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瀬尾輝跡
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愛は体調の悪い時も笑顔を絶やさず、人前では元気いっぱいのふりをするのがすっかり板についていたが、1人になると無理した分だけ反動が来る。痛くて苦しくても、必要以上の治療は受けないと決めた以上、愛は耐えることしかできないのだ。声を押し殺し、激痛に耐え忍ぶ。死にたいと口に出したら、ポッキリと心が折れてしまう気がして、必死に飲み込んでいても、死にたいと考えることからは抜け出せなくてーー
「愛ちゃん!」
彼の声を聞いて、あれほど痛くて死にたくてどうしようなかった想いが弾けて消えた。
笑顔を作れ。明るく勤めろ。
やっぱり生きていて欲しいと、こんなに苦しそうなんだから助けなければと思わせてはいけない。誰かの命を犠牲にしてまで生きたくないと決めたなら、最後まで突き通せ。そうでなければ、ただの構ってちゃんで、迷惑なだけだ。生きる気があるなら最初からそう言えばよかったのになんて言われたくない。
愛は誰かに同情されたいから死を受け入れたのではないのだ。だから、もう一度。
「無理しなくていいんだよ」
「輝跡、くん」
「痛いよね。苦しいよね。ずっと我慢してたのかい?だめだよ。痛いときは痛いって口に出さないと。身体よりも先に心が壊れてしまうよ。お医者を呼ぼう」
「い、いいの!薬には、頼りたくない!わたし、だいじょうぶ、だから。あれ?ほんとに、ほんと、だいじょうぶなんだよ…?」
うまく笑顔が作れず、頬を伝ってポタポタと涙が流れる。輝跡は鞄を備え付けられたパイプ椅子の上に置くと、安心させるように愛の背中をゆっくり撫でた。
瀬尾輝跡は中学2年生。愛の2つ年上だ。3年前までは愛と同じ小児病棟の病室に入院していたが、完治して現在は有名私立大学の付属中学校に通っている。
同じ病棟の入院患者でなければまず出会うことのなかった少年だ。輝跡は頭もよく気が利いて、愛は輝跡にだけは本音を打ち明けることができた。勇とゲームを作ろうと決めてからも、定期的にメールや電話で連絡を取り合い、ゲームにも登場人物として参考にする許可を得ている。本人は時間が許すことなら毎日のように顔を出したいとボヤいているが、自宅から病院までは電車で1時間ほどの距離がある。せっかく退院したのに病院通いなんてと父親に難色を示されていることもあり、輝跡は週に一度だけ習い事のついでに顔を見せていたから、油断していた。
「輝跡くん…今日は習い事の日じゃないよね?」
「胸騒ぎがして…。来てよかったよ。急に寒くなったから、身体が追いつかないのかな。ほら、布団掛けて」
「輝跡くんがせっかく来てくれたのに…」
「僕のことよりも愛ちゃんの身体の方が大切だよ。僕はまた時間を作ればいい。愛ちゃんに何かあったら、それで終わりだ」
「…うん…」
「ーーまだ、誰にも言ってないのかい?」
「ゲームが完成するまでは…元気でいなきゃって…頑張ってたつもりなんだけどな…」
「僕だけだったらよかったんだけど。気づいてる人はいるよ。みんな、愛ちゃんが頑張ってるのを知っているから何も言わない。僕は…頑張ってる愛ちゃんを見てみぬふりをする気はないんだ。同じ病気を抱え、完治したものとして。愛ちゃんだって、僕と同じように。完治を目指すことができるんだって証明したい」
ーーそれは無理だよ。輝跡くんにはお金や人脈があったから病気を乗り越えることができた。でも、わたしにはお金もなければコネもない。手術に耐えうる体力も…。
大丈夫だよと元気づけてくれるたびに、愛がどんな気持ちでいるのかーー同じ病気を抱えていた一番の理解者であるからこそ、輝跡は残酷な現実を愛に突き付ける。愛さえ諦めなければ、誰かの命を犠牲にすれば、愛はこれ以上苦しむことなく輝跡やみんなと、生きていけるのだと。みんなも愛に生きてほしいと願っているのに、愛だけが死にたがっている。
「僕は愛ちゃんがいたから生きているんだ。愛ちゃんがいなければ、生きている意味なんてない」
苦しくて辛くて死にたくないと思うほどの痛みに苛まれながら、愛がそれでも運命に抗うことなく自らの死期を受け入れたのは、輝跡の態度が気がかりであるからだった。
輝跡は愛に依存している。
滋賀の執着と忍の独り占めしたいと思う気持ちよりももっとずっとたちが悪いものだ。愛は自らが死ぬことによって、輝跡が他のなにかに目を向けることを何よりも望んでいる。だから、ゲームにも輝跡のルートは存在しない。メインヒーロー思わせておいて、攻略対象ではないのだ。「詐欺と騒ぎになるけど、本当にいいの?」とスタッフに問われたが、それだけは絶対に守ってくれと強引にお願いしたのは、このまま輝跡が愛一筋の人生を送った所で幸せになれるとは限らないことを、愛がいなくなった後、ゲームを通じて知ってほしかったからだった。
輝跡は愛が独り占めするにはもったいないほどの才能と、容姿。気前の良さがある。愛がいなくなっても、きっと立派な人になるだろう。
「わたしがいなくなっても、輝跡くんは生きなきゃだめだよ。ドナーさんに提供してもらった命を、たった3年で亡くすなんてもったいない」
「ーーどうして愛ちゃんじゃなくて僕だったんだろう。僕なんかより、愛ちゃんが助かるべきだったのに」
「それは違うよ。輝跡くんが社会に必要とされた才能を持ってるから、輝跡くんはこうして生きてるんだ。輝跡くんは、私がいなくなっても、私達みたいな生まれつき身体の弱い子ども達を救うお医者さんか薬剤師さんになって。夢を叶えてね」
「愛ちゃん…」
「約束だよ、輝跡くん。絶対に、忘れちゃだめだから…」
ーー輝跡くんは優しいから、わたしの強引に取り付けた約束を守ってくれるはずだ。
満足そうに呟いた愛がゆっくりと目を瞑る。愛になにかあったのではと顔色を変えた輝跡は、愛の吐息と脈拍を確認してから備え付けの椅子に深く座り息を吐き出した。
「愛ちゃん!」
彼の声を聞いて、あれほど痛くて死にたくてどうしようなかった想いが弾けて消えた。
笑顔を作れ。明るく勤めろ。
やっぱり生きていて欲しいと、こんなに苦しそうなんだから助けなければと思わせてはいけない。誰かの命を犠牲にしてまで生きたくないと決めたなら、最後まで突き通せ。そうでなければ、ただの構ってちゃんで、迷惑なだけだ。生きる気があるなら最初からそう言えばよかったのになんて言われたくない。
愛は誰かに同情されたいから死を受け入れたのではないのだ。だから、もう一度。
「無理しなくていいんだよ」
「輝跡、くん」
「痛いよね。苦しいよね。ずっと我慢してたのかい?だめだよ。痛いときは痛いって口に出さないと。身体よりも先に心が壊れてしまうよ。お医者を呼ぼう」
「い、いいの!薬には、頼りたくない!わたし、だいじょうぶ、だから。あれ?ほんとに、ほんと、だいじょうぶなんだよ…?」
うまく笑顔が作れず、頬を伝ってポタポタと涙が流れる。輝跡は鞄を備え付けられたパイプ椅子の上に置くと、安心させるように愛の背中をゆっくり撫でた。
瀬尾輝跡は中学2年生。愛の2つ年上だ。3年前までは愛と同じ小児病棟の病室に入院していたが、完治して現在は有名私立大学の付属中学校に通っている。
同じ病棟の入院患者でなければまず出会うことのなかった少年だ。輝跡は頭もよく気が利いて、愛は輝跡にだけは本音を打ち明けることができた。勇とゲームを作ろうと決めてからも、定期的にメールや電話で連絡を取り合い、ゲームにも登場人物として参考にする許可を得ている。本人は時間が許すことなら毎日のように顔を出したいとボヤいているが、自宅から病院までは電車で1時間ほどの距離がある。せっかく退院したのに病院通いなんてと父親に難色を示されていることもあり、輝跡は週に一度だけ習い事のついでに顔を見せていたから、油断していた。
「輝跡くん…今日は習い事の日じゃないよね?」
「胸騒ぎがして…。来てよかったよ。急に寒くなったから、身体が追いつかないのかな。ほら、布団掛けて」
「輝跡くんがせっかく来てくれたのに…」
「僕のことよりも愛ちゃんの身体の方が大切だよ。僕はまた時間を作ればいい。愛ちゃんに何かあったら、それで終わりだ」
「…うん…」
「ーーまだ、誰にも言ってないのかい?」
「ゲームが完成するまでは…元気でいなきゃって…頑張ってたつもりなんだけどな…」
「僕だけだったらよかったんだけど。気づいてる人はいるよ。みんな、愛ちゃんが頑張ってるのを知っているから何も言わない。僕は…頑張ってる愛ちゃんを見てみぬふりをする気はないんだ。同じ病気を抱え、完治したものとして。愛ちゃんだって、僕と同じように。完治を目指すことができるんだって証明したい」
ーーそれは無理だよ。輝跡くんにはお金や人脈があったから病気を乗り越えることができた。でも、わたしにはお金もなければコネもない。手術に耐えうる体力も…。
大丈夫だよと元気づけてくれるたびに、愛がどんな気持ちでいるのかーー同じ病気を抱えていた一番の理解者であるからこそ、輝跡は残酷な現実を愛に突き付ける。愛さえ諦めなければ、誰かの命を犠牲にすれば、愛はこれ以上苦しむことなく輝跡やみんなと、生きていけるのだと。みんなも愛に生きてほしいと願っているのに、愛だけが死にたがっている。
「僕は愛ちゃんがいたから生きているんだ。愛ちゃんがいなければ、生きている意味なんてない」
苦しくて辛くて死にたくないと思うほどの痛みに苛まれながら、愛がそれでも運命に抗うことなく自らの死期を受け入れたのは、輝跡の態度が気がかりであるからだった。
輝跡は愛に依存している。
滋賀の執着と忍の独り占めしたいと思う気持ちよりももっとずっとたちが悪いものだ。愛は自らが死ぬことによって、輝跡が他のなにかに目を向けることを何よりも望んでいる。だから、ゲームにも輝跡のルートは存在しない。メインヒーロー思わせておいて、攻略対象ではないのだ。「詐欺と騒ぎになるけど、本当にいいの?」とスタッフに問われたが、それだけは絶対に守ってくれと強引にお願いしたのは、このまま輝跡が愛一筋の人生を送った所で幸せになれるとは限らないことを、愛がいなくなった後、ゲームを通じて知ってほしかったからだった。
輝跡は愛が独り占めするにはもったいないほどの才能と、容姿。気前の良さがある。愛がいなくなっても、きっと立派な人になるだろう。
「わたしがいなくなっても、輝跡くんは生きなきゃだめだよ。ドナーさんに提供してもらった命を、たった3年で亡くすなんてもったいない」
「ーーどうして愛ちゃんじゃなくて僕だったんだろう。僕なんかより、愛ちゃんが助かるべきだったのに」
「それは違うよ。輝跡くんが社会に必要とされた才能を持ってるから、輝跡くんはこうして生きてるんだ。輝跡くんは、私がいなくなっても、私達みたいな生まれつき身体の弱い子ども達を救うお医者さんか薬剤師さんになって。夢を叶えてね」
「愛ちゃん…」
「約束だよ、輝跡くん。絶対に、忘れちゃだめだから…」
ーー輝跡くんは優しいから、わたしの強引に取り付けた約束を守ってくれるはずだ。
満足そうに呟いた愛がゆっくりと目を瞑る。愛になにかあったのではと顔色を変えた輝跡は、愛の吐息と脈拍を確認してから備え付けの椅子に深く座り息を吐き出した。
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