王都の片隅、名もなき雑貨店 〜没落王子の鑑定眼と、粗野な義賊のバイト生活〜

kurimomo

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第2章:王都の雑貨店と夜の鴉

2−6:偽物の義賊と本物のプライド

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 リヒトがカイトの「パズル」を華麗に修理してから数日後。
 王都の平和を揺るがすニュースが舞い込んだ。義賊「鴉」が、街外れの貧しいパン屋に押し入り、店主を殴り飛ばして売上金を奪ったというのだ。とある雑貨店の中で、カイトは今にも爆発しそうな形相で新聞を握りしめていた。

「ありえねえ……! 鴉がそんなケチな真似、するわけねえだろ! パン屋を襲う? 笑わせんじゃねえぞ、どこのどいつだ、こんなデタラメ書いた奴は!」  

 カイトの声が店内に響き渡る。彼は孤児院でパンを買う苦労を知っているからこそ、その怒りは人一倍強かった。

「おや、カイトくん。君は随分とその義賊に肩入れしているんですね。まるで、自分の名誉を傷つけられたかのような剣幕です。」  

リヒトは優雅に紅茶を啜りながら、カイトが広げた新聞の、事件現場の証拠写真を見つめた。

「ち、ちげーよ! カラスは悪徳貴族や金のためならなんでもやる悪い商人だけを狙って、俺たちみたいな貧しい奴らに富を分配するヒーローだ! こんなことをするはずないんだ!」

「そうですね……鑑定士として言わせてもらえば、この事件は実につまらない『偽物』です。真贋を問うまでもない、安っぽい模倣品ですね。」 
「偽物……? どういうことだよ、店主。新聞にははっきり『鴉の羽』が残されてたって書いてあるぜ。」
「見てください。この荒らされた金庫の跡を。力任せにバールで抉ったような、醜い傷跡です。金属が悲鳴を上げているのが聞こえるようです。……本物の義賊なら、こんな素人臭い痕跡は残さない。鍵の構造を瞬時に理解し、家主すら気づかないうちに、鍵の『溜息』と共に仕事を終えるはず。何より、彼の『鑑定眼』は、奪うべき相手と守るべき相手を絶対に見間違えない。この犯人は、ただの強盗ですよ。義賊の名を騙り、自分の無能と臆病を隠そうとしている卑怯者ですね。」

 リヒトはカイトの目を真っ直ぐに見つめ、語気を強めた。 

「……カイトくん、本物の『鴉』は、もっと誇り高い。少なくとも、自分の帰る場所……例えば孤児院のような、守るべき場所がある人間なら、こんな汚れ仕事を自分自身の名に刻むことはしない。鑑定士としての私の目に狂いはないですよ。彼は、本物の美学を持っています。」

 カイトは息を呑んだ。リヒトの言葉は、まるでカイト自身の魂の在り方を肯定しているかのように響いた。店主が、正体不明の義賊の中に「美学」を見出していることに、彼は激しい動揺と、それ以上の高揚を感じていた。

「……店主。あんた、会ったこともねえ義賊をそこまで信じんのかよ。」 
「信じているのではないですよ。鑑定しているのです。……私の店で働く店員が、毎日汗水垂らして働き、孤児院の子供たちのために必死になっている。その姿を毎日見ている私が、偽物の義賊を見抜けないはずがないでしょう?」

 リヒトはカイトの顔を覗き込み、ふっと表情を和らげた。 

「カイトくん。そんなに悔しいなら、この『偽物の正体』を突き止めるヒントをあげましょう。このバールの傷跡……これは西区の古い鉄工所で、最近安売りされていた特注品の特徴です。その鉄工所には、柄の悪いゴロツキが頻繁に出入りしているという噂があります。……君が掃除を早めに終わらせて、そこへ『散歩』に行くのを、私は止めはしません。ただし、怪我をして帰ってきても、明日の朝は通常通り出勤すること。孤児院の子供たちに、兄貴分の不在を心配させてはいけませんよ。」

 カイトの瞳に、激しい炎が灯った。 

「……ああ。掃除、一時間で終わらせてくる。店主、今日の夕飯の材料は、そのゴロツキから取り返した金……じゃなくて、俺の貯金で買ってくるわ!」

 店を飛び出していくカイトの背中。リヒトはその場に残り、ふっと息を吐いた。

 「……やれやれ。自分の正体を守るために必死になるなんて、彼もまだまだ青いですね。だが、その青さが彼の本質……『本物』の証でもあるわけですが。」

 リヒトは、カイトが掃除の際に見落とした、本棚の隅にある小さな鴉の羽……かつてカイトがうっかり落とし、リヒトが大切に保管していた「本物の証拠」を、静かに栞として本に挟んだ。

「さて、偽物の鴉には、本物の怖さを教えてあげるべきでしょう。……もっとも、私が出る幕もなさそうですが。」

 リヒトは、カイトが孤児院へ戻る途中に偽物を仕留めるであろうことを確信しながら、夕暮れ時の街を眺めた。その目は、かつて王宮で策を練っていた頃のような鋭さと、一人の青年を導く師としての温かさを同時に湛えていた。
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