王都の片隅、名もなき雑貨店 〜没落王子の鑑定眼と、粗野な義賊のバイト生活〜

kurimomo

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第2章:王都の雑貨店と夜の鴉

2−16:刻(とき)を喰らう塔(鑑定の舞台裏)

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 王都へ戻る帰路の馬車の中。車輪が砂利を踏む規則正しい音だけが響く密室で、カイトは抱えきれない疑問を店主にぶつけていた。 膝の上に置かれた革のケースには、あの呪わしい、しかし美しいアストロラーベが収まっている。だが、カイトの頭を占めているのは、時計の謎よりも、隣で涼しい顔をして紅茶の準備をしている「店主」という男の正体だった。

「……なあ店主。ずっと聞きたかったんだけどよ。あの館にいた連中のこと、あんた、どうしてあんなに詳しく知ってたんだ? ヴァンの借金とか、弟子の裏切りとか……まるであいつらの頭の中を覗いてるみたいだったぜ。あんた、本当は鑑定士のふりをした魔法使いか何かなんじゃねえのか?」

 リヒトは、揺れる車内でも一滴も零さずにカップに紅茶を注ぎ、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。その唇に、微かな苦笑が浮かぶ。

「おや、魔法使いにでも見えましたか? 残念ながら、カイト。私にできるのは、世界に散らばった『事実』という名の破片を、ただ正しい形に並べ替えることだけですよ。……あなたが死体に驚いて腰を抜かしていた数分間、私はただ『見て』いただけです。」

 リヒトは鞄から、館でこっそりと収集し、手帳に書き留めていた「鑑定の断片」をカイトの前に広げた。

「まず、実業家のヴァン殿です。彼は一見、王都の流行を完璧にトレースした贅沢な身なりをしていました。しかし、彼の履いていた靴……。あれは最高級の革を使った特注品に見えますが、踵の補強に使われていたのは、王都の裏通りにある三流職人が好んで使う、質の悪い合成ゴムでした。本当に資金に余裕がある実業家なら、最も摩耗の激しい足元のメンテナンスを、そんな中途半端な職人に任せるはずがありません。彼の財政が『外見(ハリボテ)』だけで、内情はボロボロであることの第一の証明です。」
「……靴の裏なんて、いつ見たんだよ。あんた、ずっと死体の方を見てただろ。」
 「死体を見るふりをして、背後の彼の足の角度を確認したのですよ。さらに、彼が広間で苛立ちを隠せず指を鳴らした際に見えた、手のひらのタコ……。あれはペンを握る実業家のものではありません。ロープや重い木箱を運ぶ者が作る『運び屋』特有のタコです。つまり、彼はごく最近まで、自ら汚れ仕事をこなさなければならないほど困窮していた、あるいは急造の成金であるということです。そんな彼が伝説の遺産を前にして、焦らないはずがない。」

 カイトは生唾を飲み込んだ。リヒトの目は、そんな細かな部分までを逃さず、かつ瞬時にその背景にある「生活感」を逆算していたのだ。

「次に鑑定家のバジル殿。彼が『一流』を自称しながら偽物を掴んだのは、彼の視線が常に『値段』と『権威』にしか向いていなかったからです。鑑定士の目を持っていれば、彼が広間に持ち込んだ鞄の隅に、王都の質屋『三つ星屋』の管理タグの切れ端が残っていたことに気づいたはずです。鑑定家が自分の命とも言える道具や鞄を質に入れている……それは、破産が目の前に迫っている何よりの証拠。彼は自尊心を保つために、本物を選ばねばならなかった。その『執着』が、かえって彼の目を曇らせたのですよ。」

 リヒトは冷めた紅茶を一口啜り、今度はカイトを真っ直ぐに見つめた。

「そして、あなたが最も気にしている……弟子ルカと後妻エレーナ夫人の共犯についてですね。カイト、あなたは鼻が利くはずですが、人間の欲望が放つ特有の匂いには、まだ少し疎いようだ。」

 リヒトは手帳のページを捲り、一つのスケッチを示した。そこには、エレーナ夫人が持っていたハンカチの刺繍パターンと、ルカの指先にあった汚れの配置が並んでいた。

「弟子のルカ殿の指先。そこには真鍮の錆に混じって、微かに『緑色の染み』がありました。あれは、心臓の鼓動を安定させる薬草、ジギタリスの精製液です。そして、エレーナ夫人が絶えず振りまいていた強い香水……。あれは、ジギタリスが放つ独特の、苦い青臭さを消すための調合でした。二人が同じ時期に、同じ薬物を扱っていた事実。……これだけで、二人が主人の病状をコントロールし、共謀していたことは明らかです。あとは、二人の視線が交差する秒数、そしてお互いの立ち位置の距離感を数えれば、そこに愛欲という名の不純物が混じっているのは自明の理でした。」

「……じゃあ、あの密室のトリックはどうやって分かったんだ? 爺さんは時計の針に刺さってた。機械仕掛けだってのは分かったけどよ、あんなの、あの一瞬でどうやって……」

「それは、エイリアス卿自身の『癖』を鑑定したからです。」 

 リヒトの瞳に、少しだけ敬意に近い光が宿った。 

「彼は天才でしたが、同時に極度の潔癖症でした。彼の寝室の床には、一点の埃も落ちていないのが平常です。……しかし、死体の周辺にだけ、不自然な『真鍮の切り粉』と『古い潤滑油』の飛沫が散っていた。……犯人が後から仕掛けを施したのなら、そんな古い油が飛ぶはずがありません。つまり、あの壁の裏には、数十年前から『誰かを貫くための装置』が既に組み込まれていた。……エイリアス卿は、自分が死ぬための場所を、数十年かけて作り上げていたのです。ルカ殿は、その装置の最終調整を密かに手伝わされていたに過ぎません。」

 カイトは絶句し、背筋に冷たいものが走るのを感じた。リヒトの言う「鑑定」とは、単に物の真贋を問うことではない。その場に存在する違和感を拾い集め、人間の隠したい過去や業(ごう)までをも白日の下に晒す、残酷なまでの知略なのだ。

「……店主。あんた、本当に恐ろしいよ。あいつら、あんたの前に立っただけで、裸にされてるようなもんじゃねえか。」

「失礼な。私は服の仕立てまでは鑑定しますが、脱がせはしませんよ。……ただ、偽物(フェイク)を纏って真実(リアル)を欺こうとする者は、私の店には相応しくないというだけです。……カイトくん、あなたもですよ。」

 リヒトは意味深な笑みを浮かべ、カイトの腰元に目を向けた。 

「その腰の袋にある道具。現場に落ちていた偽物と、あなたの持ち物……。コンマ数ミリの『摩耗の癖』まで同じに作られていた。……犯人がそこまで手間をかけたのは、この世に一人だけ、あなたの指先の技術を『本物』として認めている鑑定士が、私以外にもいたということですから。」

「……っ。そ、そいつは……」 

「おや、顔が赤いですよ。旅の疲れが出たのでしょうか?」

 リヒトは、カイトが問い質そうとするのを遮るように、再び馬車の窓の外を眺めた。 
 馬車は夕闇に包まれ始めた王都の門を潜った。カイトは、自分の正体についてリヒトがどこまで確信しているのか、結局聞けずじまいだった。だが、この「食えない鑑定士」の隣にいる限り、どんな偽りの夜も、最後には暴かれてしまうのだろうという予感だけが、心地よい重みとなって胸に残っていた。

 とある雑貨店の看板が、遠くに見えてきた。
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