私の痛みを知るあなたになら、全てを捧げても構わない

桜城恋詠

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高校三年 お家騒動

小競り合いを終えて

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(ここで私に話を振ってくるんだ……)

 冗談じゃない。
 海歌は繋いだ手から逃れようと身を引くが、山王丸が折れてしまいそうなほど強く握っている為指を離せなかった。

(虐げたつもりはないけれど、見てみぬふりをし続けている……)

 見知らぬ令嬢の視線と、海歌の名字を耳にして顔を上げた葛本の視線が混ざり合う。
 令嬢は一度くらい虐げたことがあるに決まっていると海歌を睨みつけてくるが、葛本の視線は今にも泣き出しそうなほどに揺れている。

(葛本は私に、なんて言ってほしいのだろう……)

 海歌は葛本の縋るような目線から逃れるように、隣に佇む山王丸を見上げた。
 微笑む彼は、海歌の決断を後押ししているようにも見える。

(いつから?)

 海歌が一族の集まりで一切葛本と関係を持っていなかったことを目敏く確認していた人物がいるとは思えず、嘘でもいいから葛本を虐げるふりをしておけばよかったと後悔する。

 虐げられている彼に手を差し伸べることなく、見てみぬふりをしてきたツケを精算する時が来たのかもしれない。

 出る杭は、打たれる。

 一人だけ周りと違うことをしていれば、いい意味でも悪い意味でも目立つ。
 海歌はそれに自分で気づくべきだったのだ。

 この場で咄嗟にやりましたと宣言したところで、葛本を救いたい山王丸に嘘を暴かれてしまう。

(ここは、黙秘を貫くべきだ)

 海歌は覚悟を決めると、だんまりを決め込む。
 山王丸は彼女の態度に肩を落としてため息をこぼした。

「まあいいや。どっちにしろ、立場が悪くなるのは避けられない。賢明な判断だと思うよ。俺は好きだなあ。若草さんのそう言う所」
「山王丸様」
「様づけなんていらないよ」
「そ、れは……」
「俺達は対等なんだから。さ、いつまでも土の上で正座なんてしてないで、行こう」

 山王丸に凄まれた海歌がたじろいでいる間に、彼は土の上で膝をつく葛本に右手を差し伸べ引き上げる。
 このまま葛本を連れて行かれたら、ストレスを発散する道具がいなくなると慌てたのだろう。
 海歌と山王丸が本家の人間であることをすっかり忘れた令嬢は激昂した。

「グズを助けて、一体なんになりますの!?」
「何もならないけど、見過ごすわけには行かないよ。立場に縛られ、家に縛られ。苦痛を味わった人間がどう言う末路を歩むのか――考えたことはあるかい」
「あるわけないでしょう!?」
「君は刺されても文句は言えないようなことをしている。それをちゃんと、理解した方がいいよ。よく言うじゃないか。撃たれる覚悟があるやつだけ引き金を引けって。ああ、銃のね」
「馬鹿にしないでくださる!? 私を誰だと――」
「和光さん」

 女性の声に聞き覚えのあった海歌は、硬い表情でその声がした方向へ視線を向ける。
 そこに居たのは、無表情で子ども達を見つめる海歌の母で――。

「そして、葛本の息子。お話があるの。よろしいかしら」
「な……! ど、どうして、若草の奥様が……!」
「もちろんです。行こう」

 強く歯ぎしりをしながら二の句が紡げない令嬢は、子ども達の問題に親が口出ししてくるなど思いもしなかったのだろう。
 海歌の母は本家の娘だ。
 彼女に逆らうと言うことは、一族全員を敵に回すと同義。
 そのリスクを追ってまでも葛本を所有物扱いはできないようで、悔しそうに視線を逸した。

(よかった。これで、葛本はもう……)

 一体どのような風の吹き回しなのか。

 母親が何を考えているかなどさっぱり理解できないが、助かったことは確かだ。
 山王丸の主催する茶会で、本家の娘が葛本へ声をかけた。
 彼女が彼を目にかけていると騒ぎになれば、大っぴらに虐げられることはなくなるだろう。

 海歌は突如現れた母親に感謝しながらも、険しい表情を崩すことはない。

「お母様……」
「あなたも来なさい」
「はい……」

 海歌がまずしなければならないことは、母親に対する謝罪と感謝を告げることだ。
 だが、言葉を紡ぐ前に山王丸や葛本達と移動するように母から命じられた海歌は暗い表情で頷き口を閉ざす。

「椎名、怪我はない?」
「おう……」

 か細くはあるが、山王丸に話しかけられた葛本からはしっかりした声が返ってくる。

「行こう」

 何がなんだか状況を読み込めないまま、自分が助かったことを知った葛本、よくわからないまま母についてくるように命じられた海歌、二人と手を繋ぎ満面の笑みを浮かべる山王丸。

 四人は山王丸の本邸一室に場所を移し、一つのテーブルを囲むことになった。
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