魔女と呼ばれた花売りは、小さな町でひっそりと暮らしたいだけでした

紅茶ガイデン

文字の大きさ
4 / 48
メサイム編

3. 魔女狩り

しおりを挟む


 私が故郷の襲撃事件について話を聞いたのは、この町に辿り着いてから二週間が過ぎた頃だった。
 それだけ大きな事だったのか、このメサイムの町にも遅れて事件のあらましが耳に届くようになった。
 噂で聞いたのは、あの地が魔女たちの住処だとして焼き払われたというものだ。

 私が生まれた場所は、フジムという小さな町だった。大きな森の側にある地域で、その辺り一帯を纏めてアルト自由都市と呼ばれていた。
 一番大きな町を中心に、森に面して広がる自由都市。近隣国から独立した自治区で、商人や冒険者たちが多く往来していた。私たちはそこから少し離れた郊外の町で暮らし、兄は夢を持ってアルトの中心街へと働きに出ていた。

 それがあの夜に全てが失われた。隣接する国ガルダン騎国が戦いの狼煙を上げ、魔女狩りと称して殲滅作戦を仕掛けたらしい。フジムの町だけでなく、都市全体を狙った襲撃だったという。

「北の都市で魔女狩りが行われたんですって」「ガルダン騎国? あの国は荒々しいと聞いているから怖いわね」「この町には影響はないのかしら」
「でも魔女なんて本当にいるの?」「なんでも、人を惑わす力を持っているという話よ。それをガルダンは恐れたって」

 町の人々の話をそれとなく聞いていると、どうやら私たちは魔女と疑われ襲われたらしい。あまりにも寝耳に水のことで、それを知った時は戸惑った。
 ただ幸いにも私がアルト出身だと明かしていなかったこともあり、疑われたり問われることはなかった。

 そして私はその話を聞いて、決して素性を明かすまいと心に誓った。どこから来たのかという話には、子供だったからよく覚えていないということにして、秘密にしたままここでひっそりと生きていくことにした。
 ローラさんは優しい人だし、花売りとして働き始めたら町の人たちも受け入れてくれた。
 いつかは家族を探したいと思うけれど、まずはここで生活の基盤を作らなくてはならない。

 そうして私はこの地に根を下ろし、メサイムでの生活を本格的に始めることになった。



◇◇◇



「ミル、絶対に菜園に入っちゃ駄目よ」

 私は飼い猫のミルに指示を出し、昨日貰ったクロキスの種を庭へ蒔くことにした。日照りに弱いと聞いたので、家の壁に沿って育てる。

「これでよしっと」

 ここなら日照と日陰のバランスが良さそうだ。私は言われた通りたっぷりと水を掛けて、再び家の中に戻った。

 ミルはとても頭の良い白猫で、私の言いつけを必ず守る。一年前にふらりと町に現れて、私が引き取るまでは厄介者扱いだったことが懐かしい。食べ物を盗み、ところかまわず排泄をするから町の人から嫌われていた若い雌猫。
 私の住んでいたフジムの町では、人と動物が仲良く共存して暮らしていたから猫が邪魔者扱いされていることに驚いた。だから私が自宅を借りられるようになったとき、彼女も一緒に引き取ることにしたのだ。

 ミルの為に砂場を作って周囲に迷惑を掛けないよう言って聞かせると、その言葉を守って今では町の人から可愛がられる猫になった。


「じゃあ、お仕事に行ってくるわね。お散歩に出るなら遅くならないで帰ってくるのよ」

 私は窓を少し開けて、猫が出入りできる程度の隙間を作った。
 にゃん、という可愛らしい返事を聞いて、私は花と薬草を持っていつもの広場へと向かう。
 変わらない日常、当たり前の毎日。
 それがとても素晴らしいことだということを私は知っている。



 そんなある日、その日常にちょっとした変化が訪れた。
 いつものように午後を過ぎたら店を閉め、残りの仕事をローラさんの家でこなしてから家に戻ると、庭先に人影が見える。

「こんにちは。どなたですか?」

 客が来ているのだろうか。たまに急を要した町民が、私の家に花や薬草を求めに来ることがある。
 その類かと思って声をかけると、驚いたことに先日に会ったクイード家のご令息が柵の外から庭を眺めていた。

「ああ、こんにちは。たしかエマ……だったね。留守中の訪問で申し訳ない」
「ア、アンセル様。何か御用ですか?」

 意外な訪問者に驚いて、ついぶっきらぼうな返しをしてしまった。少々焦りながら、なぜ私の家にいるのだろうと彼を見つめる。

「今日は町長と君に用があってメサイムに来たんだ。家を教えてもらってしばらく庭を見ていた。クロキスを君が育てていると知って気になっていたしね」

 そうだ、クロキスはこの人が手に入れたとエルミン院長が話していた。それでわざわざうちを訪ねたのだろうか。

「こじんまりとしているけれど、よく手入れの行き届いた菜園だ。クロキスはちょうど家の日陰になる場所へ植えてあるのかな?」

 アンセルが指差した先には、すでに三センチ程まで芽が育ったクロキスがある。

「はい。少々育てるのが難しい種類のようですが、今のところ順調に育っています。わざわざ気にかけてくださって、ありが……」

 私がそう言っていると、お散歩から帰ってきたミルが「にゃーん」と話しながら彼の足にスリスリしだした。

「あっ、ミル!」

 私が慌てて引き離そうと手を伸ばすと、彼はそれを手で制して足を屈めた。

「ミル?」

 ほころんだ笑顔を見せて、彼女の小さな頭を優しく撫でる。その手のひらに、ミルは遠慮なくグイグイと頭を擦りつけていた。

「あはは、随分と人懐っこい猫だね」

 私はその姿を見てなんだか肩の力が抜ける。相手は貴族様だと意識していたせいか、いつの間にか気が張っていたみたいだ。

「アンセル様は猫がお好きなのですか?」
「うん、昔からね。猫も好きだし、王都の屋敷には犬がいるよ。まあ正確には父の飼い犬なんだけどね」

 ひとしきりミルを撫でた後、アンセルは再び私に顔を向けた。

「実はここを訪れたのは、君に相談したいことがあって来たんだ。少しお話をさせてもらってもいいかな」


 私はそれならばと彼を家の中に招き入れた。どのような話か分からないけれど、立ち話では済まない様子だ。
 椅子を用意して座ってもらい、私はすぐにかまどに火を入れてお茶の準備をした。
 構わないでと言われたけれど、領主様の息子相手ににそうはいかない。自宅用のハーブをポットに入れ、沸かしたお湯をゆっくりと注ぎ入れる。
 仕事で訪れていたであろう彼の為に、リラックス効果のあるものを選んでカップに注ぎ入れた。

「どうもありがとう。……あれ?」

 アンセルは差し出されたハーブティを不思議そうに眺めた。

「カップの中に何か入れてある?」
「あっ」

 私はいつもの癖で、自分が飲むやり方で出してしまった。

「すみません、中にドライフルーツを入れてあるんです。ただの果物なのでそのままお飲みいただいても結構ですし、もし苦手であれば入れ直します」
「ああ、大丈夫。砂糖や蜂蜜は入れることもあるけれど、ドライフルーツを入れて飲むという習慣がなかったから何かと思ってね」

 そういって一口飲むと、美味しいと言って褒めてくれた。


「それで本題なんだけれど」

 私も同じテーブルに着いて、アンセルの話に耳を傾ける。

「実はこの町に薬師がほしいと考えているんだ。メサイムは町が小さくて専門の薬師がいないだろう? そのかわり薬草を扱う花売りがその役割を兼任していると聞いたんだ。でも扱える種類は少なくて、対応する薬がない時は修道院まで買いに行かなければならない状況だと聞いている」

 アンセルの言う通り、そこがこの町の不便なところでもあった。体の不調があった時に選べる薬が少ないのだ。
 それで良くならないなら、町民が自ら遠くの修道院まで出向かなければならない。

「君が薬草に関心があって、自宅でいくつか栽培しているとエルミン院長から聞いてここへ来たんだ。薬師になるには許可が必要だけれど、君は花売りとしてすでに一定の知識を持ち合わせている。もし興味があるのならその役割を担ってもらいたいと思っているのだけれど、どうだろうか?」

 さっきまでの柔らかな雰囲気は影を潜め、アンセルが真剣な眼差しで私を見つめる。

 薬師。今まで考えもしなかったことを言われ戸惑った。
 花売りとして細々と暮らしていけたらと思っていたけれど、まさかそんな話が転がってくるとは思いもよらなかった。

「それは……アンセル様から直接お話を頂けるなんてとても光栄なことだと思います。でも、今すぐに答えを出すことは難しいです」
「もちろんそれはわかっている。……それから、これはクイード家の言葉だと受け取らないでほしいんだ。僕が個人的に考えていることで、領主である父の意志ではないことを伝えておくよ。だから無理なら無理と言ってもらって構わない。その時はまた別の人を探すから」

 アンセルは真剣だった表情を和らげて、私の不安を拭うように補足した。
 それからは話を変えて、ミルのことや町のことなどの雑談をして帰っていった。

 玄関の外までお見送りをした後、私はテーブルの上のカップを片付けながら先程のアンセルの言葉をつぶやく。

「薬師か……」

 考えてもみなかった未来のことに、私は思いを馳せた。

 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女嫌いな騎士が一目惚れしたのは、給金を貰いすぎだと値下げ交渉に全力な訳ありな使用人のようです

珠宮さくら
恋愛
家族に虐げられ結婚式直前に婚約者を妹に奪われて勘当までされ、目障りだから国からも出て行くように言われたマリーヌ。 その通りにしただけにすぎなかったが、虐げられながらも逞しく生きてきたことが随所に見え隠れしながら、給金をやたらと値下げしようと交渉する謎の頑張りと常識があるようでないズレっぷりを披露しつつ、初対面から気が合う男性の女嫌いなイケメン騎士と婚約して、自分を見つめ直して幸せになっていく。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...