方や口調を変えるつもりは無いらしい。
昨日見かけた路地よりもいくぶん開けた道をフルーラさんに案内されながら、いつかどこかで感じた気味の悪い不快感を放つ場所へと近づいていく。聖都と違い、腕、もとい魔力に覚えのある魔術士がほとんどいないコクヤでは、防護魔術が常に張られているわけでもない。結果、道を進めば進むほど、人や動物たちはおろか草木も疎らになっていく。目視でマナの渦巻く吹き溜まりが確認できる頃になると、辺り一面石と砂と、何か昔は建物でもあったのか土台の残骸らしきもののみという、完全な荒野になっていた。
視界を埋める世界の色は褪せた灰と茶に支配され、乾いた風と淀んだマナの流れとともに、うず高く砂塵が巻き上がる。唯一広がる空の青は薄暗く翳り、かつて降り注ぐ陽の光に向かって枝葉を伸ばしていたはずの木々も、砂嵐に侵食され、面影もなく朽ち果てていた。今ではもう、黒く尖った繊維の残りかすのみが、そこかしこの地面からもの寂しげに突き出しているだけだ。そして、そんな命があったはずの証さえ、この流れに飲み込まれて、いずれ失われてしまうだろう。
大聖堂では防護魔術のおかげかあまりそこまで感じなかったが、不浄だか不潔だか不埒だかいうなんたらのもたらす力とは、目の前に広がる景色をここまで何も存在しない死の世界へと変えてしまうものなのだ。
「ごめんなさい、わたしはこれ以上近づけません」
遠くに渦巻く光を帯びたマナを見ながら、フルーラさんは立ち止まった。吹き荒れる砂風の猛襲に顔をしかめ、彼女は羽織ったローブのフードを少し深くかぶり直した。今朝見た健康そうな彼女の肌色からはすっかり血の気が失せていて、平静を保つ顔にも苦しい努力が滲んでいる。
「いえ、ここまで案内していただいて、ありがとうございます」
礼を述べる私の顔を見た彼女は、心底心配そうな顔で眉を八の字型に下げた。私も他人をとやかく言えない見た目らしい。そっとオルカの方を向くと、彼は私に蒼白だよと答えてれた。しかしながら今回は「でもまあ、前よりはそうでもないかな」なんていう呟きが言葉のあとにくっついた。グッジョブである。
「んじゃ、私も行っていい感じ」
私がそう確認すると、ミリエがなんでそうなるのと腰に手を当て、頬を膨らませて怒る。
「この前倒れたの忘れたの? アンタの魔力じゃ危険なの!」
私は不敵ににやりと笑った。
「たとえその身に纏う魔力は頼りなくとも、その身に宿す体力には自信アリ」
「うっわ偉そう! なんでそんなに偉そうなのよ!」
なんか上手いこと言ってやろうとしたり顔で言う私に、アンタのその無駄な自信はどこから来るのとミリエが呆れる。
「体力があるやつはしぶといぞ、多分」
「多分なんでしょ」
多分、それほど間違いでもない。
そんなのダメよイヤよ行くわよ来ないで行くもんという意味のない押し問答を二人の間で延々と繰り返す。そのうち見ていて飽きてきたらしいオルカがまあ何かあったらすぐに引き返してねと私に加勢し、ついに疲れてきたらしいミリエが死んでも骨は拾わないからと言ってそっぽを向き、ずかずかと歩き出した。
荒野のほぼ中心地で魔術を展開し始めるミリエとオルカを少し離れたところからぼんやりと眺めながら、私はあの聖堂で出会った人を思い出した。カインがマナの激流に向かって手をかざし、押し寄せる淀んだ波を防護魔術が受け止める。
ここまで来て言うのもなんだが、私や彼らは一体何をこんなところでやっているんだろうなんて他人行儀な感想が、俄然胸の中に湧いた。目の前で繰り広げられる悪戦苦闘が、窓越しに眺めているかのごとく心のどこかに遠ざかる。おまけでついて来ているようなものなので、もちろん付け入る隙など初めからありはしない。がしかし、それにしたって、こうして野ざらしにされ命の欠片も感じられない場所にひとりぽつんと立っていると、寂寞感や疎外感も増してしまうというものだ。
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