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下衆な男

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 冷えた夜風が牢の奥にまで吹き込み、眠る美琴の体を冷たく包む。

「なかなかの別嬪ですぜ」

 下衆な男のくすんだ目が、格子の隙間から、奥で眠る美琴を覗き込んだ。

「ほう……」

 石壁にもたれかかる美琴の白い頬や小さめの唇を見ると、にやけ顔を隠しもせず牢番に告げた。

「明晩来る。頼んだぞ」

「へえ」



***



 何やら話し声がして美琴は瞼を擦った。

 暗く湿った牢の中では発想が絶望的に暗くなると思い、早々に目を閉じたのだったが、こんな夜更けに起こされるとは。

 眠りを妨げられ苛立ったが、どうせ何を言っても取り合ってもらえない。所詮は牢に囚われた身だ。


 再び冷たい石壁に身体を預け、目を閉じた。石の冷たさが、今日は心地良い。疲れが溜まっているのか、どうも身体が重かった。

 うつらうつらしていると、ガチャガチャと鳴る鍵の音に目を開けた。手燭の灯りがこちらへ近づいて来て、牢番とは違う見知らぬ身体の大きな男の姿が浮かび上がる。

 こんな夜更けに、何の用だろうと訝しむと、大男と目が合った。卑下た笑みを浮かべる大男に、背筋が粟立つ。

「なかなかいい女じゃねえか」

(え、な、なに……?)

 何か言おうと口を開くが、怖すぎて声が出てこない。近づく男の動きを阻止しようと手足を動かしてみても、酷く重い身体は言うことを聞かない。

 あっという間に猿ぐつわを噛ませられ、美琴の両手は背中で縛り上げられてしまった。

(こ、怖い……)

 鉛のように重たい身体を全力で動かしてみるが、やはりなんの抵抗にもならない。


「大人しくしていろよ?」

(嘘でしょ? 嫌だ!)

 声を出そうともがくが体が怠く、力も入らない。

 猿ぐつわのせいでくぐもった声が口の中に響くだけだ。

 このままこの男に酷いことをされるのかとの思いにきつく目を閉じた時、聞き覚えのある冷徹な声が聞こえた。

「そこを退け!」

「お、お許しをっ」


 牢番の情けない声が響き、大男の向こうに殺気立った光秀が現れた。


「邪魔するぞ。俺も仲間に入れてもらおうか」

 物騒な言葉にぎょっとする美琴の目の前で、光秀は大男との距離を詰める。背後から睨みつける光秀の鋭利な双眸に、背筋が凍りそうだ。

「ああ?」

 目論みを邪魔された男は、光秀を振り返った。
 だが、遅い。
 振り向きざまに打ち込まれた光秀の拳を食らい、呆気なく倒れた。


 どうやら窮地は脱したようだが、突然の出来事に美琴は目を白黒させる。

 猿ぐつわを外され、詰められていた呼吸が解放されたが、想像し得なかった恐怖に支配されたまま、声を発することもできない。


「大事ないか?」


 光秀の鋭利な視線が美琴を射抜く。

 問われて初めて、身に迫っていた危機の恐ろしさが現実味を帯びてきて、美琴の瞳はあっという間に潤んだ。

 頭がぼうっとして、何か言いたいのに言葉が出てこない。頰も身体も熱く、力が入らない。

 触れてくる光秀の冷たい手が、熱を持った頰に心地よかった。

「熱病か……」

 美琴は光秀の腕の中で、意識を手放した。
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