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激昂

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「やめて! ひゃっ!」

「美琴っ!」

 信長の刃を受けた美琴の着物の袖が破れ、晒された肌に赤い線が浮かび上がる。

 草の上に倒れこんだ美琴を見つめる光秀の瞳が、怒りに燃えた。


「……信長ぁああっ!」


 激昂した光秀に、信長はニヤリと笑んで見せる。

「ようやく本気になったか」


 わけがわからず光秀を見上げれば、そこには、見たこともない恐ろしい形相の彼が、信長を睨みつけていた。

(ようやく、って……?)

 美琴の目には、光秀は最初から本気で戦っているように見えた。けれどもそれは、信長にしてみれば、馬鹿げたごっこ遊びにしか過ぎなかったと言うのか。

 信長に斬られた場所が、燃えるように熱い。
 美琴はきつく、腕を押えた。 

「俺が勝てば、天下も女も全て俺のものだと言ったのを、忘れてくれるなよ」

 いつも冷静沈着な光秀から発せられるとは思えない尊大な言葉に、美琴は動転する。これほどまでに激しい感情が光秀の内にあった事に、驚きを隠せなかった。



 これ以上刀を交えて欲しくはなかったけれど、自分にはどうすることも出来ないのだとの無力感が、美琴の身体を鉛のように重たくさせる。

「もう、やめ――」

 二人を止めようと発した美琴の声は、あまりにも弱々しく夜闇に飲み込まれた。

「情に流された者に打ち負かされるほど、うつけ者ではないわ!」

 どこか楽しそうな信長は、何を考えているのだろう。
 このまま、どちらかが倒れるまでつき進むしかないのだろうか。
 二人は美琴から離れるようにして、再び刀をぶつかり合わせる。

 斬られた場所がじんじんと痺れる。
 傷はそれほど深くはなさそうだが、美琴を苦しませる罰のように、容赦無く熱を持ち脈打つ。

 その間にも金属音が絶え間なく響いて、睨み合う二人の息遣いも荒くなっていく。


「もっと腹を晒せぃ!」

「俺には俺の、やり方が、ある!」

 信長と光秀は、互いに怒鳴りながら刀を振るっている。

「お前のその、自信にっ、虫唾が走るわっ!」

「黙れうつけ! 己を信じられぬお前に、天下などっ!」


 キンッ——。

 冴えた金属音と共に、弾かれた刀が宙を舞う。
 どちらの物かは、切っ先を突き付ける姿から明確だった。




 鈍い音と共に草地に落ちたのは、信長の刀だった。

 主君と仰いでいたはずの信長の喉元に、光秀は震えることなく刃先を向けている。
 ひと突きすれば、喉笛が血飛沫を撒き散らす。
 だが、切先は信長を捉えたまま動く気配がない。


「斬れ……遠慮はいらん」

 覚悟を決めたのか、信長は抵抗する様子もなくただ立ち尽くすのみだ。

 二人の迫力に押され、美琴は固唾を飲んで見守っていた。


「天下も女も、全て俺のもの、だったな」

 冷ややかな光秀の声は、夜空に溶け込む事はない。

「無論、武士に二言はない。全てお前のものだ」

 光秀の言葉に、信長は悔しがる様子も見せない。
 それどころか、どこかやり遂げた感のある清々しさすら纏っているようにも見える。

「光秀なら天下を取れる」と言った信長の言葉が、美琴の脳裏に蘇った。

 このまま光秀は、信長を手に掛けてしまうのだろうか。そうさせたくはないものの、男同士の命を賭けたやり取りに、美琴が入り込む余地などなかった。
「ならば」と、光秀は静かに口を開く。

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