王都の片隅、名もなき雑貨店 〜没落王子の鑑定眼と、粗野な義賊のバイト生活〜

kurimomo

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第1章:奇妙な出会いと主従関係

1−4:カイトの初仕事と、隠された手紙

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 とある雑貨店の朝は、独特の匂いで始まる。古い紙の乾いた香りと、金属が酸化した僅かな鉄錆の匂い。それに、リヒトが毎朝淹れる少し苦めの茶の香りが混じり合う。

「……よし、今日の分の床磨きは終わりだ。これで文句ねえだろ。」

 カイトはバケツの水を捨てながら、腰を伸ばして毒づいた。働き始めて一週間。すっかりこの店でのルーチンが身につき始めている。当初の「隙を見て何か盗んでやろう」という野生の警戒心は、リヒトが作る栄養満点の食事と、あまりに穏やかすぎる店の空気によって、少しずつ削り取られていた。

「お疲れ様です、カイトくん。今日は、床磨きよりも大切な『初仕事』を任せたいと思います。」

 リヒトはカウンター越しに、一つの小さな木箱を差し出した。それは手のひらに乗る程度の大きさで、表面は酷く汚れ、寄木細工の模様も判別できないほど煤けていた。

「これの汚れを落としてください。ただし、水は使わないこと。この柔らかい布と、この特殊な油を使って、木目の奥にある声を聴くように、ゆっくりと。」

「声を聴く? 宗教かよ。……まあいいけどさ。これ、いくらするんだ?」

「鑑定前の品に値段はつきませんよ。……ですが、そうですね。磨き方次第では、誰かの宝物になるかもしれません。」

 リヒトはそう言い残すと、いつものように店の奥で台帳の整理を始めた。カイトはぶつぶつと文句を言いながらも、カウンターの端に座り、指示された通りに油を染み込ませた布で木箱を磨き始めた。

 一分、二分……。  
 カイトの手は、盗人特有の器用さを持っていた。指先の感覚が鋭い彼は、磨いているうちに、木箱の表面にある「僅かな違和感」に気づき始めた。

(……なんだ? ここだけ、微妙に感触が違う。他よりも少しだけ、指が沈むような……)

 カイトはリヒトの「声を聴け」という言葉を思い出し、指先に意識を集中させた。力任せに磨くのをやめ、愛おしむように表面を撫でる。すると、長年の汚れが落ちた木箱の表面に、美しい組木の模様が浮かび上がってきた。

 それは、王都の貴族が好むような派手なものではなく、市井の職人が家族のために作ったような、温かみのある幾何学模様だった。

「……あ。」

 特定の模様の部分を強く押してしまった瞬間、カチリ、と小さな音が響いた。  木箱の底面が数ミリだけ浮き上がり、隠し引き出しが姿を現したのだ。

「リヒトさん! 変なところが開いたぞ!」

 カイトの声に、リヒトが静かに歩み寄ってきた。彼は驚く様子もなく、ただ満足げに目を細めた。

 「お見事です、カイトくん。隠し細工の場所を当てるなんて、やはりあなたには天性の『指の目』がある。」

 引き出しの中から出てきたのは、黄ばんだ一通の手紙だった。封はすでに切られており、中には震えるような細い筆跡で、短い文章が綴られていた。

『愛する人へ。 あなたがこの箱を開ける頃、私はもう隣にいないかもしれません。 キッチンの一番下の床板を剥がしてください。 あなたがずっと欲しがっていた、あの工房の道具を揃えるための貯金を隠してあります。 どうか、夢を諦めないで。』

 カイトはその手紙を読み終えると、妙な気まずさを感じて視線を逸らした。

 「……なんだよ、これ。ただの死んだ女の愚痴じゃねえか。金目の物じゃなくて、ガッカリだ。」

「いいえ、カイトくん。これは金貨一万枚よりも価値のある『真実』ですよ。」

 リヒトが手紙を手に取り、光にかざした。 

「この箱を売りに来たのは、先代から続く家具工房の三代目。……彼は、自分の才能のなさに絶望し、工房を畳んで夜逃げしようとしていました。そのための資金作りに、亡き妻の形見であったこの箱を、ただのガラクタだと思って持ち込んだのです。」

「……じゃあ、あいつ、これを知らずに売ったのか?」

「ええ。ですが、この手紙が見つかった以上、鑑定結果は変わります。……カイトくん。今からこの箱と手紙を持って、その工房へ走ってください。これは、あなたが『見つけた』価値です。あなたが届けるべきですよ。」

 カイトは戸惑った。 

「俺がかよ? 別に、放っておけばこの店で買い取って、床板の下の金も俺たちがせしめればいいじゃねえか。それが世の中だろ?」

「確かに、世の中はそうかもしれません。……ですが、私の雑貨店のルールは違います。」

 リヒトはカイトの肩を優しく叩いた。 

「私たちは、物の『正しい居場所』を鑑定する。それがこの店の看板の重さです。……さあ、行ってきなさい。冷めないうちに、その想いを。」

 カイトはリヒトの瞳にある、一切の迷いのない光に圧され、ひったくるように箱と手紙を掴んで店を飛び出した。

 三十分後。  
 カイトは肩で息をしながら店に戻ってきた。その顔は、雨上がりの太陽のような、なんとも言えない複雑で晴れやかな表情をしていた。

「……渡してきたよ。あのおっさん、手紙を読んだ瞬間、子供みたいに大声で泣きやがってさ。……気持ち悪りぃから、すぐ逃げてきた。」

「そうですか。……彼は、工房を続けると言っていましたか?」

「……ああ。『もう一度だけ、アイツが信じてくれた自分を信じてみる』ってよ。……で、これ。あのおっさんが、『これしか礼ができねえ』って渡してきた。」

 カイトが差し出したのは、一本の簡素な、だが丁寧に作られた木彫りの馬の根付だった。

「市場価値は、銅貨一枚にもならないでしょう。……ですが、カイトくん。それはあなたが今日、世界に一つだけの価値を生み出した証です。」

 リヒトは茶を一口すすり、窓の外を見つめた。 

「どうですか? 人の人生を鑑定する気分は?」

「……ケッ。疲れるだけだよ。俺は掃除してる方がマシだ。」

 カイトはそう言って、再びバケツを手に取った。だが、その腰には、先ほどの木彫りの馬が、お守りのようにしっかりと結び付けられていた。

 リヒトはその背中を見つめながら、静かに微笑む。かつて失った「人への信頼」を、ただの孤児が少しずつ、自分でも気づかないうちに補い始めている。

「……さて。次は、もう少し難しい鑑定を教えてあげましょうか。」

「勘弁してくれよ、店主!」

 王都の路地裏に、ささやかな笑い声が響く。運命の歯車は、まだ静かに、優しく回っていた。
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