魔女と呼ばれた花売りは、小さな町でひっそりと暮らしたいだけでした

紅茶ガイデン

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メサイム編

1. 花売りの仕事

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 花売りの朝は早い。

 私はいつもの日課で暗いうちに目を覚まし、空が白む頃に家を出る準備を始める。
 そして太陽が顔を出してきたら、いつもの花の採集場へと向かう。近くの林には色とりどりの花が咲いているので、大きな籠を持ってそれらを摘み帰るというのが花売りの最初の仕事だ。


 一通りの花を集め終わり、家に戻れば次は出店準備に取りかかる。大きな台の上に採りたての瑞々しい花を並べ、自宅の庭で育てた薬草ハーブと合わせてそれを籠の上に乗せていく。

 私はそれを持って町の広場に赴き、開店準備をしているローラさんに挨拶をした。

「ローラさん、おはようございます」
「おはよう、エマちゃん」

 私の雇い主であるローラさんは、白髪だらけの髪を纏めてすでに店の掃除に取り掛かっている。
 広場に常設している露店なので、最初に埃やゴミを取り払い綺麗にしなければならない。足の悪いローラさんは一人で全部をこなすのは大変というのもあって、開店準備に間に合うように早い時間に花摘みに行っている。

 店の棚やテーブルをローラさんが拭いてくれているので、私はその間に周辺をほうきで掃くことにした。それが一通り終われば店の前に水の入ったバケツを複数並べ、そこに花の種類ごとに分けて入れていく。

「エマちゃんが薬草を育て始めてから、売り上げも伸びて助かってるよ」

 ローラさんはことあるごとにそう言って褒めてくれた。少し前から自宅の庭で始めた薬草栽培。今まで以上に多く売ることができるようになって、収益が順調に上がっているという。
 お世話になっている人の役に立って、喜んでもらえるだけで私も励みになる。

「開店準備も整ったし、私はそろそろ修道院に向かいますね」
「はいよ。気を付けていくんだよ」
「はーい」

 脇に置いていた籠を再び手に取り、店をローラさんに任せて広場を後にした。
 私はこれから一時間程かけて修道院まで歩いていく。自宅では扱えない薬草と調合薬を仕入れにいくためだ。

 薬草を取り扱う花売りは、簡易的な薬の販売も行っている。週に一度、修道院で育てた薬草を買いに行くので、その時に調合済の薬をまとめて買って帰るのだ。
 これは、私がこの町に来るまではローラさんが行っていたことだ。早くに旦那さんを亡くしてから、新たに始めた花売りの仕事。私がこの町に来るまで、全部一人でこなしていたという。

 約四年前、私はこの町に辿り着いた。そしてこの優しいお婆さんと出会って、今はこうして二人で助け合いながら平穏な日々を送っている。
 素性の知らない私を、快く受け入れてくれた命の恩人だ。



 突然町が襲われたあの日。
 家族が離れ離れになり、私は一人で逃げるしかなかった。それでも夜だったことが幸いして、兵士に見つかることなく別の町に辿り着くことができた。
 しかしそこでも兵士がうろついている姿を目にして、目の前が真っ暗になったことを憶えている。どれだけ遠くまで逃げたらいいのか。途方に暮れつつその場を離れ、それからはただひたすら歩き続けた。

 夜が明けると、小さな林の中に身を隠して仮眠をとった。そして野生の果実を見つけては食べ、再び歩くということを繰り返して、ようやくこのメサイムという町に辿り着くことになる。

 当時の私は、十三歳という大人でも子供でもない中途半端な年齢だった。薄汚れた格好をしていた私を、町の人々は不審な目で遠巻きに見つめた。小さな町なので、よそ者の人間はそれだけでも目立っていたのだろう。
 しかし五日近く歩き続け、わずかな果物だけで空腹をしのいでいた私は限界に達していた。


「お願いです、何でもしますから働かせてください」

 周囲の視線など気にもせず、手当たり次第に家のドアを叩いた。当然あしらわれるか無視をされたけれど、今思えば得体の知れない小娘にそれだけで済ませてくれたのは、多少の同情があったのかもしれない。下手をすれば町から追い出されるか、もっと悪ければ通報だってありえた話だ。
 そうして町中を回っていた時、それまで私の様子を窺っていたという近所の奥さんが、見かねて声を掛けてくれた。

「あんた仕事を探しているのかい? ……なんだ、まだ子供じゃないか。親はどうした?」

 怪訝そうな顔をしてそう尋ねられて、どう答えたらいいか分からずに口ごもった。『町が襲われて逃げてきた』とは、言ってはいけないような気がしたから。
 ここがどこかわからない今は、迂闊なことを話せない。それに疲れと空腹で頭が回わらなかったこともあって、誤魔化す言い訳を考えられずに黙り込んでしまった。
 そんな私の様子を黙って見下ろしていた奥さんは、小さく溜息をついて肩をすくめた。

「まあ、何か事情があるんだね。わかった、心当たりがあるから付いてきな。一応紹介だけはしてあげるよ」


 そう言って連れてこられたところがローラさんの家だった。広場の露店で花や薬草を売っているお婆さんだと説明される。

「ねぇローラさん、最近足が悪くて遠出が出来ないと言っていたろう? どうやらこのが働き口を探しているらしいんだ」

 玄関先で見ず知らずの老婆にじっと見つめられ、どこか居心地の悪さを感じて身じろいだ。でもすぐに笑顔を見せたその人は、家の中に快く招き入れてくれた。
 奥さんが帰ったあと、私がお腹を空かせていると察してくれたのか、わざわざ食事まで用意をしてくれる。

「朝の残りだけど、良かったらお食べ」

 ふらりと現れ、仕事を探しに来ただけの私にどうしてこんなに良くしてくれるのか。今振り返ればそう思うけれど、当時の私はそんなことを考える余裕もなく目の前の食べ物に夢中になった。
 五日ぶりにお腹を満たし、やっとまともに話しが出来るようになった私は、ここで初めて目の前に座るお婆さんへお礼を述べた。

 ローラさんは改めて自己紹介をし、この町で花売りをしていること、そして少し前から足を悪くして歩くことが苦痛になっていることを説明してくれた。
 それを理由に引退を考えていたようで、手伝いをしてくれるなら是非やってほしいと言われ、私はローラさんの元で働くことになった。

 当然家のない私は住み込みで働いて、衣食住をお世話になりながら僅かながらお給料をいただくようになった。お金をコツコツと貯め、それから三年を経てようやく念願だった自分の家を借りられるまでになった。

 いつまでもローラさんの家に居候するわけにもいかないという思いと、花売りとしての将来を考えて自宅で花や薬草を栽培ができたらいいなと考えていた。
 その夢がやっと叶えられ、新しい家に引っ越す前夜には二人でお祝いをした。そしてこの時に初めて、彼女が私を受け入れてくれた理由を語ってくれた。

 それは、遠い昔に私ぐらいの年齢の娘さんを亡くしたという話だった。

「エマちゃんを娘の代わりにしようとしたわけじゃないんだよ。でもね、同じ年頃の子がフラフラな状態で目の前に現れて放っておけなかったのさ。おかげで綺麗に頼もしく成長していく子を、こうして側で見守ることができて私は本当に嬉しかった」
 
 そしてこれまでにあった日々を振り返りながら、二人で思い出話に花を咲かせた。
 住む家は別々になるけれど、店で毎日会うし仕事終わりにもこの家に通うのだから寂しくはない。
 それでもこの最後の夜は、私たちにとって特別なものになっていた。


◇◇◇


 修道院までの道の途中、周辺に生えている植物を観察しながら歩いていく。近くでは小川が流れ、その周辺には草花が多く生息している。帰りはこの辺りの花を摘んで帰ろうかと目星をつけているうちに、目的地が姿を現した。
 鮮やかな青い屋根と、白い壁が印象的な大きな建物。


「エマさん、いらっしゃい」

 修道服を身に纏った年配の女性が、門をくぐった私を見つけて声を掛けてきた。

「エルミン院長、おはようございます!」

 修道院の責任者である彼女に、私も元気に挨拶をする。そして側にいる修女たちにも同じように挨拶を交わした。

「では、先にお花を祭壇に飾ってお祈りをしてきますね」

 私はいつも通り礼拝堂に入り、花瓶の中で枯れかけている花を見つけて一本ずつ入れ替えていった。そして綺麗に整えたあとは籠を後ろに置いて、ひと時のお祈りを捧げる。
 そうして時間が過ぎた後、枯れた花を処分して事務室へと入っていった。

「ありがとう。調合薬はもう用意してあるのだけれど、ちょっとお庭に寄ってもらいたいの。少し前にお話ししていた新しい薬草が順調に育ってきたのよ。良かったら種をお譲りするわ」

 薬草と調合薬を購入する前に、院長がそう申し出てくれた。新しい薬草とは、西方の国に生息しているという植物のことだ。最近種を手に入れることができたと聞いていたけれど、どうやら栽培が成功したらしい。
 これからそれを見せてくれるというので、院長の後を付いていった。建物の裏側には大きな菜園と薬草園が広がっていて、私もたまに見学させてもらっている場所だ。
 その中の一角で足を止め、エルミン院長がこちらを振り向いた。

「この植物よ。クロキスという薬草で、沈痛効果が高いと言われているの。これは薬師の資格がなくても取り扱えるから、エマさんのお家でも育てられるわ。もしかしたらローラさんの足の具合にも役に立つと思って」

 私とエルミン院長は四年程の付き合いになるけれど、ローラさんとはもう二十年にもなる長い付き合いだ。足を悪くしてから訪れなくなったローラさんを、院長はいつも気に掛けていた。

「ありがとうございます。きっと喜んでくれると思います。持ち帰ったら大切に育てますね」

 そうしてしばらく植物を眺めながら話を続けていると、後ろから人が歩いてくる気配がした。それに気付いて振り返ると、若い男の人がこちらに近寄ってきていた。
 少し癖のある整えられたダークブラウンの髪と、皺ひとつない綺麗な服に身を包んだ姿。まるで絵本に出てくる貴公子みたいな人、というのが第一印象だった。


「ごきげんよう、エルミン院長。薬草園にいると聞いてこちらまで来ました」

 青年は院長に挨拶をして、爽やかな笑顔を向けた。


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