魔女と呼ばれた花売りは、小さな町でひっそりと暮らしたいだけでした

紅茶ガイデン

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メサイム編

13. ドニスの来店

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 男は気分が悪そうにカウンターへ向かうと、ハリーさんが奥の部屋から木製のコップと薬を持って戻って来た。

「ドニスさん、あんまり暴飲暴食を続けているとそろそろ体を壊すよ。奥さんやお子さんだって心配するだろう」

 そう言いながら彼に差し出すと、すぐにそれを受け取って喉に流し入れる。

「あんたに何がわかる。俺だって……ん?」

 側で見ていた私に気付いたのか、視線をこっちに向けてじっと見つめられた。

「あんた、何か見覚えがあるなと思ったら修道院で見かけた娘だな。こんなところで何をしているんだ」
「彼女かい? 今メサイムの薬師になるべく勉強をしているだよ。普段は修道院で学んでいるらしいが、今日はここで実務経験を兼ねた手伝いをしてもらっているんだ」
「メサイムで花売りをしているエマと言います、よろしくお願いします」

 私は慌てて挨拶をした。修道院でのやり取りをみていたので身構えてしまったけれど、彼はこの店のお客さんだ。

「花売り? たしかメサイムの店主は婆さんだった記憶があるが、若い娘を雇っていたのか」

 下から上まで値踏みをするように眺められ、それがいたたまれずに身じろいでしまう。

「なんで花売りの女が薬師になろうとしているんだ。あんな小さな町になんて必要がないだろう」
「いやいや、それがアンセル様のお考えなんだよ。私も彼の頼みで彼女に協力をしているんだ」
「アンセルだと⁉」

 ドニスは激高したように大声を上げて、持っていたコップをカウンターに叩きつけた。

「あのガキが! 何も知らない甘ったれのくせに、俺の人生を台無しにしやがって!」

 恨みがましく憎々し気にそう吐き捨てる。

「あんたたちも気をつけな。あのガキの気に触れば、俺みたいに潰されるからな。……嫌な名前を聞いたら更に気分が悪くなった。悪いが今日の分はツケておいてくれ」
「ドニスさん、そうは言ってももう年末だよ。今年中には本当に払いに来てくれよ」

 ハリーさんは困ったようにそう言って、背中を丸めて出ていく彼の姿を見送った。

「驚いたかな? 彼には色々なことがあってね。少し荒れているんだ」
「元管財人だったというドニスさんですよね。アンセル様がこの地に戻ってから職を解かれたという」
「君も話を聞いているのか。……ドニスさんはあんな恨み言を吐いていたけれど、受けた報いは仕方のないことだと思っているよ。この町の連中には彼の恩恵に与った者もいるようだけれど、不当な扱いを受けていた者も多くいる。特に農村地区には酷かったとの話だから、いつかはこうなるようになっていたのさ。彼はアンセル様を恨んでいるようだけどね」

 ハリーさんは肩を竦めて憐れむように話す。

「牢に入れられず、クイード領から追放されないだけでも十分な恩情をかけてもらっているはずなんだ。この町にはドニスさんに同情しているものもいるから、贅沢さえ言わなければそれなりに暮らしていける。でもそう言っても聞く耳を持たないようでね」

 以前に通りすがりで聞いた町人の話を思い出した。不要な恨みを買って陰口を叩かれるアンセルを、そういう役割だとはいえ少しだけ不憫に思った。


 思いがけないドニスとの再会だったけれど、その後はまた二人で仕込みと接客をしながら仕事を続けていく。
 そうして時間が過ぎた頃、馬車の音が近付き停車する音が聞こえると、アンセルが店に戻ってきた。

「用事を済ませてきました。エマはどうですか?」

 目を向けると、彼の頭と外套にパラパラとした白い粒が付いている。それが暖まった店内に入るとゆっくりと消えていった。どうやら外では雪が降っているらしい。

「お待ちしておりました。エマさんならよくやってくれていますよ。知識も問題なければ調薬の腕も悪くない。私の指示もすぐに理解してくれて、やるべき流れも把握している。少々時間がかかる部分はあるが、それは単純に慣れの問題ですな」

 そしてハリーさんは私に向き直る。

「エマさん、実務体験とはいえ今日は一緒に店に立ってくれてこちらも助かったよ。二人で仕事をするという楽しさを久々に味わえた。ありがとう」
「いえ、こちらこそ教えてくださってありがとうございました。ハリーさんと一緒にお店を回すことができて私も楽しかったです」

 私たちは互いにお礼を言い合い、アンセルもまたハリーさんに軽く頭を下げる。

「こちらも急なお願いだったにも関わらず、快く引き受けてくださってありがとうございました」
「いえいえ、私は大したことをしておりませんよ。先程も申し上げた通り、基礎知識はしっかり身に付いている。小規模で始めるのであれば、彼女ならすぐに店を開いても問題はないでしょう」

 すぐにでも店を開けるなどと褒めてもらって、私もとても嬉しい気持ちになる。私は着ていたエプロンを外し帰り支度をすると、改めて礼を言ってお店を後にした。


「あ、やっぱり降ってる」

 店の外に出てみれば、空から小さな白い雪がはらはらと舞い降りている。

「エマ、せっかくカザエラまで来たんだし買い物でもして帰る?」

 今日は前回よりも遅い時間であることと、雪が降っていることもあってカザエラでの買い物は諦めていたのだけれど。

「時間をもらっても大丈夫?」
「僕は問題ないから気にしなくていいよ」

 まるで私の心を読んだかのようにアンセルが提案をしてくれた。とはいえあまり時間を割いてしまうのも申し訳ないので、一番欲しいものを優先して買い物をすることにした。

 一緒に町の広場の市場へ向かうと、日が悪かったのか悪天候だからなのか店はまばらにしか出ていなかった。ざっと見ても目当ての物がなかったので困っていると、アンセルが探しているものを尋ねられた。

「ウール生地が欲しいの。メサイムだとあまり良い状態のものがなくて」
「だとしたら織物屋かな。この少し先に店がある」
「織物屋かぁ……」

 本当は市場に出店している布商人から買いたかったのだけれど。店を構えている織物屋だと、質は良いけれど高価という印象がある。手持ちのお金で買えるかわからないけれど、せっかくなので訪ねてみることにした。

「いらっしゃいませ。おや、アンセル様?」

 入店すると、連れ立っていた彼を見て店主が驚きの声を上げた。

「今日は買い物でこちらに来ました。エマ、この人が店の主人だよ」

 私はこんにちはと挨拶をして、ウール生地を探していることを伝えた。予算を提示してそれに見合うものがあるか尋ねると、もちろんございますと言っていくつか品物を持ってきてくれた。

「大きな物がお望みでなければ、切れ端部分などはかなりお安くなります。それから古い品なども安価でご提供できますね」

 やっぱりわからないことは聞いてみるものだ。高級そうだと気後れしていたけれど、それほどお金を持っていない人にも手が届きやすい品も置いてあるようだ。
 店主に相談しながら予算内に収まるように商品を選び、満足のいく買い物をすることができた。

「アンセルがお店を勧めてくれて良かった。私一人だったら入店しようなんて思わなかったもの」

 生地だけでなく、毛糸もいくつか手に入れてほくほくしていると、アンセルがそれを何に使うのかと尋ねた。

「ミルのベッドを作りたいのよね。去年の冬は私の古着を敷いて代用していたけれど、今年はしっかりと暖かい物にしてあげたくて」
「そっか。きっと喜ぶだろうね」


 雪の降るカザエラの町。不思議と寒さを感じることなく、二人でそんな会話を交わしながら馬車へと戻っていった。




 
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