魔女と呼ばれた花売りは、小さな町でひっそりと暮らしたいだけでした

紅茶ガイデン

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王都編

27. 兄弟愛【リゼルside】

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 ある日の昼下がり、王都の中心から少し外れた場所にあるクイード子爵邸に、体格の良い男が入っていった。
 騎士服を着たその男は使用人の声も聞かず、まっすぐにリゼルの個室へ向かい豪快に扉を開ける。

「やあ、オスガル兄さん。いつものことだけど、もう少し静かに入ってきてくれないかな」

 リゼルは五つ歳上の兄、クイード家二男のオスガルを呆れたように見上げた。彼はサンベルグ公爵邸から戻ったばかりで、まだ仕事気分が抜けていない様子だ。

 
 これはフィリオ伯爵領へエマを迎えにいく一週間前のこと。領地にいるアンセルから届いた手紙を眺めていたところ、まるで見計らったかのように兄が帰って来た。

「ちょうど良かった。面白い手紙が送られてきたんだけど、兄さんも読んでみる?」

 そう言って歩み寄ったオスガルに、ひらりとそれを差し出した。
 手紙に記されていたものは、メサイムに住む女性が魔女の疑いを掛けられ連行されたので、魔法院で保護してほしいというものだった。思いつくままに書き連ねたのか、なかなかの乱文で読みにくいものだ。

「これはアンセルからか?」

 受け取ったオスガルは、差出人の名前を見て内容を目で追うにつれて眉間に皺が寄っていく。

「なんだこれは」
「クイード領からアルトの民らしき人物が捕らえられたってさ。この事はサンベルグ公爵の耳には入ってはいないかな。さすがにこの程度の話は届かない?」
「魔女関連の話は公爵も敏感だからな。すでに捕らえられているとすれば、報告は上がっている可能性はある。まあ、この件に公爵が介入するかわからないが」
「仮にが本当にアルト民だとしても、些末な人間を捕らえたところで公爵の目に留まるとも限らないからね。でもフィリオ伯爵は張り切っているようだから、楽観視はしていられないか」

 顎に指を当てながらリゼルは考えを巡らせた。
 とりあえず、アンセルの願い通り『エマ』という人物を救出するなら、あまりのんびりとしてはいられない。もしサンベルグ公爵に引き渡されることになったら、王立魔法院の権力をもってしても手出しが難しくなるからだ。

 しかし見方を変えれば、なかなか面白い状況でもある。降って湧いてきた魔女疑惑のある人物を、魔法院が横から掠め取ったらどうなるのか。
 一つ考えが浮かんだリゼルは、目の前の兄に提案した。

「兄さんにお願いがある。私はこれから魔法院にこの手紙を報告をして、この女性の保護申請をするつもりだ。それが通れば魔法院からフィリオ伯爵へ連絡が行き、それはすぐに公爵の耳にも届くだろう。だから兄さんが仕事に戻ったら、周囲の様子を注視していてほしい」

 リゼルは、このエマという人間を『波紋を起こす石』として使えないかと考えた。
 彼女を使って、静まった水面に波を立てたい。

「しかし、有力なステラード一族の所在は全て把握されているだろう。お前の言う通り、些末なアルト民の一人が魔法院に匿われたところで公爵が動くとも思えんが」

 オスガルがそう怪訝そうに言うが、それならそれで構わないとリゼルは答える。つまり動きがあれば儲けもの、という程度のことでしかない。
 それに、珍しいことにアンセルから直接お願いをされたのだ。弟思いだと自負しているリゼルにとっては断る理由もなかった。



 四年前に起きたガルダン騎国によるアルト侵攻。世間の見方はどうであれ、リゼルは失敗に終わったと思っている。一気に仕掛けて侵略するつもりが、四年も進展のない戦いに陥った。
 長引いている理由の一つに、アルトを支援する国が多かったというのもある。おそらくガルダンもそれを想定して、短期決戦のつもりで挑んだはずだ。
 
 しかし、窮地に陥ったアルトへ速やかに支援を行う国があった。それがもう一方の隣国、ラダクール王国だ。それにより攻勢が続かず、状況は今に至る。
 その結果、この国――セダ王国は、対立した二国に挟まれ、中立国を宣言することを余儀なくされた。
 

 排斥派を名乗り、ガルダン騎国の支持を述べるサンベルグ公爵が、この国をどういった形に持っていきたいのか。その結末は読めなくても、公爵の出方次第で予定調和のテーブルをひっくり返すことができるだろうとリゼルは思い描く。

 何かをきっかけに国内の均衡が崩れたら、ガラガラと音を立てて形が変わっていく。リゼルはアンセルの手紙を読み、その切っ掛けとなる一粒の砂金を手に入れた気がしていた。
 早くその一粒を落としたい。それを想像するだけで気分が高まった。


 
「――というわけで、出来たら公爵への細工を兄さんにお願いしたい。
 それからこれは注意、というか気を付けてほしいことなんだけど、公の場では私に甘い顔をしないでくれないかな。兄さんはサンベルグ公爵に忠実な騎士であるということを、常に周囲に示してほしいんだ。私と繋がって情報共有をしていると知られたら、兄さんの立場も危うくなるからね」
「ああ、わかっているよ。しかし、どうもお前に冷たい態度を取るのが苦手でな……」

 オスガルは困った顔を見せた。
 リゼルに対して、随分と甘やかしていると本人も自覚しているからだ。彼にとっては初めてできた弟で、母親によく似たリゼルをそれはとても可愛がっていた。言われたことは全て叶えてやりたいと思ったし、小さく愛らしい弟を守らなければと、幼心に誓いを立てるほど大切な存在だった。
 やがて成長してリゼルの美貌と才が際立つようになると、更に弟に対して保護意識が高まった。
 なぜなら弟は常識や慣習というものを気にしない。頭が良いから理解しているはずだけれど、従うことをしない。
 口の立つリゼルに、両親は手を焼き叱りつけたりもしたが、それを庇い宥める役をわざわざ買って出ていたのもオスガルだ。
 何事にも囚われない美しく才ある弟を、兄は心から愛していた。


「では、よろしく頼むよ。オスガル兄さん」

 幼い頃からそれが当たり前として育ったリゼルは、当然のように公爵の騎士である兄を味方につけた。


  
◇◇◇◇◇



「わかりました。では僕は一度王都の家に戻ります」

 エマを魔法院にまで連れ帰った日。アンセルが魔法院ここに来ていると聞いて、すぐに弟を私室に呼び出した。

 フィリオ伯爵や父の思想に染まっていた彼へ揺さぶりをかけ、こちらの思惑を説明し、部屋を出ていく彼を見送った。



「まだ若いわね。十九だったかしら?」

 部屋の奥に控えていたルヴィアが、姿を現してリゼルに近寄る。
 アンセルを呼び寄せる前、魅了等の魔法が掛けられていないか確認するために、ルヴィアに来てもらっていたのだ。

「見たところ、魔法は掛かっていないわね。さっきも言ったけれど、彼女の力は微量で魔法を仕掛けられるほどの力は無いのよ。弟君の言う通り、彼の行動は彼自身の意思によるものだと保証するわ」
「まあ、アンセルは優しく純粋だからね。魅了などなくても他人ひとの為に動ける奴なんだ」

 リゼルは、アンセルは兄弟の中で一番素直で優しい人間だと評している。子供の頃から両親と兄姉たちを尊敬し、従順に後を付いてこようとする姿はとてもいじらしかった記憶がある。それでも、思春期に入った頃には自分に対して反抗的になってしまったが。

「さっきの会話では、あなたがそんな風に思っているようには聞こえなかったわよ?」
「少し揺さぶりをかけたからね。私にとっては、ルヴィの次に大切な存在なんだ」

 リゼルはルヴィアの手を取り、その瞳を見て微笑んだ。



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