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第二章 死ぬまでにしたい【3】のこと

71話 わたくしとシリルの思い出

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 放課後は、シリルとのデートだ。

 
 学校でしばらくシリルの準備を待ってから、合流することになっている。


 
 しばらく待っていると、シリルが教室をのぞき込んできた。
 教室に残った生徒はまばらだ。クラスメイトがシリルを見て、ほうっと、ため息をついた。


 今日のシリルは髪をオールバックにして、白のタキシードを着てきた。普段と違うシリルに胸が高鳴る。が、姉としての威厳を示さねば。


「遅かったですね。シリル。ずいぶん退屈してしまいましたよ」
 わたくしはわざと素気なく言った。

「ごめんね……姉さん。準備に時間がかかって……その、僕、どうかな?」
「ま……まあまあではないですか?」
 シリルは肩を落とし、へちょん、と首を下げた。
「そうだよね……。僕なんかが、頑張ってオシャレしても、まあまあだよね」
「そ……そんなことないわ! か……かっこいい! シリル、すごくいい!」
 頬に熱を感じたが、身振り手振りでごまかした。


「そ、そうかな。姉さんに言われると、嬉しいよ!」
 シリルは人懐っこい笑顔を見せた。


「い、いきましょうか」
「うん。今日は僕がエスコートするから任せて!」
「そ、そう……。わたくしがお姉さんなのですから、なにかあったら、遠慮なく言ってね」
「そうしたら、エスコートにならないでしょう。今日は僕がリードするから。妹になったつもりでね」
「妹!? それは未経験です! どうやったら、妹っぽくなれるのかしら……」
 目が泳ぐ。読んだ小説や、友達を思い浮かべるも、該当者がいないので、演じられない。ああ! イザベラの妹のベアトリーチェがおりましたね!
 

 ベアトリーチェといえば――。
「シリル! もう大丈夫! わたくし、どこに出しても恥ずかしくない”妹”になれそうです!! さあ、どこに行くか決めてますか? お店でしたら、予約はとっている? もし道に迷っても大丈夫。一緒に探すわ」
 わたくしはベアトリーチェがイザベラにやっていたように、ひたすらに心配してみせた。


 シリルは立ち止まり、わたくしの唇にふれない、ぎりぎりに人差し指をたてた。ドキッと、心臓が鳴った。

「姉さん。僕たちはずっとそうやってきたよね。今日は互いに自然に楽しもうよ」
 シリルの蜂蜜色の瞳の目尻が細められ、優しくわたくしを見つめる。



 そうだ。シリルは元々遠縁の男爵の三男で、アシュフォード家に養子に来て、お父さまとコミュニケーションが難しいなか、できる令息を演じなくてはならなかった。どんなに辛い時も、シリルは笑って耐えた。わたくしが辛いときに笑うのも、シリルを尊敬して、真似ているにすぎない。

 
「ええ。シリルの心意気に感謝するわ」
「そうしてくれるとうれしい! 僕は姉さんとのデートを楽しみにしてきたんだから」



 外に出ると、夕日が沈みかかっていた。残照が下校中の生徒を照らす。
 
 シリルの馬車は清潔なシリルのにおいがした。
 外をながめる。


 無意識に探してしまう。30~50歳ぐらいの女を。馬車で通りすぎる人のなかにもしかしたら、茨の魔女がいるかもしれない。


「姉さん、間違いだったらいいんだけど、最近というか、大分前からなにかを悩んでいるように感じたけど、茨の魔女の件だったのかな。よかったら話してくれない」
「どうしたの。急に。何もないわ。シリルこそ、お父さまとはどうですか」
 するどいなぁと思いながらごまかす。

「姉さんのおかげで仲良くさせてもらっているよ。あんなにギクシャクしていたのが嘘みたいだ。クビになりかけていた僕の命の恩人だね」
「大げさです。シリルの優秀さがうまく伝わってなかっただけだわ」


 シリルは日に日にアラン殿下に似てきている。シリルは15歳で殿下とは2歳違い。ぐんぐんと背も伸びて、かわいらしさから、洗練された大人へ変化している。
 婚約破棄される前のアラン殿下の立ちのぼる色気も好きだったわたくしは、シリルを見るとなんとも言えない気持ちになる。


「姉さんは僕がアシュフォード家に引き取られた日のことを覚えている?」
「もちろん。昨日のことのようにね。だってまだ1年ぐらいしか経っていないのですもの」


 シリルとは、アシュフォード家に来る前に顔合わせはすませていたが、お父さまに連れられてきたシリルは、借りてきた猫のように怯えていた。まるで、自分の有能さを示さないと捨てられてしまうかのように。


 ――だから、わたくしは大丈夫だよ。ここは怖い場所でも、貴方を試す場所でもないことをわかってほしくて――


「急に姉さんがパジャマに着替えて、まくらを持って、イタムと一緒に廊下の長椅子で寝始めてさ。僕のまくらまで用意して、一緒に寝ながら話そうって言ったのには驚いたよ」
 シリルは頬をゆるめた。あの頃を思い出しているようだ。

「1人っ子だったから、どうしたらよいのかわからなくて。ただ、自分の寝ている姿を見せれば、安心するんじゃないかって思って」

「うん。すごく安心した。照覧の魔女と呼ばれ、優秀だと評判だった姉さんに、どうやって認めてもらおうかと、肩に力が入り過ぎていた。嬉しかったな。ああ、僕はここにいてもいいんだって素直に思えた」
「気に入ってもらってよかったわ。わたくしもずっと1人で、姉弟が欲しいと思っていたの。とても嬉しかったのを覚えている」

 それがまさか、婚約を申しこまれることになるなんて、思わなかったけれど。

「さあ、ついたよ。行こうか」
 わたくしたちは馬車を降りた。
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