王都の片隅、名もなき雑貨店 〜没落王子の鑑定眼と、粗野な義賊のバイト生活〜

kurimomo

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第2章:王都の雑貨店と夜の鴉

2ー24:影を失った少女(其の二)――皮膚の沈黙

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 とある雑貨店の二階。重いカーテンで光を遮断した鑑定室には、リヒトが改良を施した分光ランプの、鋭い紫色の光だけが横たわっていた。

 リヒトは、エルナが羽織っていた外套を脱がせ、彼女の背中にランプを向けた。 

「……お嬢様、少しだけ冷たいですよ。動かないでくださいね。」

 紫の光が彼女の白い肌をなぞる。光学的迷彩粉末――「全反射の銀泥」が付着している箇所が、まるで夜光虫のように不気味な白銀色に浮かび上がる。しかし、リヒトの目はその光の反射ではなく、その下にある「皮膚の変色」に注がれていた。

「……やはり。単なる隠蔽ではなですね。」 

 リヒトはピンセットで、エルナの肩甲骨のあたりを軽く圧した。そこには、銀の泥に覆われてはいるものの、明らかに周囲の皮膚とは異なる質感を持った「黒い紋様」が、浮き彫りのように現れていた。それは一見すると何かの火傷跡のようだが、よく見れば幾何学的な、ある種の『回路』のような精緻な模様を成している。

「……エルナ様。この模様が現れたのは、いつ頃からですか?」

「……一ヶ月前です。……最初は小さかったのに、だんだん大きくなって、時々、そこから変な音が聞こえるの。……お父様がそれを見て、ひどく顔を青くして……次の日から、お母様があの冷たい粉を塗り始めたわ。」

 リヒトは眼鏡を外し、指先で眉間を強く揉んだ。 

(……これは、かつて王宮の武器庫で実験的に造られた「生体認証型の鍵」だ。……なぜ、それが商人の娘の背中に現れるのでしょうか?)



 一方その頃。カイトは王都の高級住宅街にある、ベルモンド伯爵邸にも劣らぬ豪華なエルナの生家――『マーロウ邸』の広大な庭園に潜り込んでいた。リヒトの指示通り、彼は屋敷の排水口の側を慎重に調べていた。そこには、王都の厳しい冬にも関わらず、凍りつくことのない奇妙な「銀色の廃液」が、泥のように溜まっていた。

「……げっ。こりゃあ酷え匂いだ。金属を腐らせたような、鼻を突く毒の匂いじゃねえか。」

 カイトは小瓶にその液体を採取すると、素早く屋敷の換気口から内部の様子を窺った。書斎では、エルナの父親であり、次期商工連合の総帥候補と目されるマーロウ氏が、一人の男と密談を交わしていた。

「……ハルマン殿、例の処置はどうなっている。娘の『影』は完全に消えたのか?」  

 父親の声は、娘の安否を気遣うものではなく、汚れた在庫の処理を確認するような、冷酷な響きを帯びていた。

「ご安心を。……あの光学迷彩泥を使い続ければ、一週間後には彼女の輪郭は光に溶け、誰の目にも見えなくなります。……たとえ王立騎士団の査察が入ろうとも、彼女の背中にある『王宮の盗難品』を、誰も見つけ出すことはできません。」

 カイトは換気口の影で息を止めた。 (……王宮の盗難品? あのガキ、何を背負わされてんだ……)

「……だが、あの子はどこへ消えた? 寝室からいなくなったと報告があったが。」
「案ずることはありません。影のない子供が、この王都でどこへ行けるというのです。……認識阻害の効果により、彼女は誰に助けを求めても無視され、やがて寒さの中で透明なまま凍え死ぬでしょう。……それは、我々にとっても最も『綺麗な』解決方法ではありませんか。」

 ハルマンと呼ばれた男の、蛇のような笑い声がカイトの耳を打つ。カイトは怒りで短剣の柄を握りしめたが、リヒトの言葉を思い出した。 『証拠を持ち帰りなさい。感情は、鑑定の結果を歪めるノイズになります。』

 カイトは舌打ちをし、影に溶けるようにしてその場を去った。



 一時間後。雑貨店に戻ったカイトが、採取した廃液と、盗み聞きした会話の内容をリヒトに報告した。

「……王宮の盗難品だと? 店主、あのお嬢ちゃんの背中に、何かヤバいもんが隠されてるのか。」
「……ええ。カイトくん、あなたが採取したこの廃液……。これは単なる迷彩泥ではありません。……『記憶金属』を液状化したものです。……エルナ様の背中にあるのは、かつて王都の宝物庫から失われた、古代魔導兵器の『起動認証コード』を刻んだ皮膚の一部……。おそらくは、密輸のために、何も知らない少女の肌に移植されたのでしょう。」


 リヒトの瞳が、冬の星のように凍てついた光を放った。 

「……彼らは、エルナ様の命を救うつもりなど微塵もない。……彼女が『認識されない存在』として死ぬことで、背中のコードを永久に闇に葬るか、あるいは死体となってから皮ごと剥ぎ取るつもりなのです。」
「……野郎。自分の娘を、ただの隠し場所だと思ってやがるのか!」

 カイトの怒声が、薄暗い鑑定室に響いた。エルナは隅の椅子に座り、膝を抱えて震えていた。自分の運命が、大人たちの利権と保身のために、光の中から削り取られようとしている事実を、彼女は幼いながらに悟っていた。


「……店主。……どうするんだよ。あいつら、すぐにここを突き止めてくるぜ。影のないガキが逃げ込める場所なんて、この街にそう多くねえ。」
「……ええ。ですが……影がないことを『弱点』だと思っているのは、彼らの鑑定不足ですよ。」

 リヒトは立ち上がり、店の中心にある大きな姿見を、カイトの方へ向けさせた。

「……全反射を起こしているということは、彼女は今、世界で最も完璧な『鏡』そのものである、ということです。……カイトくん、店の備品庫にある『高出力の収束レンズ』と、それから『屈折率を変える特殊な溶剤』をすべて用意しなさい。……今夜、マーロウ邸で行われる商人の集会。……そこで、彼らが隠そうとした『真実』を、王都中の空に投影して差し上げましょう。」

「……投影? どういうことだよ。」

「……影がないのなら、彼女自身を『光の源』に仕立て上げればいいのですよ。……鑑定士が、最も得意とする『虚飾の剥離』を、光学的に証明して差し上げます。」

 リヒトの指先が、地図上のマーロウ邸を静かに指した。正体を隠し、影を潜めて生きてきたリヒト。その彼が、自分と同じように存在を消されようとしている少女のために、初めて「光」を操る策を練り始めていた。

「……さあ、エルナ様。……あなたの影を取り戻しに、あるいは、あなた自身の光を証明しに、行きましょうか。」

 冬の夜風が雑貨店の窓を叩く。闇を裂くようなリヒトの論理が、王都の偽りの夜を白日の下に晒そうとしていた。
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