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熱の痕

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 昨夜の熱が冷めやらない夜明け前。目を覚ました美琴は、傍らで眠る光秀の顔を見つめていた。
 横から見てもすっと通った鼻筋に、薄くて形の綺麗な唇。
 
 この唇で、昨夜は散々啼かされた。

 口付けられたところ全てが熱く痺れ、驚くほど甘えた声を出してしまったのを思い出し、美琴は身を捩って光秀に背を向ける。

 けれども寝返りを打った光秀に背中から抱き込まれてしまい、そのまま動けなくなる。
 身体にはまだ、光秀の刻んだ熱が残っている。耳元に光秀の吐息がかかると、その熱はすぐに燻り出した。
 
 人の気も知らないで、と美琴は眠っているであろう光秀に、小さないたずらを思いつく。

 胸の前に回されていた光秀の手をそっと握り、骨張った指先に柔らかな唇を押し当てた。

 この指に触れられると、どこもかしこも光秀のものであったかのように、翻弄されてしまう。自分では制御できない何かを炙り出されていくのが怖くもあるのは、圧倒的な経験不足からだろう。

 握っていた光秀の指がピクリと動いた。
 起こしてしまった、と申し訳ない気持ちが生まれるのと、光秀の指が美琴の口の中に滑り込んできたのとはほぼ同時だった。

 頰の内側をゆるゆると撫でられる。

「あっ、んふ」

 昨夜の熱を覚えている美琴の身体がすぐに官能を享受しようとするのは、光秀からの甘やかな手ほどきのせいだろう。

 昨夜散々啼かされた光秀の唇に髪を掻き分けられ、晒された耳に低く嘲るような囁きが寄せられた。

「悪い女だ。男を嗾すとは」

 耳元で詰られ、口の中の指に口蓋を撫でられると、美琴の口から夜明け前には似合わない声が漏れ出る。
 覆い被さってきた光秀に耳朶を舌でなぞられ音を立てて吸われると、堪えきれない淫らな声がでた。

「ぃやあっ」

「嘘、だな」

「でもっ、ぁあっ、だめっ」

 口蓋を撫でていた指先が舌の上に降りてくる。美琴は縋るように唇を閉じて吸い付き、光秀の指に舌を絡める。
 耳から吹き込まれる光秀の舌の濡れた音に、美琴は息を荒くした。

「んふっ、んっ! んぁああ、だめ、聞かれちゃう!」

 美琴の乱れた声音に、光秀は悪戯を止める。

「戯れが過ぎたな」

 悪気のない顔でにこりと微笑まれ、ドクンと心臓が跳ねた。
 こんな風に笑う光秀の顔を見たのは初めてで、これがもしわざとならどんなに罪な男を好きになってしまったのだろうと思う。

 燻って煽られた熱が、もっと欲しい、と美琴の身体を疼かせる。

「もう……ずるい」

「お前が惚れた男だろう?」

「うっ、そうですけど……」

「信長様のファン、だったか」

「それは!」

 今それを言うのか、と見やった光秀はニヤリと怪しい笑みを湛えている。

「ファン、て言うのは、惚れたのとは違いますから。自分にはこの人しかいない! って言うのが、惚れた、ですよ?」

 光秀の眉間に、また皺が寄せられる。

「あ、照れてる。ふふっ」

 居心地が悪いのか、どさりと仰向けに寝転んだ光秀の顔を、美琴は上から覗き込む。

「私が惚れたのは、光秀様ですから。ずっと、離さないでくださいね。ふふっ」

「籠絡どころか、陥落だな」

 美琴の耳を、光秀の笑い声がくすぐった。
 朝の日差しの中での甘いひと時が、二人の思いを溶け合わせる。

 振りほどかれようとも、この人について行こう。光秀の大望が叶えられるのを、彼が天下を安寧に導いていくのを、彼のそばで見守ろう。
 美琴はそう、決めた。

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