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第二章 側仕え編
覚悟と共に
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どれくらいの時間がたっただろうか。
歌っている最中も、歌い終わった後も私とウィルはベッドに縋り付いて涙を流していた。
それはもう、涙も枯れてしまうくらいに。
「其方ら、今日は神殿に戻ってゆっくり休みなさい。あとのことは、我々がしておく。」
私たちのことを静かに見守っていたイングランド様が、声をかけた。
「其方ら孤児院で育った者にとって大変つらい別れであったことだと思う。領主として、最後まで聖女の務めを果たした孤児院長……スイートベルを責任をもって神の元へ送り届けよう。」
スイートベル。
それが院長先生の名前だったんだね。
何年も一緒に暮らしていたのに……名前すら知らなかったんだ。
「イングランド、少し待て。今、言うべきではないか?」
「……其方には人の心がないのか? これ以上は、この者たちの心が持たない。あとにしろ。」
神官長の提案に対して、イングランド様は先ほどの柔らかい表情を引っ込めて、厳しい表情を浮かべた。
「……姿が見えているうちに伝えるべきだ。しっかりと、別れを伝えられるようにな。」
「それは……わかった。だが、私から伝える。其方の伝え方には人の心がなさすぎるからな。」
「好きにしろ。」
神官長はそういうと、壁に寄りかかって静かに目を閉じた。
イングランド様は、ベッドに縋り付いている私に目線を合わせるように、その場で膝をついた。
「パイル。今の其方に伝えることは大変心苦しいが……孤児院長について其方に伝えることがある。」
私は何とか気力を振り絞り起き上がって、目元を袖で拭い、しっかりとイングランド様の目を見た。
「はい。」
「聖女の力というものは基本的に、貴族の娘に宿るものだ。つまり、其方は貴族から生まれた娘ということだ。其方を産んだ母親なのだが、其方を育てた孤児院長、スイートベルが其方の実の母親だ。」
イングランド様の言葉を聞き、伏せて泣き続けていたウィルが、静かに私を凝視した。
息が止まっているのではないかと思われるくらいに、静かに私を凝視している。
そうだよね……そんな仰天事実を伝えられたら、思考が追い付かなくなっちゃうよね。
……そう、知らなかったらね。
「……はい、存じております。」
「……は?」
私の答えに、イングランド様を含めて部屋にいる全員が驚きの表情で私を見つめた。
私には前世の記憶がある。
いつから前世の私としての意識があったかというと、生まれてきた瞬間からだ。
つまり、誰のお腹から産まれてきたのか記憶があるということだ。
そう、私は院長先生のお腹から産まれてきたのだ。
「其方、その事実をどうやって知ったのだ? 孤児院長の口ぶりからするに、自身の口からは其方に伝えていないはずだ。」
壁際に寄りかかっていた神官長が、機敏な動きで私に詰め寄ってきた。
前世の記憶云々は人には言えない。
ここは、申し訳ないけど嘘をつかせてもらいます。
「皆様は、昔のことをどれくらい覚えていらっしゃいますか? 周りの人は赤ちゃんの頃の記憶が殆どないそうなのですが、私は産まれてきてからの記憶を持っています。」
「産まれてきてからのことをすべて覚えているだと? そんなことが……あり得るのか?」
イングランド様を含めて、周りの大人たちは信じられないとばかりに首をひねっている。
しかし、神官長はあごに手を当てて何かを思案していた。
「……幼児健忘か。」
「なんだ、それは? ハルウォーガン、何か心当たりがあるのか?」
「いや、私も直接見るのは初めてだ。人はだれしも、赤子のころの記憶は持っていない。しかし、本当に稀だが、記憶を持っているものがいるという。……にわかには信じられないが、孤児院長が実の母親だと知らされて動揺していないところを見ると、本当のことなのだろう。」
「まあ、確かにそうだな。知っているフリをしても、何もいいことはないからな。……ということは、パイル。其方は実の母親だと知りながら、孤児院長と孤児という関係を今まで続けてきたのか?」
イングランド様の言いたいことは、なぜそんな異常な行動をとり続けていたのか、ということだろう。
確かに、実の母親と知りながら、最後の時まで孤児院長と孤児という関係を貫いた異常行動ととられてもおかしくはない。
だけど、私はこれが正解だと思ったんだ。
「私の最初の記憶は、嬉しそうな院長先生の顔です。そして次は、孤児院の大人たちと一緒に私の存在を必死に隠そうとする院長先生の姿です。その時の会話をすべて覚えているわけではありませんが、1つだけはっきりと覚えている言葉があります。それは、「この子を守るため」という言葉です。」
「……そうか。孤児院長は、自身の子に聖女の力が宿っている可能性があると判断したのだ。聖女があの者1人しかいない状況でそれがわかったら……其方の自由はまったくなかったであろうな。」
「はい。皆様のお話を聞いて、私も院長先生の行動の理由がわかりました。……これまでの私は、もちろん理由についてはわかっていませんでした。ですが、私のためを思ってやることだということは強く伝わってきました。ですので私は、最後まで院長先生と孤児という関係を貫いたのです。実の親子として接することができなくても、院長先生にはたくさんのものをいただきました。大切な思い出もたくさん……。」
ネックレスをくれたのも私を最後まで守ろうとしてくれた証拠だ。
「守ってあげられなくてごめんなさい」と何度も言ったのも、それが理由だろう。
……だけど。
「ですが……一度でいいから、「お母さん」と呼んでみたかったです。」
私がそういうと、強い力で肩を握られた。
イングランド様でも神官長でもない。
見ると、悲痛な表情を浮かべたウィルが大粒の涙を流していた。
「……ふざけるな! お前はどれだけ、自分を犠牲にすれば気が済むんだ!」
「ちょ、ちょっとウィル……。いきなりどうしたの」
「どうしたのじゃねーよ! 大きな熊相手に囮になって、身の危険がありながら孤児院のみんなを助けて……実の母親との関係も我慢していたんだぞ! 本当に……ふざけるのも大概にしろ!」
ウィルは、私の胸ぐらをつかみながら、大声でまくしたてた。大粒の涙を流しながら。
そして、私を背後に庇いウィルはイングランド様たちの前に膝まづいた。
「……私の願いを聞いていただけないでしょうか。」
「許す。」
「ありがとうございます。……俺は人のためなら、自分の身を犠牲にするパイルを、1人で貴族の世界に行かせることが不安で仕方ないです。俺にはどうしても、パイルが辛い思いをし続けるのではないかと思わずにはいられないのです。……俺には、パイルに救われた恩があります。その恩を返すために……俺も、パイルと一緒に連れて行ってはいただけないでしょうか。そのためならば何でもします。ですからどうか……お願いいたします。」
歌っている最中も、歌い終わった後も私とウィルはベッドに縋り付いて涙を流していた。
それはもう、涙も枯れてしまうくらいに。
「其方ら、今日は神殿に戻ってゆっくり休みなさい。あとのことは、我々がしておく。」
私たちのことを静かに見守っていたイングランド様が、声をかけた。
「其方ら孤児院で育った者にとって大変つらい別れであったことだと思う。領主として、最後まで聖女の務めを果たした孤児院長……スイートベルを責任をもって神の元へ送り届けよう。」
スイートベル。
それが院長先生の名前だったんだね。
何年も一緒に暮らしていたのに……名前すら知らなかったんだ。
「イングランド、少し待て。今、言うべきではないか?」
「……其方には人の心がないのか? これ以上は、この者たちの心が持たない。あとにしろ。」
神官長の提案に対して、イングランド様は先ほどの柔らかい表情を引っ込めて、厳しい表情を浮かべた。
「……姿が見えているうちに伝えるべきだ。しっかりと、別れを伝えられるようにな。」
「それは……わかった。だが、私から伝える。其方の伝え方には人の心がなさすぎるからな。」
「好きにしろ。」
神官長はそういうと、壁に寄りかかって静かに目を閉じた。
イングランド様は、ベッドに縋り付いている私に目線を合わせるように、その場で膝をついた。
「パイル。今の其方に伝えることは大変心苦しいが……孤児院長について其方に伝えることがある。」
私は何とか気力を振り絞り起き上がって、目元を袖で拭い、しっかりとイングランド様の目を見た。
「はい。」
「聖女の力というものは基本的に、貴族の娘に宿るものだ。つまり、其方は貴族から生まれた娘ということだ。其方を産んだ母親なのだが、其方を育てた孤児院長、スイートベルが其方の実の母親だ。」
イングランド様の言葉を聞き、伏せて泣き続けていたウィルが、静かに私を凝視した。
息が止まっているのではないかと思われるくらいに、静かに私を凝視している。
そうだよね……そんな仰天事実を伝えられたら、思考が追い付かなくなっちゃうよね。
……そう、知らなかったらね。
「……はい、存じております。」
「……は?」
私の答えに、イングランド様を含めて部屋にいる全員が驚きの表情で私を見つめた。
私には前世の記憶がある。
いつから前世の私としての意識があったかというと、生まれてきた瞬間からだ。
つまり、誰のお腹から産まれてきたのか記憶があるということだ。
そう、私は院長先生のお腹から産まれてきたのだ。
「其方、その事実をどうやって知ったのだ? 孤児院長の口ぶりからするに、自身の口からは其方に伝えていないはずだ。」
壁際に寄りかかっていた神官長が、機敏な動きで私に詰め寄ってきた。
前世の記憶云々は人には言えない。
ここは、申し訳ないけど嘘をつかせてもらいます。
「皆様は、昔のことをどれくらい覚えていらっしゃいますか? 周りの人は赤ちゃんの頃の記憶が殆どないそうなのですが、私は産まれてきてからの記憶を持っています。」
「産まれてきてからのことをすべて覚えているだと? そんなことが……あり得るのか?」
イングランド様を含めて、周りの大人たちは信じられないとばかりに首をひねっている。
しかし、神官長はあごに手を当てて何かを思案していた。
「……幼児健忘か。」
「なんだ、それは? ハルウォーガン、何か心当たりがあるのか?」
「いや、私も直接見るのは初めてだ。人はだれしも、赤子のころの記憶は持っていない。しかし、本当に稀だが、記憶を持っているものがいるという。……にわかには信じられないが、孤児院長が実の母親だと知らされて動揺していないところを見ると、本当のことなのだろう。」
「まあ、確かにそうだな。知っているフリをしても、何もいいことはないからな。……ということは、パイル。其方は実の母親だと知りながら、孤児院長と孤児という関係を今まで続けてきたのか?」
イングランド様の言いたいことは、なぜそんな異常な行動をとり続けていたのか、ということだろう。
確かに、実の母親と知りながら、最後の時まで孤児院長と孤児という関係を貫いた異常行動ととられてもおかしくはない。
だけど、私はこれが正解だと思ったんだ。
「私の最初の記憶は、嬉しそうな院長先生の顔です。そして次は、孤児院の大人たちと一緒に私の存在を必死に隠そうとする院長先生の姿です。その時の会話をすべて覚えているわけではありませんが、1つだけはっきりと覚えている言葉があります。それは、「この子を守るため」という言葉です。」
「……そうか。孤児院長は、自身の子に聖女の力が宿っている可能性があると判断したのだ。聖女があの者1人しかいない状況でそれがわかったら……其方の自由はまったくなかったであろうな。」
「はい。皆様のお話を聞いて、私も院長先生の行動の理由がわかりました。……これまでの私は、もちろん理由についてはわかっていませんでした。ですが、私のためを思ってやることだということは強く伝わってきました。ですので私は、最後まで院長先生と孤児という関係を貫いたのです。実の親子として接することができなくても、院長先生にはたくさんのものをいただきました。大切な思い出もたくさん……。」
ネックレスをくれたのも私を最後まで守ろうとしてくれた証拠だ。
「守ってあげられなくてごめんなさい」と何度も言ったのも、それが理由だろう。
……だけど。
「ですが……一度でいいから、「お母さん」と呼んでみたかったです。」
私がそういうと、強い力で肩を握られた。
イングランド様でも神官長でもない。
見ると、悲痛な表情を浮かべたウィルが大粒の涙を流していた。
「……ふざけるな! お前はどれだけ、自分を犠牲にすれば気が済むんだ!」
「ちょ、ちょっとウィル……。いきなりどうしたの」
「どうしたのじゃねーよ! 大きな熊相手に囮になって、身の危険がありながら孤児院のみんなを助けて……実の母親との関係も我慢していたんだぞ! 本当に……ふざけるのも大概にしろ!」
ウィルは、私の胸ぐらをつかみながら、大声でまくしたてた。大粒の涙を流しながら。
そして、私を背後に庇いウィルはイングランド様たちの前に膝まづいた。
「……私の願いを聞いていただけないでしょうか。」
「許す。」
「ありがとうございます。……俺は人のためなら、自分の身を犠牲にするパイルを、1人で貴族の世界に行かせることが不安で仕方ないです。俺にはどうしても、パイルが辛い思いをし続けるのではないかと思わずにはいられないのです。……俺には、パイルに救われた恩があります。その恩を返すために……俺も、パイルと一緒に連れて行ってはいただけないでしょうか。そのためならば何でもします。ですからどうか……お願いいたします。」
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