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王都編
29. 勉強の再開
しおりを挟む「ルヴィアさんは、付き人の方と仲良くされていますか?」
全ての話が終わった後、さっきまでの話とは関係のない個人的なことを最後に聞いてみた。実はさっきカーラに無視されたことを少しだけ気にしていたから。
「どうしてそんなことを? そうね……考えたこともなかったわ。仲良くも何も、あの方たちは仕事をしているだけでしょう。昔からの知り合いでもないし、用がある時に声を掛けるくらいだわ」
意外にも素っ気ない答えで驚いた。
私は一緒にいたらやはり相手の事が気になってしまうし、仕事とはいえ身の回りの世話をしてもらっている恩もあるから仲良くしたいと思っていたのだけれど。こういう場所ではあまり一般的な感覚ではないのだろうか。
「私はカーラさんと仲良くしたくてたまに話しかけてみるんです。でもあまり好かれていないのか、会話をしてもらえなくて……。もしかしたら、仕事の邪魔をしていたということなのでしょうか。さっきも『どんな花が好きですか』?と聞いても返事をもらえなくて。このあと、また顔を合わすのが気まずいな、と」
正直に自分の気持ちを話すと、ルヴィアはおかしそうに言う。
「まさかそんなことを悩んでいたの? ……吹き出しちゃってごめんなさい。そうね、エマさんは使用人の扱いに慣れていないのね」
ふふっと笑われて、少し恥ずかしくなる。
確かにここで打ち明けられた内容に比べると本当に小さい話だ。けれど今の私にとっては、この後に直面する身近な問題でもある。
「こればっかりは仕方ないわね。彼女たちは修女だから使用人とは少し違うのかもしれないけれど、あの人たちはそういう仕事を与えられているの。だからこちらがいちいち気に掛ける必要はないし、向こうもそういうものだと思っているわ」
説明をされて納得はしたけれど、そう言われてもなかなか割り切ることは難しい。自分の為に働いてくれるからこそ気になってしまうし、当たり前のようにそれを受け取ることに抵抗がある。
人と人との関係は持ちつ持たれつ。誰かが自分の為に何かをしてくれたらお礼を言いましょう。そして相手が困っていたら手を差し伸べましょうね。そう言われて育ってきたから、なかなか自分の中の常識が覆せない。
「でもそうね……あなたが話しかけているのに、返事がないというのはさすがにちょっと考えものね。普通は軽い雑談くらい付き合ってくれるわよ。その人の真意はわからないけれど、考えられるとしたらあなたの身分に不満を抱いているとかかしら。
王宮の聖堂に仕えている人たちならび、それなりの立場の方たちでしょうし、もしかしたらあなたのその「貴族らしくない振る舞い」が気に障っているとか? とりあえず言いたいことは、無理に仲良くする必要はないってこと。合わないと思ったら透明人間とでも思っていればいいわ」
「そういうものなのですか……やはりルヴィアさん、というかステラード家は貴族なのですか?」
身分という言葉が気になったので尋ねてみた。アルト自由都市には階級制度というものはなかったはずだ。子供だった私でも、アルトには統治者である総裁と評議会があったことは知っている。総裁や議員たちを偉い人達だと思っていたけれど、貴族のような爵位で呼ばれてはいなかったと思う。
「一応貴族という扱いにはなるのかしら。でもそれはあくまで対外的なもの。他国を交えた場では、総裁は『公』の敬称が付くわ」
ルヴィアの話では、ステラード総裁一家はアルト自由都市の領主ということになるらしい。政治の話が家庭に上がることがなかったから、そういったことも知らなかった。
「さて、大事な話は伝えたし他に何かある?」
「いいえ、今は大丈夫です。さっきの話は驚きましたけど、自分でも色々考えて呑み込み込むように努力します。もし不安に思うことがあったらまだルヴィアさんの部屋に伺いますから」
「わかったわ。それはいつでも大歓迎よ。そろそろ寒くなってきたことだし、中に戻りましょうか」
私たちは付き人が待つ花園の入り口に戻り、再びカーラと合流する。
やはり割り切って気持ちを切り替えるには時間がかかりそうだ。だから部屋で気まずくならないように、図書室の本を部屋に持ち帰ることができるのかルヴィアに聞いてみた。
「大丈夫。私もよく借りているし、よかったら案内するわよ」
そうしてルヴィアと一緒に初日以来の図書室へと向かった。
「あそこの席にいるのが司書さん。わからないことがあれば色々と教えてくれると思うわ。読みたい本が見つかるといいわね」
私はルヴィアにお礼を言って、遠慮がちに本棚を巡ってみた。
あの時も思ったけれど、とにかく広い。本棚だけでなく大きな机がいくつも並べてあるので、本による圧迫感というよりも広々とした大部屋に圧倒される。
そして見渡せば、本を探したり机で読書をしている人がそれなりにいた。
その中の一人に、リゼルと一緒に私を迎えに来てくれたジークがいた。あれ以来会う事のなかった彼を見つけて、嬉しくなって声を掛ける。
「ジークさん、こんにちは」
「あれ、エマさん。久しぶり。元気にしてた?」
「はい、おかげさまで」
一週間をここで過ごしたけれど、あの日以来リゼルやジークに会うことがなかった。二人とは生活が全く違うのだから当然ではあるけれど、廊下ですれ違うことも今までなかった。
「何か探し物?」
「部屋でじっとしているのも嫌なので、薬学や植物に関する本があったらお借りしたい思って」
私がそう話すと、ジークは意外そうに目を丸くした。
「そういえば薬学を勉強していると言っていたよね。技術を習うだけじゃなくて、本も読めるんだ?」
「はい。生まれ育ったフジムの町は林業で栄えていましたから。教育はそれなりに受けていて、幼い頃から読み書きや計算の勉強もしていました」
もう秘密ごとではないので素直に答えた。そういえば薬学を勉強するようになった時も、アンセルに本を読めると言ったら驚かれたことを思い出す。
「そうだったんだ。薬学と植物だと……あの辺かな」
そう言ってジークが自分に付いてくるよう促すと、部屋の端の方にある棚まで移動した。そしてずらりと並べられた背表紙を目で追う。
「植物……薬学……ああ、ここだ」
指を差された場所には、植物や薬草関連の本がずらりと並んでいた。思わず感動して食い入るように見てしまう。
「うわぁ……すごい、こんなに本がたくさん。どれを選んでもいいんですか?」
「うん。このあたりのものには制限がかけられていないから大丈夫だと思うよ。そこの机で読んでもいいし、部屋に持ち帰る時は届けが必要になるけどね」
もちろん私は部屋に持ち帰ることを希望し、長い間疎かになっていた薬学の勉強を再開することにした。
ルヴィアから聞いた話が本当なら、これから大きな波乱が待っているのかもしれない。
でもアルトの襲撃と地下牢から生き伸びることができた私は、これからも未来への希望は持ち続けたかった。
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