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信長のお気にり

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 信長の気に入りとなれば、天守にも入れ憧れの人の近くにもいられる事となる。だが、おいそれと応じられないのはどうしてか。
 天下人のものとなる覚悟は、簡単にはできないようだ。

「光秀、早く書状をまとめろ」

 冷たく言い放つ信長に、光秀は無言で頷き従う。

 その姿を盗み見た美琴の胸がズキンと痛んだ。
 自分の仕事を光秀にさせてしまう罪悪感から胸が痛むのだと思い、慌てて声を発する。

「光秀様、私が」

「お前は俺を見ていろ」

 言葉を遮った信長に強く腕を引かれ、美琴は引き摺られるような格好になる。投げ出された美琴の身体は、信長によって軽々と膝の上に座らされてしまった。

「えっ、信長様っ」

「仕事は終わりだ。俺はお前について知りたい。もっと深くまでな」

 信長の意味深長な言い方と、膝に乗せられてしまった恥ずかしさとが美琴から言葉を奪い、暫し無言で見つめ合う形になってしまった。
 熱を孕んだ信長の瞳に射竦められると、美琴の頬は熱くなり身体が縮こまる。

(どうしよう!)

 手早く書状を纏めた光秀が、いつになく穏やかな口調で信長に申し入れる。

「上様、閨の相手をさせるにはまだ仕込みが不十分。そのようなおぼこでは話になりませぬ故、この場はなにとぞお許しを」

 上様、と光秀が呼ぶのは常からではない。信長のプライドを傷つけず容赦をしてもらうための小さなはかりごとだ。

 たまに落とされる癇癪玉が爆ぜる時でなければ、信長は「上様」と呼ばれて気を悪くする事などあり得ない。
 柔和な物言いに隠された光秀の心情は、本人のみぞ知るところである。

(仕込みって、何!?)

 良からぬ事が起きそうな不安に襲われる美琴をよそに、二人は勝手に話を続けている。

「良いだろう。熟れた実にかじりつく日が楽しみだ」

 艶のある囁きが、美琴の鼓膜を震わせる。

 腕の力が緩められたのをはずみに慌てて信長の膝から降りた美琴は、光秀の隣で小さくなった。恥ずかしくて、早くここから立ち去りたい。
 もう一度頭を下げると、信長の気が変わらぬうちに急いで座敷を飛び出した。

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