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4章
4-3 というかこいつ、まさか居着くつもりじゃねえだろうな?
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放課後、妙に“近所トラブル”を気にするタカトをほったらかして、ヤナギは一人帰路についた。自転車に乗って帰り道を疾走する。
急いで帰りたい理由もなかったが、学校に残る理由もない。部活も再開してタカトたちは陸上部の練習に出ているし、今日は図書館の仕事もない。食料はまだ冷蔵庫に残っているので寄り道の必要もないし、加えて言えば天気も曇天で、いつぞやのように雨が降りそうな雲の厚さだ。となればもう、帰る以外に選択肢はなかった。
自転車をマンションの駐輪場に止めると、自分の部屋に入ろうとして――ヤナギはきょとんと首を傾げた。
「……あん? 鍵が開いてる……アマツマのやつ、閉め忘れたのか?」
今朝がた、アマツマには予備カギを渡したはずだ。なのにカギがかかっていないということは、アマツマが帰る際に鍵を閉め忘れたということか。
「……しょうがないやつ。後で文句言うか」
まあ家出でバタついていたということで情状酌量の余地はある。その程度に考えて、ヤナギは部屋に入った。
靴を脱ぎ散らかして玄関を上がり、自室に向かうためにリビングを横切る。
その途中、ふと足を止めた。
(……? 何の匂いだ? これ)
違和感に鼻が引くついた。
感じたのは何というべきか、甘い匂いだ。ほんのわずかに空気に漂うような、いつもと違うささやかな不和。花とも菓子とも判断つかないが、仄かに香る甘い匂い。
匂いのもとは何か――と辺りを見回して、ヤナギは呼吸を止めた。
「……すぅ……すぅ……」
「……おいおい……」
思わずうめく。
見つけたのは、猫のように丸まってソファで寝ているアマツマだ。
なんでこんなところで寝ているのかは知らないが、起きる気配は全くない。不自然な姿勢、狭い場所だというのに、アマツマは固く目を閉じてぐっすりと眠っている。
一方のヤナギはといえば、そんな様子を見降ろして暗澹と頭を抱えていた。
(無防備……!!)
腹が立つほどの不用心さに、思わず胸中で抗議する。しかもアマツマは、今朝がた着ていたはずのカッパを脱いでいた。あれだけ人に見せるのを嫌がっていたにも関わらず、いざとなったらあけっぴろげにもほどがある。
頭痛をこらえるように眉間を指で揉んでから、呻くようにヤナギはつぶやいた。
「なんでこいつはまだ俺んちにいるんだ……?」
てっきり帰ったものだとばかり思っていた。というより、帰るのが自然だろうと。そのために予備カギを渡したのだ。
なのにこうまで堂々とソファを占拠しているところを見ると、どちらが家主なのかわからなくなる。
「というかこいつ、まさか居着くつもりじゃねえだろうな?」
昼方先生にああ言っておいてからの、学生同士の同棲生活? 冗談にもならない。
とはいえ、とヤナギは思考を切り替えた。帰らせるべきなのは確かなのだが、今ここにいるのは都合がいいのも事実だ。話をしたほうがいいと思っていたことがいくつかある。
だから、アマツマを起こそうと彼女の肩に手を伸ばして――
「……すぅ……すぅ……」
「…………」
安らかな寝顔に、つい見入る。寝顔なんて勝手に見ていいものではないとわかっているのだが、それでも数秒、我を忘れた。
脳裏にダブるのは、昨日の泣いていた――そして落ち込んでいたアマツマの姿だ。当たり前だが、あんなに苦しそうな顔はこれまで見たことがなかった。今は安らかに眠っているが、その安らかさは目覚めとともに失われてしまうのではと思うと……うかつに起こせない。
ため息をつくと、ヤナギはアマツマから離れた。
「……夕飯でも作るか」
どうせ起こしたところで話をするだけなのだ。それならば今起こす必要はない。もう少し待てば勝手に起きてくるだろう。
その程度に割り切って、ヤナギはキッチンへ向かった。
アマツマが目を覚ましたのは、それから二時間も後のことだった。
急いで帰りたい理由もなかったが、学校に残る理由もない。部活も再開してタカトたちは陸上部の練習に出ているし、今日は図書館の仕事もない。食料はまだ冷蔵庫に残っているので寄り道の必要もないし、加えて言えば天気も曇天で、いつぞやのように雨が降りそうな雲の厚さだ。となればもう、帰る以外に選択肢はなかった。
自転車をマンションの駐輪場に止めると、自分の部屋に入ろうとして――ヤナギはきょとんと首を傾げた。
「……あん? 鍵が開いてる……アマツマのやつ、閉め忘れたのか?」
今朝がた、アマツマには予備カギを渡したはずだ。なのにカギがかかっていないということは、アマツマが帰る際に鍵を閉め忘れたということか。
「……しょうがないやつ。後で文句言うか」
まあ家出でバタついていたということで情状酌量の余地はある。その程度に考えて、ヤナギは部屋に入った。
靴を脱ぎ散らかして玄関を上がり、自室に向かうためにリビングを横切る。
その途中、ふと足を止めた。
(……? 何の匂いだ? これ)
違和感に鼻が引くついた。
感じたのは何というべきか、甘い匂いだ。ほんのわずかに空気に漂うような、いつもと違うささやかな不和。花とも菓子とも判断つかないが、仄かに香る甘い匂い。
匂いのもとは何か――と辺りを見回して、ヤナギは呼吸を止めた。
「……すぅ……すぅ……」
「……おいおい……」
思わずうめく。
見つけたのは、猫のように丸まってソファで寝ているアマツマだ。
なんでこんなところで寝ているのかは知らないが、起きる気配は全くない。不自然な姿勢、狭い場所だというのに、アマツマは固く目を閉じてぐっすりと眠っている。
一方のヤナギはといえば、そんな様子を見降ろして暗澹と頭を抱えていた。
(無防備……!!)
腹が立つほどの不用心さに、思わず胸中で抗議する。しかもアマツマは、今朝がた着ていたはずのカッパを脱いでいた。あれだけ人に見せるのを嫌がっていたにも関わらず、いざとなったらあけっぴろげにもほどがある。
頭痛をこらえるように眉間を指で揉んでから、呻くようにヤナギはつぶやいた。
「なんでこいつはまだ俺んちにいるんだ……?」
てっきり帰ったものだとばかり思っていた。というより、帰るのが自然だろうと。そのために予備カギを渡したのだ。
なのにこうまで堂々とソファを占拠しているところを見ると、どちらが家主なのかわからなくなる。
「というかこいつ、まさか居着くつもりじゃねえだろうな?」
昼方先生にああ言っておいてからの、学生同士の同棲生活? 冗談にもならない。
とはいえ、とヤナギは思考を切り替えた。帰らせるべきなのは確かなのだが、今ここにいるのは都合がいいのも事実だ。話をしたほうがいいと思っていたことがいくつかある。
だから、アマツマを起こそうと彼女の肩に手を伸ばして――
「……すぅ……すぅ……」
「…………」
安らかな寝顔に、つい見入る。寝顔なんて勝手に見ていいものではないとわかっているのだが、それでも数秒、我を忘れた。
脳裏にダブるのは、昨日の泣いていた――そして落ち込んでいたアマツマの姿だ。当たり前だが、あんなに苦しそうな顔はこれまで見たことがなかった。今は安らかに眠っているが、その安らかさは目覚めとともに失われてしまうのではと思うと……うかつに起こせない。
ため息をつくと、ヤナギはアマツマから離れた。
「……夕飯でも作るか」
どうせ起こしたところで話をするだけなのだ。それならば今起こす必要はない。もう少し待てば勝手に起きてくるだろう。
その程度に割り切って、ヤナギはキッチンへ向かった。
アマツマが目を覚ましたのは、それから二時間も後のことだった。
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