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2・人生三度目の、悪役令嬢ですわ!
前世を思い出して(2)
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――後者を選ぶなら、心配そうにこちらを見つめている彼を突き放す必要があるよね……。
ダグラスが回帰する前の記憶を保持しているかは不明だが、惚れられたら面倒なことになるのは明らかだ。
――傲慢な悪役令嬢を演じて、恋心を打ち砕く!
それが今の私にできる、ささやかな抵抗だ。
そう結論づけると、修道女ルートを目指して邁進すると決めた。
「具合が悪いのなら……」
「私に、触らないでくださる?」
伸ばされた指先を払い除け、不機嫌そうに眉を釣り上げる。
ダグラスは親切心で差し伸べてやった掌を拒絶されるなど、思ってもみなかったようだ。
鳩が豆鉄砲が食らったような表情をしているのが印象深い。
――傷つけてしまったかしら……?
これからは悪役令嬢としてではなく木隠瑠璃として生きると決めていれば、すぐに「ごめんね」と謝罪していた。
しかし、私はこれまで通りルリミカとして生きると決めてしまった。
今は好感度よりも不快度を高めるべきだ。
こちらが申し訳なさそうに頭を下げてしまえば、冷たく接した意味がない。
私は心を鬼にして彼の手を借りずに立ち上がる。
そうして、その場をあとにしようと試みた。
「手を伸ばしても、触れる前に消えてしまう。幻影のように儚く可憐な君を、俺は愛しく思う」
しかし、ダグラスはこの程度の拒否では諦めてはくれなかった。
無口で無愛想と有名な騎士団長は饒舌な口ぶりで言葉を発すると、真顔でポエムめいた告白をし始める。
――ちょっと待ってよ。
私、最悪な態度を取ったはずよね?
これで百年の恋が冷めるどころか燃え上がるのであれば、常人には手に負えない。
諦めるか、逃げ回るか。
はっきりと暴言を口にするしかないだろう。
――ただ、今の私って悪役令嬢なのよね……。
品行方正な立ち振舞いに気をつけなければ、いつ背中から刺されるかわからぬ身の上だ。
彼を遠ざけたいがあまりに不愉快な言動を繰り返す姿を遠くから見つめた他者に苦言を呈され、処刑されては堪らない。
ここは、逃げるのが先決だろう。
「私、失礼いたしますわ!」
「待ってくれ!」
「は、離して!」
「話が終わるまでは、絶対に離さない」
「な……っ!」
私は彼に一言断ってから、慌ててこの場から立ち去ろうとした。
しかし、手首を掴まれて阻止されてしまう。
水色の瞳に強い意志を宿した男は、低い声で問いかけてくる。
「今度は、いつここで歌うんだ」
「あなたがいる限り、このステージには立ちませんわ」
「どこなら会える」
「私が今日初めて出会った殿方に、素直に口を割ると思って?」
「それもそうだな」
名前くらいは名乗ったらどうだと促せば、どうやら彼も納得したようだ。
人がまばらな小劇場の中で、堂々と己の家名を明かした。
「俺の名は、ダグラス・ゼヴァイツ。君の夫となる男だ」
「残念でしたわね。私、婚約者がいますの。あなたと結婚なんてしませんわ!」
私は満面の笑みを浮かべ、舞台袖に引っ込む。
真っ青な顔でこちらの様子を伺っていたスタッフは、話しかけるタイミングを見計らっているようだ。
おろおろと視線をさまよわせ、どの時点で会話に割って入ればいいのかと不安そうにしているのが印象的だった。
「必ず君は、俺のものになる」
「あなたの思い通りになど、絶対になりません。それでは、ごきげんよう!」
ダグラスはまだ諦める気にならないのか、はっきりとした声で宣言する。
それを今度こそバッサリと拒絶し終えると、控室へ引っ込んだ。
「黒の歌姫様……!」
2人の口論をただ見ていただけのスタッフは、なんとかこちらの怒りを鎮めようと声をかけてくる。
だが、男性に優しくする気には到底なれなかった。
「もう、ここで歌うのは止めますわ」
「そ、そんな……! この小劇場は黒の歌姫様が巡業にいらっしゃるから、どうにか営業を続けていられるんです! どうか、お考え直し頂けないでしょうか……!」
「どうしてあんな男を、ここに出入りさせたんですの?」
「あ、あのお方は定期的に、我が小劇場へ寄付をしてくださり……!」
「今後は、あの男を頼ってくださる?」
私よりも多額の寄付金を受けている事実がすでにあるのならば、ここで歌う意味がない。
支援を打ち切り黒の歌姫として身分を隠し活動するのを止めるとはっきり宣言すれば、スタッフは「困ります」と困惑した様子で嘆く。
「そんな……! ダグラス様が寄付をしてくださるのは、黒の歌姫様が定期的に歌を披露してくださるからなのですよ!?」
「ここで歌い続けてほしいのでしたら、あの男をどうにかするのが先ですわ」
「お願いします!」
だが、こちらだって一度決めたことを曲げるつもりなどなかった。
頭を下げる男性の姿を冷たい瞳で見下したあと、妥協案を提示する。
「ねぇ、あなた」
「は、はい!」
「妹もここへ、何度か歌いに来ていましたわよね?」
「白の歌姫様ですか? ええ、まぁ……」
「あの男をどうにかできないのなら、リナリアに頼んだほうがいいかもしれませんわ」
しかし、スタッフの顔色はよくなるどころか悪くなるばかり。
ぶんぶんと顔を左右に振ると、矢継ぎ早に泣き叫ぶ。
「む、無理です! 白の歌姫様は、ここをオンボロ劇場だとか、歌を披露するには小さすぎると馬鹿にしてきたんです! 文句も言わずに多額の寄付をしてくださる黒の歌姫様とは、雲泥の差がありまして……!」
「少し、考えさせてくださる?」
「わ、わかりました……! いいお返事を、期待しております……!」
私はスタッフと話を終えると、舞台衣装を脱いで地味な服装に着替えた。
ダグラスが回帰する前の記憶を保持しているかは不明だが、惚れられたら面倒なことになるのは明らかだ。
――傲慢な悪役令嬢を演じて、恋心を打ち砕く!
それが今の私にできる、ささやかな抵抗だ。
そう結論づけると、修道女ルートを目指して邁進すると決めた。
「具合が悪いのなら……」
「私に、触らないでくださる?」
伸ばされた指先を払い除け、不機嫌そうに眉を釣り上げる。
ダグラスは親切心で差し伸べてやった掌を拒絶されるなど、思ってもみなかったようだ。
鳩が豆鉄砲が食らったような表情をしているのが印象深い。
――傷つけてしまったかしら……?
これからは悪役令嬢としてではなく木隠瑠璃として生きると決めていれば、すぐに「ごめんね」と謝罪していた。
しかし、私はこれまで通りルリミカとして生きると決めてしまった。
今は好感度よりも不快度を高めるべきだ。
こちらが申し訳なさそうに頭を下げてしまえば、冷たく接した意味がない。
私は心を鬼にして彼の手を借りずに立ち上がる。
そうして、その場をあとにしようと試みた。
「手を伸ばしても、触れる前に消えてしまう。幻影のように儚く可憐な君を、俺は愛しく思う」
しかし、ダグラスはこの程度の拒否では諦めてはくれなかった。
無口で無愛想と有名な騎士団長は饒舌な口ぶりで言葉を発すると、真顔でポエムめいた告白をし始める。
――ちょっと待ってよ。
私、最悪な態度を取ったはずよね?
これで百年の恋が冷めるどころか燃え上がるのであれば、常人には手に負えない。
諦めるか、逃げ回るか。
はっきりと暴言を口にするしかないだろう。
――ただ、今の私って悪役令嬢なのよね……。
品行方正な立ち振舞いに気をつけなければ、いつ背中から刺されるかわからぬ身の上だ。
彼を遠ざけたいがあまりに不愉快な言動を繰り返す姿を遠くから見つめた他者に苦言を呈され、処刑されては堪らない。
ここは、逃げるのが先決だろう。
「私、失礼いたしますわ!」
「待ってくれ!」
「は、離して!」
「話が終わるまでは、絶対に離さない」
「な……っ!」
私は彼に一言断ってから、慌ててこの場から立ち去ろうとした。
しかし、手首を掴まれて阻止されてしまう。
水色の瞳に強い意志を宿した男は、低い声で問いかけてくる。
「今度は、いつここで歌うんだ」
「あなたがいる限り、このステージには立ちませんわ」
「どこなら会える」
「私が今日初めて出会った殿方に、素直に口を割ると思って?」
「それもそうだな」
名前くらいは名乗ったらどうだと促せば、どうやら彼も納得したようだ。
人がまばらな小劇場の中で、堂々と己の家名を明かした。
「俺の名は、ダグラス・ゼヴァイツ。君の夫となる男だ」
「残念でしたわね。私、婚約者がいますの。あなたと結婚なんてしませんわ!」
私は満面の笑みを浮かべ、舞台袖に引っ込む。
真っ青な顔でこちらの様子を伺っていたスタッフは、話しかけるタイミングを見計らっているようだ。
おろおろと視線をさまよわせ、どの時点で会話に割って入ればいいのかと不安そうにしているのが印象的だった。
「必ず君は、俺のものになる」
「あなたの思い通りになど、絶対になりません。それでは、ごきげんよう!」
ダグラスはまだ諦める気にならないのか、はっきりとした声で宣言する。
それを今度こそバッサリと拒絶し終えると、控室へ引っ込んだ。
「黒の歌姫様……!」
2人の口論をただ見ていただけのスタッフは、なんとかこちらの怒りを鎮めようと声をかけてくる。
だが、男性に優しくする気には到底なれなかった。
「もう、ここで歌うのは止めますわ」
「そ、そんな……! この小劇場は黒の歌姫様が巡業にいらっしゃるから、どうにか営業を続けていられるんです! どうか、お考え直し頂けないでしょうか……!」
「どうしてあんな男を、ここに出入りさせたんですの?」
「あ、あのお方は定期的に、我が小劇場へ寄付をしてくださり……!」
「今後は、あの男を頼ってくださる?」
私よりも多額の寄付金を受けている事実がすでにあるのならば、ここで歌う意味がない。
支援を打ち切り黒の歌姫として身分を隠し活動するのを止めるとはっきり宣言すれば、スタッフは「困ります」と困惑した様子で嘆く。
「そんな……! ダグラス様が寄付をしてくださるのは、黒の歌姫様が定期的に歌を披露してくださるからなのですよ!?」
「ここで歌い続けてほしいのでしたら、あの男をどうにかするのが先ですわ」
「お願いします!」
だが、こちらだって一度決めたことを曲げるつもりなどなかった。
頭を下げる男性の姿を冷たい瞳で見下したあと、妥協案を提示する。
「ねぇ、あなた」
「は、はい!」
「妹もここへ、何度か歌いに来ていましたわよね?」
「白の歌姫様ですか? ええ、まぁ……」
「あの男をどうにかできないのなら、リナリアに頼んだほうがいいかもしれませんわ」
しかし、スタッフの顔色はよくなるどころか悪くなるばかり。
ぶんぶんと顔を左右に振ると、矢継ぎ早に泣き叫ぶ。
「む、無理です! 白の歌姫様は、ここをオンボロ劇場だとか、歌を披露するには小さすぎると馬鹿にしてきたんです! 文句も言わずに多額の寄付をしてくださる黒の歌姫様とは、雲泥の差がありまして……!」
「少し、考えさせてくださる?」
「わ、わかりました……! いいお返事を、期待しております……!」
私はスタッフと話を終えると、舞台衣装を脱いで地味な服装に着替えた。
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