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高校三年 三月三日
お前とは死ねない
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「やぁ、椎名」
十四時二十分、山王丸邸の中庭で。
葛本椎名は、山王丸和光に声をかけられた。
「ミツ」
「若草さんはいないよ。涼風楓が、逃がしてしまったから」
「知ってる。俺はお前と、話をする為に来たんだ」
和光が海歌を追いかけることなく、山王丸邸に留まったのは理由がある。
その理由を知る人間は、涼風を除けば椎名だけだ。
(ミツを止められるのは、俺しかいねぇ)
葛本は勇気を振り絞り、腹を括って和光と対峙した。
「ミツ。お前……死ぬつもりなんだってな」
「うん」
「なんで……!」
「若草さんが、俺を選んでくれないからに決まっているじゃないか。初めから、もう一度やり直すんだ。俺を選んでくれるように。今度こそ」
和光は眉唾話を信じると決めたようだ。
噂を信じ、自ら命を断つ危険性が高いのは海歌だと考えていた椎名は、和光の決断に驚きを隠せなかった。
「やり直したって、海歌はミツを好きにはならねぇ」
「どうして椎名が断言するの?」
「ミツ。お前だって、わかってんだろ。なんでお前が、嫌われてんのか。死ぬ前に、まずは考え方を変えろよ。そしたら、海歌は……」
「この世界じゃ、駄目なんだ。俺は取り返しのつかない罪を犯してしまったから」
椎名はどうにか十五時三十三分に彼が死に至らないよう、説得を試みる。
「今ならまだ、戻れるだろ!? 実行なんかしなきゃいい!」
「真実を知ったら、若草さんと同じように。椎名も俺を嫌いになるよ」
「何言ってんだよ!? ミツは俺の親友で、兄ちゃんだろ!?」
椎名は嫌いになどなるわけはないと叫ぶが、和光の心には響かなかった。
使い捨てライターの火を、つけては消してを繰り返す和光は、軽い口調で自らの罪を告白する。
「俺は人を、殺したことがあるんだ」
「何、言ってんだよ……」
「俺は若草さんのことが好きだから。椎名と同じくらいかわいそうだと思われたくて打ち明けたら、嫌われてしまったんだ。言わなきゃよかったな。今でも後悔してるよ。あの女の背中を押したことは、後悔してないけど」
「な……。あの女って、誰だよ」
「涼風桃香。楓さんの妹だ」
涼風桃香を殺害したと耳にした椎名は、驚きで目を見開く。
信じられなかった。
あり得ないと断言できる。
なぜなら桃香は、ある儀式の最中に自ら命を断ったからだ。
「なんで」
「試してみたかったんだ。君が命を投げ出すことで楓さんを喜ばせようと伝えたら、彼女は自ら身を投げた」
「なんでそんなことしたんだよ!?」
「死にたがっている人間の背中を押すのは、そんなに悪いこと?」
涼風桃香が生きていたら。
涼風楓は狂気に染まることなく、誰にも迷惑をかけることなく穏やかに暮らしていただろう。
「馬鹿野郎……!」
「同時多発テロを引き起こすか、自ら命を断つことでもう一度人生をやり直せるのなら……。俺は喜んで人を殺すよ。ねぇ椎名。俺と一緒に、死んでくれる?」
「断る。俺は海歌と、生きるって決めた! ミツと心中はしねぇ!」
海歌が椎名の地獄に姿を見せなければ――和光の手を取り、無理心中を了承する選択肢があったかもしれない。
だが……。
海歌と思いを通じ合わせた椎名には、死ぬ理由がなかった。
たとえ死が、和光を救う唯一の方法だとしても。椎名は了承するわけには行かなかったのだ。
「じゃあ、いいよ。一人で死ぬから」
「やめろ!」
和光は勢いよく足元に置かれた水を頭から被る。
椎名は匂いで、それがガソリンだと知った。和光の手には、ライターが握られている。点火しようものなら、和光はあっと言う間に火だるまだ。
「俺が欲しい物を手にした椎名に、俺を止められるわけがないだろ」
「うるせー! こんなことして、何になるんだよ!? 全部思い通りになんて、なるわけがねぇ! 挫折して、苦しんで! 人間は成長してくんだよ!」
椎名は和光を怒鳴りつけながら、ライターを奪おうと揉み合いになった。それを取られたら死ねないと、和光も必死に抵抗している。
二人は周りの迷惑など顧みず言い争う。
十四時二十分、山王丸邸の中庭で。
葛本椎名は、山王丸和光に声をかけられた。
「ミツ」
「若草さんはいないよ。涼風楓が、逃がしてしまったから」
「知ってる。俺はお前と、話をする為に来たんだ」
和光が海歌を追いかけることなく、山王丸邸に留まったのは理由がある。
その理由を知る人間は、涼風を除けば椎名だけだ。
(ミツを止められるのは、俺しかいねぇ)
葛本は勇気を振り絞り、腹を括って和光と対峙した。
「ミツ。お前……死ぬつもりなんだってな」
「うん」
「なんで……!」
「若草さんが、俺を選んでくれないからに決まっているじゃないか。初めから、もう一度やり直すんだ。俺を選んでくれるように。今度こそ」
和光は眉唾話を信じると決めたようだ。
噂を信じ、自ら命を断つ危険性が高いのは海歌だと考えていた椎名は、和光の決断に驚きを隠せなかった。
「やり直したって、海歌はミツを好きにはならねぇ」
「どうして椎名が断言するの?」
「ミツ。お前だって、わかってんだろ。なんでお前が、嫌われてんのか。死ぬ前に、まずは考え方を変えろよ。そしたら、海歌は……」
「この世界じゃ、駄目なんだ。俺は取り返しのつかない罪を犯してしまったから」
椎名はどうにか十五時三十三分に彼が死に至らないよう、説得を試みる。
「今ならまだ、戻れるだろ!? 実行なんかしなきゃいい!」
「真実を知ったら、若草さんと同じように。椎名も俺を嫌いになるよ」
「何言ってんだよ!? ミツは俺の親友で、兄ちゃんだろ!?」
椎名は嫌いになどなるわけはないと叫ぶが、和光の心には響かなかった。
使い捨てライターの火を、つけては消してを繰り返す和光は、軽い口調で自らの罪を告白する。
「俺は人を、殺したことがあるんだ」
「何、言ってんだよ……」
「俺は若草さんのことが好きだから。椎名と同じくらいかわいそうだと思われたくて打ち明けたら、嫌われてしまったんだ。言わなきゃよかったな。今でも後悔してるよ。あの女の背中を押したことは、後悔してないけど」
「な……。あの女って、誰だよ」
「涼風桃香。楓さんの妹だ」
涼風桃香を殺害したと耳にした椎名は、驚きで目を見開く。
信じられなかった。
あり得ないと断言できる。
なぜなら桃香は、ある儀式の最中に自ら命を断ったからだ。
「なんで」
「試してみたかったんだ。君が命を投げ出すことで楓さんを喜ばせようと伝えたら、彼女は自ら身を投げた」
「なんでそんなことしたんだよ!?」
「死にたがっている人間の背中を押すのは、そんなに悪いこと?」
涼風桃香が生きていたら。
涼風楓は狂気に染まることなく、誰にも迷惑をかけることなく穏やかに暮らしていただろう。
「馬鹿野郎……!」
「同時多発テロを引き起こすか、自ら命を断つことでもう一度人生をやり直せるのなら……。俺は喜んで人を殺すよ。ねぇ椎名。俺と一緒に、死んでくれる?」
「断る。俺は海歌と、生きるって決めた! ミツと心中はしねぇ!」
海歌が椎名の地獄に姿を見せなければ――和光の手を取り、無理心中を了承する選択肢があったかもしれない。
だが……。
海歌と思いを通じ合わせた椎名には、死ぬ理由がなかった。
たとえ死が、和光を救う唯一の方法だとしても。椎名は了承するわけには行かなかったのだ。
「じゃあ、いいよ。一人で死ぬから」
「やめろ!」
和光は勢いよく足元に置かれた水を頭から被る。
椎名は匂いで、それがガソリンだと知った。和光の手には、ライターが握られている。点火しようものなら、和光はあっと言う間に火だるまだ。
「俺が欲しい物を手にした椎名に、俺を止められるわけがないだろ」
「うるせー! こんなことして、何になるんだよ!? 全部思い通りになんて、なるわけがねぇ! 挫折して、苦しんで! 人間は成長してくんだよ!」
椎名は和光を怒鳴りつけながら、ライターを奪おうと揉み合いになった。それを取られたら死ねないと、和光も必死に抵抗している。
二人は周りの迷惑など顧みず言い争う。
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