エリート海上自衛官は秘密の息子ごと、保育士の妻に海よりも深い愛を注ぎ込む

桜城恋詠

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3・つかの間の幸せ

あなたとカレー(2)

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 (半年ぶりに、清広さんが帰ってきた)

 つぐみは久方ぶりに感じた清広のぬくもりに包まれ、自然と気分が上昇していくのを感じる。

 (やっぱり私は、清広さんがいないと駄目なんだ……)

 彼と触れ合っただけで、今までいだいていた憂鬱な気持ちが吹き飛んだのだ。
 心の奥深くに沈めていた感情を見てみぬ振りをするのは、止めるべきだろう。

「パパー!」

 そう決意をした私は、広春が父親を呼ぶ声によって我に返る。
 清広が姿を消してからよくぐずるようになった息子は、今日はとても元気いっぱいだ。
 再会をしてからずっと、ベッタリと引っついている。

「今日はカレーだ。一緒に食べよう」
「うん!」

 久方ぶりに見る我が子の笑顔を満足そうに見つめていると、テーブルの上に人数分のお皿にカレーと白米を並べ終えた清広に誘われた。

「つぐみもここに、座ってくれ」
「清広さんの膝に?」
「ああ」
「でも……。広春が、もう……」
「パパと、ママと、僕! みーんな一緒!」

 つぐみは息子と彼が触れ合う時間を優先したくて難色を示したが、広春に望まれたら強く拒絶はできない。
 こうして渋々、まるでマトリョーシカのように清広の膝上に腰を下ろした。

「重くないの?」
「まったく問題ない。いい訓練になる」
「いただきまーす!」

 大人達が会話をしている間にも、目の前に差し出されたカレーを待ちきれずに息子が子ども用のスプーンを手に取って食事をし始める。

「待って。広春。ママかパパと、一緒に食べよう。洋服が汚れちゃうよ」
「じゃあ、ママが僕に食べさせて!」
「パパじゃなくて、いいの?」
「うん。パパは、ママに食べさせるんだ!」

 キラキラと瞳を輝かせた息子の来たいへ応えるかのように、清広からカレーとご飯を一口分掬った大人用のスプーンを差し出してくる。
 つぐみはそれを視界に写し、固まった。

「ほら。あーん……」

 唇を開くように促されたが、息子の前で食べさせてもらう気分にはどうしてもなれなかった。

 (病人じゃ、あるまいし……!)

 そのためつぐみは顔を真っ赤にしながら震える指先を使い、清広からスプーンを奪い取った。

「お口、開けて!」
「こらっ。そんな、無理やり……!」

 こちらは断るつもりでいたのだが、素直になれない母親の姿を見かねた息子が固く閉ざされた唇をこじ開ける。

「ん……!」

 親子の見事な連携プレーにより、彼にカレーを食べさせられる羽目になった。

「おいしい?」
「う、うん……。こうやって、無理やり食べさせて貰わなければ、もっとよく味わって食べれるかなぁ……」
「パパ! もっと!」
「わかった」

 つぐみは遠回しに遠慮したが、広春には通じなかった。

 (こ、これ以上は、恥ずかしすぎて無理……!)

 一度口の中から出て行ったスプーンが再びカレーを掬い上げる姿を目にし、慌てて声を荒らげる。

「ひ、1人で食べられるから! どうしてもあーんがしたいのなら、広春にしてあげて!」
「そうか。残念だ……」

 彼は面白くて仕方がないと言わんばかりに声を上げて笑う。
 そんな清広を涙目で睨みつけたつぐみはようやく落ち着きを取り戻し、食事へありつく。

「いただきます」
「だきまーす!」

 皿の上に盛られたカレーには、たくさんの野菜が入っている。

 (じゃがいも、人参、たまねぎ……)

 見慣れた食材を見つけて積極的に食べ進めているうちに、意外な食材が仲間入りしているのに気づいて動きを止めた。

「苦手な野菜があったのか」
「うんん。ナスが入っているの、珍しくて……」
「ああ。俺達が日々職場で食べている味に、限りなく近いはずだ」
「いつも……?」
「24時間365日海の中を海港していると、曜日の感覚が薄れる。毎週金曜日は、必ずカレーを食べるんだ」
「なるほど……」

 陸の上で何不自由なく暮らすつぐみには、毎週決まった曜日にまったく同じ夕飯のメニューを食べる習慣がない。

 (海上自衛官って、大変なんだ……)

 いっそのことファミレスチェーン店の日替わりメニューのように、曜日ごとに毎週同じメニューを作って食べるように普段から気をつけていないと、忘れてしまいそうだ。

 壁かけカレンダーをじっと見つめたつぐみは、潜水艦乗りならではの特殊な決まり事を頭の中に深く刻み込む。

 (金曜日に清広さんと食事をともにする機会があったら、絶対にカレーを作ろう)

 黙々と食事を始めた清広に倣い、つぐみもゆっくりとスプーンでカレーと白米を掬って口に含む。

「甘い……」
「辛い方がよかったか。広春も一緒に食べるなら、辛いのはあまりよくないと思ったのだが……」
「うんん。ちょうどいいよ。ありがとう。広春に配慮してくれて」
「ああ。辛さが足らなければ、このスパイスをふりかけてくれ」

 清広は近くに置いてあったスパイスの瓶を手に取ると、蓋を開けてカレーの上にそれをまぶした。

 (これなら、完食できそう……)

 カレーは辛い。
 つぐみはそんな固定概念があったからこそ、今まで率先して食べたいと思うメニューではなかった。

 しかし……。

 清広が作ってくれたレシピであれば、これから毎日のように出されても問題はなさそうだ。

 (いろんなカレーに、挑戦できるようにしなきゃ)

 料理は苦手だが、市販のルーを使えば切って煮込むだけだ。
 このメニューであればいろんなバリエーションを作れると自負するつぐみはそう心の中で意気込むと、清広が用意した料理を完食した。

「清広さん。食器を……」
「明日でいい」
「浸け置き洗いをしないと、汚れが……」
「つぐみと、離れたくないんだ」
「でも、一生このままなんて無理だよ。身を清めないといけないし……」
「みんなで、一緒に入るか」

 思わぬ提案を受けたつぐみは、顔を真っ赤にして清広を見上げる。

 (一緒に、お風呂……?)

 ――つまり、彼氏の前で肌を晒すと言うことだ。

 いくら結婚を前提として付き合い始めているとしても、物事には順序というものがある。
 そうしたことは、心を通わせたあとにするべきだ。

 (清広さんの前ですべてを曝け出せば、素直な自分の気持ちを打ち明けられるかもしれないし……)

 彼の前でなら構わないと考えている時点で、清広が金沢つぐみの人生に欠かせない存在になっているのは誰が考えても明らかだ。

 つぐみはドキドキと高鳴る胸を抑え、潤んだ瞳で彼を見上げ――。

「あ……」
「冗談だ」

 返答をしようとしたところ、不発に終わった。
 清広が不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと腰へ回していた腕を離してしまったからだ。

 (ドキドキして、損した……!)

 この先を期待していたことを清広に知られたくなかったつぐみは、逃げるように彼の腕から抜け出る。
 普段であればこちらを離さないようにきつく抱きしめる清広も、今回ばかりは空気を読んだらしい。
 つぐみの胸元から広春を預かり、息子へ問いかける。

「広春。たまにはパパと、一緒に入るか」
「うん! ママ! 行ってきまーす!」

 こうして親子は入浴のため、風呂場へ向かってしまった。
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