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牢番
しおりを挟む「飯だ」
そう言って粗末な盆に載せた食事を運んで来たのは、牢番だろうか。気の抜けたような優しい顔の男は、首から下げた紐の先に鍵をぶら下げている。
盆を差し入れると、すぐさま鍵を閉められた。何か途方も無く悪い事をしたような気になり、美琴は唇を噛んだ。
光秀と恒興の三人で状況を整理した後、美琴は牢へ戻されたのだ。
恒興から「今後の処遇については信長様がお決めになる」とだけ聞かされているが、今のところ音沙汰はない。
なんとかなるだろうという甘い考えは、戦国の世では通用しないのかもしれない。
手をつけようとしない美琴を、牢番が気にかける。
「おい、何か腹に入れねえと、身体に触るぞ?」
心配してくれるなら今すぐここから出してくれたらいいのにと思うが、そんな事をすれば牢番が大変なことになるだろう。
美琴は黙って膝を抱えた。
牢に入れられてはいるものの、手も足も縛られてはおらず、自由に動かせる。
という事は、ここから逃げ出す事もできるかもしれない。だが、逃げ出したところで異国の地以上に厳しそうな戦国時代で、どうする事も出来ないのが関の山だ。
美琴の考えを見抜いたのか、牢番が外を向いたまま話し出した。
「山の中は、熊が出るかもしれねえしなあ。野盗が出んとも限らん。女が一人で行くにはなあ…………なあに、心配するこたあねえ。毒なんか入れてねえから、少しは食っとけ」
牢番は、独り言のようにのらりくらり言葉を紡ぐ。
(よく喋る牢番……)
そう思うと何だかおかしくなって、込み上げた笑いを必死に堪えた。
「ふふっ……くっ」
「そんなとこ入れられて笑ってるなんざ、てえした女子だあ」
励ましてくれていたのに、今度は呆れられたのだろうか。もうどっちでもいい。
美琴は牢番が入れてくれた盆に載った歪んだ椀を持ち上げ、木の匙でかき混ぜると、汁を口にした。
汁は出汁のない薄い味噌汁のようで、具が入っているわけもなく、カラカラに乾いた米のような物が少し入っていた。
「まずい……」
美琴の悪態に、牢番がすかさず口を開く。
「文句まで出てくるたあ、ますますてえした女子だ」
「だって、本当にまずいですよ?」
「おらあ、もうすぐ交代だ。おめえ、案外別嬪だあで、気いつけろ」
こんな所に閉じ込めておいて気をつけろとは、どの口が言うのか。
牢番はそのまま振り返らず行ってしまったが、案外いい人だったようだ。
次に来た牢番は、交代の挨拶を交わした後も話しかけてこなかった。そのほうが自然かもしれない。
牢の奥の冷たい石壁にもたれた美琴は、疲れからかそのうち眠り込んでしまった。
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