私の痛みを知るあなたになら、全てを捧げても構わない

桜城恋詠

文字の大きさ
12 / 62
高校三年 お家騒動

彼を助けて

しおりを挟む
「素晴らしい名字ですこと。あんたに兄弟がいなくてよかった! グズでのろまな弟か兄が身内に居たなら、私だったら自害してたわ!」

 葛本に指示を出して日傘を用意させた令嬢は、それを手に取り空へ開いて掲げた後に大声で叫ぶ。
 謝罪するためすぐさま顔を上げた葛本は少女の発言に絶句したようで、拳を強く握りしめ歯を食いしばっているのが印象的だった。

「何か言ってみなさいよ!」
「……申し訳、ありません」
「本当に、近くにいるだけで不快だわ。その生意気な目。本当に憎たらしい。ゴミクズのように地面へ一生這い蹲り続けていればいいのに!」

 土下座をしている葛本に、これ以上何をしろと言うのだろう。
 海歌は彼が罵倒されている場面を遠くから見守りながら、口元を抑えて固まった。

(気持ち悪い……)

 葛本へ恐ろしい命令をする令嬢と、彼を助けようともしない自分の姿に愕然とした海歌の顔色は真っ青で、今にも倒れてしまいそうだ。
 茶会の中心から少し離れた場所で揉めているため、彼女の表情が優れないことには誰も気づかない。
 海歌が見ていることなど知りもしない令嬢は、葛本へより一層過激な命令をした。

「この私が地面に這いつくばれと言ったのよ。本当にグズなんだから。私に許しを請いなさい。そうしたら、今日のところは許して差し上げるわ」


 土下座はただ土の上に座り、頭を下げるだけだ。
 海歌は屈辱的な行為であるとは思っていなかったが、どう感じるかには個人差がある。

 憎しみの籠もった瞳で令嬢の顔をじっと見つめていた葛本はさり気なく目線だけを動かし、自分の様子を見守る海歌を視界に捉えて目を見開いた。

「どこを見ているの!?」

 どこかの令嬢が金切り声を上げ、背中を草履で思いっきり蹴り飛ばす。

 憎しみの込められていた瞳から、海歌を視界に捉えた瞬間に毒気が抜けたことに気づいたのだろう。

 令嬢の履いている靴がハイヒールではないことが幸いし、大きなダメージにはなっていないようだが、呻き声が聞こえていると言うことはそれなりにダメージが蓄積されているはずだ。

「声くらい我慢しなさい!」


 葛本の様子が気に食わない令嬢は、ますますヒートアップしているようだった。
 何度も蹴りつけては、着つけが乱れることすら厭わずに彼を痛めつけ続ける。

(一体何の権限があって、彼女は葛本に暴力を振るうのだろう……)

 誰にも文句を言われることなく葛本を痛めつけられるのは、本来であれば本家筋の人間だけだ。
 だが、海歌と山王丸は待てど暮らせど手を出す様子はない。
 不要な正義感を振りかざし、勝手に本家筋の意志を代弁しているのであれば見てみぬふりなどできるはずがなかった。

(葛本を助けたら、母様がうるさい)

 だが、海歌にも葛本を助けられない事情がある。
 彼を助ければ、家庭内での環境がさらに悪化する可能性があった。

(私には無理でも。山王丸なら……)

 面と向かって彼を助けることはできないが、山王丸に救援要請をするくらいならば許されるだろう。
 そう考えた海歌は助けを求めるような彼の視線から目を背け、山王丸を呼びに行くため来た道を戻ろうとして――。

「――若草さん!」

 海歌が歩みを進めようとしていた道から、息を切らしてやってきた山王丸の姿を目にした。

 彼は取り巻きを押しやりながら海歌の元へやってきたかと思えば、彼女の手を取って前に進む。

「行こう!」

 山王丸はこの茶会の主催者だ。
 ここで嫌がった所で、彼の意志には誰も逆らえない。
 どちらにしろ山王丸の隣を歩くことになるのであれば、黙って従った方がいい。
 無許可で無理やり手を掴まれたのには文句の一つも言いたかったが、握り返さないことで拒絶の意思を伝えることにした。

 山王丸に助けを求める手間が省けたのは悪くないが、海歌を巻き添えにして堂々と止めに入るつもりなのは頂けない。

(私を巻き込んで、どうするつもりなのだろう)

 海歌は山王丸に助けを求めるつもりではあったが、直接葛本の前へ顔を出すつもりはなかったからだ。

(一人で行けばいいのに)

 海歌が心の中で悪態をついていることなど知りもせず。
 山王丸は土の上で土下座をする葛本の元へ向かうと、笑顔で話しかけた。

「ああ、居た居た。これから、特別室で茶会を開くんだ。君にお茶を入れて欲しくてね」
「な、山王丸様ともあろうお方が、我が一族の汚点を前にして跪くなど、あってはならないことですわ!」

 葛本と視線を合わせる為に、山王丸は服が汚れることも厭わずその場へしゃがみ込む。
 本家筋の人間が立場の弱い分家の末端に対して、手を差し伸べるなどあり得ないと見知らぬ令嬢は大騒ぎしている。
 海歌はその様子を生気のない瞳で見守っていた。

「どうして? 彼は末席といえども、血縁者だよ。人間扱いされない彼に敬意を評して、悪いことがあるのかい」
「悪いに決まっています! 穢らわしい男を罰するのは、当然のことです。皆やっているのですから、私だけがこうして咎められる意味がわかりませんわ!」
「皆がやってるんだから私は大丈夫。その思考は、あまり褒められたものではないね。彼が然るべき所に訴えれば、それなりの罰が下るはずだけど……」

 山王丸は笑顔を浮かべたまま吐き捨てる。その瞳は笑っていなかった。
 海歌は山王丸に手を握られたまま、真横で葛本の様子をぼんやりと心配そうに見守ることしかできない。

「訴えた所で! 誰もグズの言葉など信じませんわ。これは、どんな理不尽にも耐え忍ぶ為の修行なんですの。この程度の行いで壊れる男など、死んでしまえばいいのです」
「それが本家の意志だと?」
「当然です! 誰もがそう思っているに決まっています!」
「……だ、そうだけど。若草さんは、椎名しいなを虐げたことはないよね」

 当時者の葛本は、蚊帳の外。
 いないものとして扱われていたはずの海歌は山王丸の発言により、無理やり舞台へ引き摺り出されてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

先輩から恋人のふりをして欲しいと頼まれた件 ~明らかにふりではないけど毎日が最高に楽しい~

桜井正宗
青春
“恋人のふり”をして欲しい。 高校二年の愁(しゅう)は、先輩の『柚』からそう頼まれた。 見知らずの後輩である自分になぜと思った。 でも、ふりならいいかと快諾する。 すると、明らかに恋人のような毎日が始まっていった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...