またひとり居なくなった

竹野きのこ

文字の大きさ
1 / 1

またひとり居なくなった

しおりを挟む
 またひとり居なくなった。
 私にだってわかっているのだ。我々が数を減らすしかない存在であるということを。そしていつかはゼロになってしまう存在であるということを。
 我々を監視するものたちも徐々に数を減らしている。だが我々とヤツらは決定的に違う。我々はただ数を減らすのを座して待つだけなのに対し、ヤツらは自らの意思で数を減らしているにすぎないのだ。
 まわりには我々の機嫌をうかがうような娯楽道具にはあふれている。だが、そんなものたちはこの空間がだんだん広くなり、閑散としていく寒々しさを拭い去ってはくれない。賑わいでいたころはこうこうとひかり輝いていたこの部屋の照明も、いつしかひと回り薄暗くなったような気がする。ここにいるものの気持ちを代弁してくれているのかもしれない。言葉にせずとも誰もが心のなかにさみしさを抱えているのだ。

 誰も彼もと関りがあり、いわゆる友人という存在だったわけではない。むしろまったく関りのなかったものもいる。ひとことの言葉さえ交わしていないものさえもだ。だが今この場にいるものの気持ちはひとつだ。――ここを抜け出したい。そんな切なる気持ちだけが、雨どいから延びるつららのように、細く長くしたたっていた。しかし願ったからといって自在に叶うのであればこんな場所にいるはずがない。

 目の前には散乱した書物。部屋の反対側では耐え切れなくなった見知らぬ女が泣きはじめた。あいにく今日は天気も良くない。それも気持ちがふさぐのを助長しているように思う。その女だけではない。俺だって、隣にいるこいつだって、ホントは泣き出したいのをグッとこらえているのだ。

 俺はまだこの部屋にしばりつけられているのか。もう助け出されることはないのか。そんな絶望的な思いが頭を駆けめぐる。部屋の外では雨に混じってカミナリが轟音を立てる。同時に、――ドアが開いた。

「こうちゃんーー!! 遅くなってごめんねーー!!」
「ママーーーー!! ずっと、ずっと待ってたんだからーー!!」

 入口に向かって俺は走り出す。暖かいその腕に抱かれるために。愛しい人に抱かれるために。瞳からは意図せず大粒の涙がこぼれおちていた。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

筆下ろし

wawabubu
青春
私は京町家(きょうまちや)で書道塾の師範をしております。小学生から高校生までの塾生がいますが、たいてい男の子は大学受験を控えて塾を辞めていきます。そんなとき、男の子には私から、記念の作品を仕上げることと、筆下ろしの儀式をしてあげて、思い出を作って差し上げるのよ。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

処理中です...