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第5章『悪魔の王様を探す事にした』

地下工房とエバァゲリュオン

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 トートへ出立は明日。
 こんなに時間がかかってしまうのは一国の貴族が他国へ行くのにディオニスやその他の上流階級の奴らのために面倒な手続きがあるらしく、その申請が受諾されるまでは行ってはダメだとカイトに口を酸っぱくして言われたからだ。

 特に準備もする必要が無いユートはカツンカツンと地下への階段を下って地下にあるドーラ専用の工房へと向かう。
 工房へ向かう道すがらでもドーラの試行錯誤の努力の結晶が散らばり、人によってはガラクタにも見える。

 だがしかし、その一つ一つの元の素材にはオリハルコンやアダマンタイト、ミスリル等の純度百パーセントの採れたて新鮮な鉱物ばかりだと聞けばガラクタではなく宝物の数々だ。

 ユートが地下工房を増設する際に地下を掘り進めるにつれて前記した鉱物が溢れんばかりに出てくるのだ。
 そのため、ユートとドーラの合作で炭鉱掘りのゴーレムを製造して二十四時間体制で鉱物を掘り進めている。

 地下工房の主であるドーラのやっていることは常に単調のように見え、普通の人々が見ていると何が楽しいのか分からない作業が多い。
 そんなドーラの背後スレスレに立ったとしてもドーラはまったく気が付かない。

 いつもならここでドーラの脇をくすぐるなり、脇を持ち上げて高い高いなんて事をするのがユートなのだがくすぐりならまだしも女性になってしまっているユートが持ち上げるのは容易な事では無くなってしまっている。
 それ以外に、ドーラが現在行っているのはまた新たな製図の作成。線の一本一本が完璧な直線と角度を図にしなければならない作業中にイタズラする程ユートはバカではない。

 節度を守って楽しくセクハラ&イタズラだ、こういう時ユートは乱雑している雑多の中から完全に機能しないもの、又は機能しても精々煩わしい騒音を鳴らす程度のものを〈鑑定眼〉のスキルで見つけてそこに腰掛ける。

 以前に〈鑑定眼〉での確認を怠ってミニブラックホールが地下工房内で発生した時は大惨事になったのが記憶に新しい。
 そんな事を考えていると製図作成にくぎりが付いたのか大小形状様々な定規軍とドーラの血豆が潰れて変色した羽根ペンを台の上に刺して伸びをする。

「よぉ、一段落ついたのか?」
「へ?ユート様じゃないっすか、来た時には声をかけても構わないって前に言ったすよね?まぁ、どちらかと言えばそうやって待ってもらえるのがドーラ的には助かるっすけど」

 ぐぐぐっと硬直した体の筋肉をほぐそうと伸ばしているところで発見したドーラはゆっくりと姿勢を戻しながらユートの方へ向き直す。

「それで?こんなところに何の用事っすか?頼まれている〈矛〉はまだ試作段階っすよ」
「いや、どの道今造ってもらってもこの身体じゃ扱えないから後回しで構わないんだが…二三日留守にするって話をしに来ただけだ」

「……はぁ、またドーラはお留守番なんっすね、シクシクシク~と泣き真似はそこまでにしてと…分かったっすよ、ユート様の第三夫人であるドーラは我が家でユート様の帰りを待つっすよ」
「あぁ、頼りにしてるぜ…ところで、お前本気で作る気か?

 呆れ声を出しながらユートは乱雑して足の踏み場もないような地下工房内で唯一整頓されてスポットライトによって点灯されているスペース。本棚を指さしながらドーラに問う。
 その本棚にはユートの元いた世界において知る人ぞ知る名作の数々が並べられ、『ドラ○もん』や『ちび○る子ちゃん』等の子供向け作品から、『ひぐ○しのな○頃に』の鬼殺し篇~祟殺し編まで等の多彩なジャンルまでも揃っている。

 これらの著作物は当然この世界には存在すら認知されていない代物なのだが、〈投影トレース〉の魔法で一から下書き~ペン入れ等の全ての工程を行ってこの世界に輸入したのだ。
 著作権は異世界なので発生する訳もないために際限なく〈投影トレース〉で元の世界の有名作品を書けば良いのだろうが、単純にユートが読んだことのある作品でなければできない。

 全ての本は大切に保管されて傷もほとんどないのだが、唯一ボロボロになり付箋がびっしりと貼られている漫画シリーズがある。
 それは『エバァンゲリュオン』元々この本棚は子供部屋に置いてあったのだが、ドーラがたまたま子供部屋に立ち寄ってこの本を開いた瞬間に脳の奥底からビビビっとアイデアが湧き水のように来るのだそうだ。

 結果、この本だけではなく漫画全てを読みたいと本棚を地下工房に持ってきてしまったのだ。まだアイトとユラは文字を読めないために本を置いてあっても読まなかったのが幸いした。

「そうだ!見てくださいっすよ!」

 そう高めのテンションと晴れやかな気分が入り交じった声質でガサゴソと作業机からリモコンを取り出してスイッチを押す。
 すると地下工房の壁がゴゴゴと左右に動き始めて隠し部屋が出現する。

 その向こうに見えるのは装甲が何も着いていない骨組みだけで上半身のエバァそのものであった。

「おー、すげえな」
「はいっす!全長40mになる予定っすよ…流石に40~200という曖昧な設定を再現するのは限界があったっすよ…」

「いやいや、俺からしたらすげぇよマジですげぇ」

 ユートがそう言うとドーラはふと寂しげで哀しそうな顔をした後にユートに向き直して一つのお願いをする。

「実は、折り入ってユート様にお願いがあるっす……このエバァが完成したら一度ドーラは故郷に帰るっす…」
「え?」

 突然のお願いにユートは一瞬だけ困惑する、〈ドーラの故郷〉、アルカやイリーナなどのドーラ以外の故郷には一度は足を踏み入れたものの、今を思うとドーラの故郷に行ったことは一度もなかった。
 そもそも、ユートが初めてドーラに出会った際に驚いていたのはドワーフが住んでいる所が誰にも判明しておらずドワーフ族しかその場所を知っているものはいないのだ。

「……あぁ、うん、そうだな、物凄く遅いが結婚の報告もしないといけないからな」
「そうっすね、報告をしないといけないっすからね」

 そういった後にドーラはユートの背中を押していって地下工房から力強くで追い返す。

「え?あ、おい、どうしたんだよ」
「それじゃぁドーラは制作で忙しいっすから、ユート様もユート様で頑張ってくださいっす!あ、それから頼まれていた武器はユート様が帰ってくるまでには完成させておくっす」

 バタンと地下へ続く階段の扉を閉められてユートは何がなんだが分からないまま、ドーラも忙しいのだろうと結論づけてユートはリンカを弄りにいくのであった。
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