光秀の甘やかな策略〜堕ちたのは戦国武将の腕の中

今雪みく

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光秀の日常

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「あ、待ってください!」

 未だ履き慣れない草履に急いで足を入れ、光秀の後を追う。けれども彼の人は、美琴を気遣うでもなく先を行ってしまった。

(待って、って言ってるのに!)

 こんな時、恒興なら急かすことも置いて行くこともなく穏やかに見守ってくれるだろうに。
 大体、光秀には出会ったときから優しさというものを感じない。いつでも冷静沈着、無表情で感情が読み取れない。

 閉ざしている、というのとは少し違うけれど、踏み込ませないための溝があるような——。
 
 やっと追いついた自分より大きな背中を見つめても、彼が何を考えているのかは謎だ。
 安土城の本丸を目指し歩く美琴は、光秀の背を見失わないよう彼を追いかけた。




 上がった息を整えつつ、美琴は本丸御殿の広間に座している。
 隣に腰を下ろした光秀は、山道を歩いてきたというのに呼吸もしていないかのように静かだ。忍者のような特別な修行でもしているのだろうか。はたまた戦国武将というのは、現代人からは想像もできないほどの体力があるのか。

 やっと美琴の呼吸が落ち着いた頃、待ち人は現れた。

 光秀に倣って一礼し顔を上げると、久しぶりに見る信長の姿があり、美琴の気持ちは否応無しに高ぶる。信長は憧れの存在だ。
 にやけそうになるが、何とか堪えた。

 先日会ったとき同様、信長は着流しの襟元を豪快にくつろげ、逞しい胸元を覗かせている。
 きっちりと着付けた着物に袴を纏った光秀とはあまりに対照的だが、信長の放つ独特の雰囲気からか、彼らしいと納得させる説得力があるのが不思議だった。

「御一読頂きたく、書状を持って参りました」

 光秀の目配せで、美琴は木箱に入れた書状を信長に差し出した。

 鋭い目つきを滑らせるように書状を読んでいく信長は、見ているだけでこちらまで緊張するほど集中していて、次々と傍に書状の山を作っていく。

 全てを読み終えると「問題ない。お前に任せる」と言い、信長は美琴を近くに呼びつけた。

 書状を片付けろと言われるのだと思った美琴は、信長の傍へ歩み寄り、山となった書状に手を伸ばす。
 刹那、信長に手首を掴まれ態勢を崩した。

 素早く山積みの書状に目を遣ると、それらは無事のようでほっと安堵の息を吐く。光秀が時間をかけて書いた書状を粗末に扱うのは、いくら彼が警戒対象だとしても嫌だった。

 もちろん、美琴も時間をかけて手伝ったからこその感情で、他意はない。

「美琴……」

 信長に名を呼ばれ顔を上げると、思いの外近くから妖艶に見つめる瞳があり、心臓が跳ねる。

「は、はい」

「俺の女になる準備はできたか」

 甘い微笑みを投げかける信長に、美琴はたじろぐ。

「そ、それは、まだ……」

 あはは、と乾いた愛想笑いを浮かべながら、そんな話がされたことを思い出した。

 
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