告白されたい雪乃さん

風見 源一郎

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第12話

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 夜の静けさを破るように、インターホンが鳴った。俺は思わず時計を見る。22時を少し回ったところだ。まさかこんな時間に来るとは。

「こんな時間になってしまいました」

 やはり雪乃だった。パジャマ姿で、髪を軽くまとめている。心なしかホカホカしている。文化祭の片付けで帰りが遅くなったので、もしかしたらお風呂から上がった直後かもしれない。手には小さな紙袋を持っていた。

「ど、どうぞ」

 俺は言葉につまりながら、雪乃を部屋に招き入れた。俺が「また明日の夜だって待ってる」とか言ってしまったせいで、きちんと約束したわけでもないそれを雪乃は律儀に守りに来てくれたのだ。

 女の子を部屋に呼び込む関係にあって肉体関係じゃないってすごいよな。別に、雪乃とエッチなことがしたいわけではないけれども。……いや、まあ、なんだ。なんというか。なんでもない。今はまだ俺の感情に答えを出すときではないはずだ。

 まだ数度しか来ていないはずなのに、雪乃は定位置みたいに座布団に座って、「これ、もしよかったら」と言って紙袋から小箱を取り出した。箱を開けると、中にはクッキーが入っていた。

「この前、すごい勢いで食べてたから……気に入ってくれたのかと思って」

 手土産なしに家に行くなと教育でもされているのか。あれはアイドルの握手会の後に手を洗いたくないのと同じ心理で頬張っただけなのだが。雪乃が作ったクッキーなら無限に欲しい。俺もそろそろ、なにかお返しをしなければならない。

「文化祭、お疲れ様」
「ああ。意外と、よかった。クラスの奴らとも仲良くなれたし」
「私のおかげだね」
「全くもってそのとおりだな」

 友達ができたというほどではない。だけど、これまでのように身を縮こませて過ごしていかなくてもよくはなった気がする。

「ねえ、雪乃さん」
「はい」
「俺のことを服飾係にしたのはなんで?」

 ようやく聞くことが出来た。俺をクラスに溶け込ませるために、先生と一部の生徒たちに根回しして、雪乃が俺のことを推薦させるようにした。俺は住所を抑えられたことへのなにか口封じみたいなものを考えているのかと思ったのだが、どうやらそうでもなさそうだった。

「佐藤くんと仲良くなりたかったからだよ。同じ係になれば、必然的に居残りとかを一緒にすることになるでしょ?」

 雪乃は微笑みながらそう言った。きっとその言葉に嘘はない。ただ、なぜだろう。学校で見るような外面感を、それによる寂しさを、このときは感じた。

「俺なんかと仲良くなってどうするの?」
「んー。なんだろ。正直、たまたまお隣さんだったからって理由以外にはないんだけど……」

 今度は指を顎をさすって難しい顔で考え込む。こちらは素のように読み取れた。

「佐藤くんはさ。女性とお付き合いはしたいんだよね」
「まあ、そうだな」

 難しい質問ではある。女の子とのイチャラブに憧れてはいるが、それはイコールで交際がしたいわけではない。男はいつだって都合の良い存在を求めているのだ。ただ、その都合の良い存在ができたとして、恋人という関係になって手放したくないだけで。

「実はね。一緒に文化祭で過ごしてて、ちょっと思うことがあって。今日は、それを伝えにきたの」
「そうだったのか。で、何を?」
「うんっとね」
「おう」

 ここまで上手にお喋りが出来ていた、その流れのままに言おうとしていたみたいだ。だが、なにか、恥ずかしかったのか、雪乃は顔を赤らめて黙ってしまう。

「おほん」

 咳払いを挟んで、一つ深呼吸。そこまでして言いたいことってなんだ。

「佐藤くんはさ」
「ああ」
「佐藤遙くんって名前だよね」
「そうだな。それがどうかしたか?」

 と、尋ねてみて、自分ながらに『うん?』と思う。

 この流れで、フルネームを確認されて、対面には話しづらそうにする女の子の姿があって、そいつは緊張するときに表れるという人を睨みつけるような顔で、こちらを見ているのだった。

「遙くん、って、呼んでもいいですか。二人きりのときだけ」

 心臓に返し付きの銛が刺さったような痛みが走った。心臓は止まると胸が痛むのだ。「二人きりのときだけ」なんていじらしい言葉が、更にねじねじと凶器を捻って俺の心臓を捻り潰しにくる。呼吸が十秒ほどガチで止まった。

「だっ……ダメだろ!? そんな、急に、若い男女が、そんなっ……な、名前……でっ……」

 テンパるともうわけわからないことが口に出てくるのが俺の最悪なところである。名前で呼んでもらえるなら呼んでほしいのに。二人きりのときだけだなんて、名前を呼ばれるたびに死ねる。

 そして、自信たっぷりに言い放った雪乃からすると、まさかここまでキッパリと否定されるとはツユも思っていなかったのか、『ギリッ』と奥歯を噛んで俺を睨みつけてきた。

 だから怖いって。ごめんって。オタクは男としての悦びに正直になれないんだよ。ていうかこれ、緊張とかじゃなくてガチの感情のヤツだよな。

「なら、何をしたら名前で呼んでいいんですか……!」

 雪乃は机を掴んで前のめりになる。普段は聖女のように微笑んではいるが、その奥にあるのは自尊心の塊であることを忘れてはならない。

 そして、なおのこと、忘れてはならないことがもう一つある。

 俺は、男だということだ。

「そ、その……一緒に出かけたりしたら、かな」

 俺の言葉に、雪乃の目が輝いた。

「ふーん……。で、どこに?」
「す、水族館とか」

 しまった。水族館だなんて、ベタなチョイスをしたつもりだったが、生まれてこの方行ったことなど一度もない。ましてや女の子となんて。

「へえ」

 雪乃が高みから俺を見下ろしている。物理的には雪乃の方が座高が低いのだが、なんというか、俺のような下賎な人間を、高みから観察しているような雰囲気があった。

「いいですよ」
「えっ」

 えっ。

「いいですよ。行きましょう。明日。可愛い服を来てきます。この部屋のドアの前で待ってますね」

 部屋での会話はここまでだった。雪乃は別れの挨拶もなく立ち上がると、我が家のような勝手で部屋を出て行ってしまった。

 嘘だろ。嘘だろ嘘だろ嘘だろ。

 なんで、なんでどうして!? なんでこうなった……!?

「服……っ!! ふくっ、服ぅっ……可愛い服でくるんだぞぉぃあの雪乃が可愛い服で……俺がどうにか死なないレベルの防護服はないのか……オシャレじゃなくてもいいんだ……世間からの……後ろ指で……燃やされない程度の……ッッ!!」

 絶望した。21時だ。店など閉まっている。

「ああぁぁあああが……うぅうっ……!!」

 絶望し、頭を抱えた。これで終わりだ。俺の人生は、もう、終わった。寒い。腕が冷たい。眠たくなってきた。

「雪乃とデートに行くまで死ねるか……ッ!! 寝るな!! 戦士ならッ、死んでからいくらでも寝れるだろうがッ!!」

 俺は夜中に部屋を飛び出して街へと繰り出した。誰でもいい。助けてほしかった。俺のような救われないモサモサに、女の子と歩く最低限の権利をくれる誰かに出会いたかった。
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