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第2章:王都の雑貨店と夜の鴉
2−5:義賊の「商売道具」を鑑定せよ
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その日の王都は、抜けるような青空とは裏腹に、刺すような冷たい風が吹き荒れていた。とある雑貨店の入り口に吊るされた真鍮のベルが、激しく鳴り響く。孤児院から出勤してきたカイトだ。彼は息を切らし、どこか落ち着かない様子でエプロンを締めると、リヒトが帳簿を付けている背後に忍び寄った。
「……なあ、店主。ちょっと、見てほしいもんがあるんだ。」
カイトが懐から取り出したのは、厚手の布に包まれた、細長い金属の束だった。リヒトが促すと、彼は慎重にその布を広げる。現れたのは、先端が微妙に異なる形状に加工された数本の金属棒と、複雑なバネが組み込まれた手のひらサイズの器具だ。一見すれば、時計の部品か何かのガラクタにしか見えないが、そのどれもが鈍い光を放ち、使い込まれた気配を漂わせている。
「……知り合いの、その、友達から預かったんだ。最近流行りの『パズル』らしいんだけどよ。中のバネがイカれちまったみたいで、動かねえんだ。店主、あんたなら直せるだろ?」
リヒトは手にしていた羽根ペンを置き、顎を軽くなぞった。彼はその「パズル」と呼ばれた道具を指先でつまみ上げ、窓からの光に透かしてみる。鑑定士としての彼の目は、その金属がただの鉄ではなく、しなやかさと強度を兼ね備えた特注のクロム鋼であることを瞬時に見抜いた。さらに言えば、これは王都でも指折りの闇細工師が、法を犯す者のために特別に誂えた「超一級の鍵開け道具(ピック)」に他ならない。それも、ただの鍵ではなく、貴族の館にあるような防犯性の高い錠前を攻略するためのプロ仕様だ。
「ほう……これはまた、随分と趣向を凝らしたパズルですね。それも、ただの玩具ではない。材質から察するに、相当な重量のある……例えばまるで、銀行の金庫のような重厚な扉を『解く』ために特別に鍛造されたもののようですね。」
カイトが目に見えて動揺し、生唾を飲み込んだ。
「なっ……! そ、そんな物騒なもんじゃねえよ! ただの暇つぶしだ、暇つぶし!」
「ふふ、冗談ですよ。ですが、カイトくん。鑑定士の目は素材の叫びを聞く。この道具の傷の付き方を見てください。先端の角度がコンマ数ミリ、外側に歪んでいる。これは持ち主が、焦って無理な力を込めた証拠です。道具というのは持ち主の心を映す鏡だと言ったでしょう? この持ち主は、昨夜、何かに追い詰められていたようですね。あるいは、自分の技術が通じない壁に直面して、冷静さを失っていたのか。それほど、焦ってこのパズルを解く必要があったのでしょうか?」
リヒトは作業台に向かい、精密なヤスリと極小の金槌を手に取った。カイトは固唾を呑んで、その手元を見つめる。リヒトの手さばきは芸術的だった。彼はバネの張力を確認し、わずかな歪みさえも許さず、金属の「癖」を読み取っていく。
「いいですか、カイトくん。鍵……おっと、このパズルを解くコツはね、力でねじ伏せることではないんですよ。内部のピンが奏でる『音』を聞き、金属同士が触れ合う『溜息』を感じるんですよ。……ほら、聞こえますか? このバネが、本来の場所に戻りたがっている声を。」
リヒトの指先が、魔法のように細かく動く。彼はバネの張力を微調整し、歪んでいた金属棒の先端を、肉眼では判別できないほど正確な角度に研磨し直した。
「……この三番目のピックは、わざと少しだけ『しなり』を強くしておきました。最近の流行りの錠前は、あえて遊びを少なくしてありますからね。このしなりがあれば、内部の仕掛けに傷をつけずに、優しく『語りかける』ことができるはずです。……さあ、これでこのパズルは、以前よりもずっと饒舌に答えを教えてくれるようになるでしょう。」
カイトは、リヒトが口にする「最近の錠前の傾向」という言葉に、冷や汗が止まらなかった。それはまさに、昨日カイトが義賊として潜入した悪徳商家の、どうしても開けられなかった最新式金庫の特徴そのものだったからだ。店主は、まるで自分が昨夜その金庫の前で悪戦苦闘していたのを見ていたかのようなアドバイスをくれる。
「……店主、あんた、なんでそんなことまで……」
「雑貨屋の店主たるもの、最新の防犯事情に詳しくなければ、客に適切な防犯具を売ることもできないですね。……はい、修理完了です。持ち主の友人に伝えておいてください。道具を大事にしない職人は、いつかその道具に裏切られる。そして、道具を正しく愛する者には、扉は自ずから開かれるものだ、とね。」
リヒトは完璧に調整された道具を布に包み、カイトの手へと返した。カイトはそれを受け取り、重みを確認するように握りしめる。その道具は、預かった時よりもずっと軽く、まるで自分の体の一部であるかのように手に馴染んだ。
「……サンキュ、店主。助かったわ。」
「お礼なら、今日の床磨きをいつもの倍、丁寧にしてくれるだけでいいですよ。……ああ、それから、今夜は雨が降るそうです。雨の夜は音が響きにくいですが、足元が滑ります。不用意なジャンプは控えることですね。孤児院のシスターに、泥だらけの服で帰って心配をかけるのは、良い『兄貴分』のすることではないでしょう?」
リヒトがくすりと笑うと、カイトは乱雑に雑巾を掴み掃除を開始した。
「……なあ、店主。ちょっと、見てほしいもんがあるんだ。」
カイトが懐から取り出したのは、厚手の布に包まれた、細長い金属の束だった。リヒトが促すと、彼は慎重にその布を広げる。現れたのは、先端が微妙に異なる形状に加工された数本の金属棒と、複雑なバネが組み込まれた手のひらサイズの器具だ。一見すれば、時計の部品か何かのガラクタにしか見えないが、そのどれもが鈍い光を放ち、使い込まれた気配を漂わせている。
「……知り合いの、その、友達から預かったんだ。最近流行りの『パズル』らしいんだけどよ。中のバネがイカれちまったみたいで、動かねえんだ。店主、あんたなら直せるだろ?」
リヒトは手にしていた羽根ペンを置き、顎を軽くなぞった。彼はその「パズル」と呼ばれた道具を指先でつまみ上げ、窓からの光に透かしてみる。鑑定士としての彼の目は、その金属がただの鉄ではなく、しなやかさと強度を兼ね備えた特注のクロム鋼であることを瞬時に見抜いた。さらに言えば、これは王都でも指折りの闇細工師が、法を犯す者のために特別に誂えた「超一級の鍵開け道具(ピック)」に他ならない。それも、ただの鍵ではなく、貴族の館にあるような防犯性の高い錠前を攻略するためのプロ仕様だ。
「ほう……これはまた、随分と趣向を凝らしたパズルですね。それも、ただの玩具ではない。材質から察するに、相当な重量のある……例えばまるで、銀行の金庫のような重厚な扉を『解く』ために特別に鍛造されたもののようですね。」
カイトが目に見えて動揺し、生唾を飲み込んだ。
「なっ……! そ、そんな物騒なもんじゃねえよ! ただの暇つぶしだ、暇つぶし!」
「ふふ、冗談ですよ。ですが、カイトくん。鑑定士の目は素材の叫びを聞く。この道具の傷の付き方を見てください。先端の角度がコンマ数ミリ、外側に歪んでいる。これは持ち主が、焦って無理な力を込めた証拠です。道具というのは持ち主の心を映す鏡だと言ったでしょう? この持ち主は、昨夜、何かに追い詰められていたようですね。あるいは、自分の技術が通じない壁に直面して、冷静さを失っていたのか。それほど、焦ってこのパズルを解く必要があったのでしょうか?」
リヒトは作業台に向かい、精密なヤスリと極小の金槌を手に取った。カイトは固唾を呑んで、その手元を見つめる。リヒトの手さばきは芸術的だった。彼はバネの張力を確認し、わずかな歪みさえも許さず、金属の「癖」を読み取っていく。
「いいですか、カイトくん。鍵……おっと、このパズルを解くコツはね、力でねじ伏せることではないんですよ。内部のピンが奏でる『音』を聞き、金属同士が触れ合う『溜息』を感じるんですよ。……ほら、聞こえますか? このバネが、本来の場所に戻りたがっている声を。」
リヒトの指先が、魔法のように細かく動く。彼はバネの張力を微調整し、歪んでいた金属棒の先端を、肉眼では判別できないほど正確な角度に研磨し直した。
「……この三番目のピックは、わざと少しだけ『しなり』を強くしておきました。最近の流行りの錠前は、あえて遊びを少なくしてありますからね。このしなりがあれば、内部の仕掛けに傷をつけずに、優しく『語りかける』ことができるはずです。……さあ、これでこのパズルは、以前よりもずっと饒舌に答えを教えてくれるようになるでしょう。」
カイトは、リヒトが口にする「最近の錠前の傾向」という言葉に、冷や汗が止まらなかった。それはまさに、昨日カイトが義賊として潜入した悪徳商家の、どうしても開けられなかった最新式金庫の特徴そのものだったからだ。店主は、まるで自分が昨夜その金庫の前で悪戦苦闘していたのを見ていたかのようなアドバイスをくれる。
「……店主、あんた、なんでそんなことまで……」
「雑貨屋の店主たるもの、最新の防犯事情に詳しくなければ、客に適切な防犯具を売ることもできないですね。……はい、修理完了です。持ち主の友人に伝えておいてください。道具を大事にしない職人は、いつかその道具に裏切られる。そして、道具を正しく愛する者には、扉は自ずから開かれるものだ、とね。」
リヒトは完璧に調整された道具を布に包み、カイトの手へと返した。カイトはそれを受け取り、重みを確認するように握りしめる。その道具は、預かった時よりもずっと軽く、まるで自分の体の一部であるかのように手に馴染んだ。
「……サンキュ、店主。助かったわ。」
「お礼なら、今日の床磨きをいつもの倍、丁寧にしてくれるだけでいいですよ。……ああ、それから、今夜は雨が降るそうです。雨の夜は音が響きにくいですが、足元が滑ります。不用意なジャンプは控えることですね。孤児院のシスターに、泥だらけの服で帰って心配をかけるのは、良い『兄貴分』のすることではないでしょう?」
リヒトがくすりと笑うと、カイトは乱雑に雑巾を掴み掃除を開始した。
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