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4章
4-4 ごめん。できれば、ついてきてほしい
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「で? なんでまだいるんだ?」
「そ、その言い方は直球過ぎないかな?」
「って言われても、それ以外に言いようがな」
リビングのソファで寝ぼけ眼のアマツマを半眼で見やって、ヤナギはそうぼやいた。
五分ほど前に起きたアマツマは、ヤナギがいることに気づいても慌てもしなかった。もはやパジャマを見られても気にもしていない。半日経って慣れたのか、はたまた寝てる間に羞恥心をなくしたのか。
どちらにしてもふてぶてしい居候をじっとりとした目で見つめると、流石に質問から逃げきれないと悟ったのだろう。気まずそうに言ってきた。
「いや、まあ、その……帰りにくくて……ほら、服……これだし」
そうしてアマツマは自分の胸のあたりを指さす。実際に示したかったのは寝間着だろうが。
確かに日中に寝間着で外出となれば目立つだろう。それを隠すためのカッパも、雨も降っていないのに着るのは変ではある。不審者とまでは言わないが、明らかに奇異に見られることだろう。
が、ヤナギはしれっと告げた。
「どうせ十分くらい恥かくだけだろ? 観念して行ってこいよ」
「ひ、他人事だからって、ずいぶんとひどい言い草じゃないかなそれは……?」
「んなこと言われたって、実際に他人事だしな」
それに、恥かくと言っても知らない相手に「なんであいつカッパ着てるんだ?」と思われる程度のことだ。大したことではない。それくらいアマツマもわかっているだろう。
それでも渋るように言葉を探すアマツマに、囁くようにつぶやいた。
「それとも、他に帰りにくい理由でもあるのか?」
「…………」
アマツマは――答えてこない。そっと視線を逸らすだけだ。居心地悪そうに身じろぎしてソファに座りなおすが、視線は一向に戻ってこない。
だがそれがもはや答えのようなものだろう。なんのかんのと言い訳しても、結局のところそれが理由だ。
ため息をついた。アマツマにとっては嫌な話になる、のだろう。
それでも話をしなければならない。
「親から学校に、電話があったとさ。家出したけど知らないかって。友達んちに泊まってるって伝えたら、納得はしたらしいけどな」
「…………」
「さすがに一日二日程度ならともかく、これからずっとってわけにはいかんだろ。どっかで帰ってしっかり話でもしないと、親父さんだって心配――」
「――あの人が心配なんてするはずないっ!!」
その言葉に――というよりは、その声量に。
驚いて、ぽかんとアマツマを見つめた。溜まっていたものが爆発した、というよりは反射で言い返した、そんな様子だ。アマツマも叫ぶつもりはなかったのか、呆然としているが。
だがハッと気がつくと、途端に彼女はうろたえ始めて――
「え。あ、い、いや、ごめん。違う、違うんだ。叫びたかったわけじゃなくて、あの……その……だから――」
「……夕飯どうする?」
「え……?」
それが見ていられなくて、ぽつりとヤナギは言葉を挟んだ。
「お前が寝てる間に肉じゃが作ってたんだけどな。どうせなら先に飯食うか」
「え、あ……」
戸惑いの声と気配を置き去りにして、キッチンに向かった。といってもそう遠い距離ではない。話せば聞こえる、その程度の遠さだ。
今必要なのはその距離と、わずかでも心を落ち着かせる時間だった。だから突拍子もないことを言って、アマツマを戸惑わせた。無言の十数秒で、うろたえていた気配も落ち着いてくる。
鍋の中の肉じゃがを温めようと火をつけながら、素っ気なく――なんてこともないことのように――訊いた。
「親と仲、よくないのか?」
返ってくる声は弱々しい。だが、無視もされなかった。
「どう、かな……よくはない、と、思う。あんまり、よく知らないし。会わないんだ……家にいないから」
「仕事が忙しいのか?」
「違うよ。帰ってこないんだ」
「帰ってこないって……二人ともか?」
共働きなのか――と考えて、そういえばとふと思い出した。
アマツマがカレーを食べていった日のことだ。家で夕飯が食べられなくなるぞと言ったとき、アマツマは「家に帰っても夕飯はない」と返してきた。あの時はすぐに流してしまったが、それが両親が家に帰ってこないという意味なら――
だが違った。
冷笑とともにアマツマが言ってきたのは、ヤナギの予想よりよっぽど厳しい現実だった。
「違うよ。帰ってこないのは父親。母さんは……もう死んじゃったから」
「……すまん」
「謝られるようなことじゃないよ。言ってなかったし」
と、思い出したかのように修正してくる。
「父親が帰ってこないっていうのは少し違うかな。ボクの家はあの人の家じゃないし、私とあの人は血が繋がってるだけで……家族じゃないから」
「……複雑な家族関係か?」
「どうだろ……わかんない。変なんだろうって気づいてはいたけど、比較しないようにしてたから。どれくらい変なのかってわかっても、ただ苦しいだけだろうし」
それからぽつりと、アマツマはこう訊いてきた。
「ねえ。ヒメノの家は、どんな感じ?」
「どんな感じって……難しい訊き方だな」
「はは、ごめん。だけど……ほかにどう訊けばいいか、わからなくて」
「……普通かどうかって話なら、まあ普通なんだろうな。転勤族の親父に、専業主婦の母親に、四つ年上のクソ兄貴の四人家族。親父は転勤で母親は親父に連れてかせたし、兄貴は大学行ってるから、今は家族バラバラだけど」
「……両親は、ヒメノに優しい?」
「わかんね。それこそ他の家がどうなのか知らんから比較できねえし。ただまあ不満らしい不満はねえかな。一人暮らしさせてもらってるし、必要な時以外はほっといてくれるし」
「……ほっといてほしいの?」
「四六時中一緒にいるよりかはな。自分の好きにやりたいから、どうでもいいことに口出しされたくないし」
「……そっか」
ため息のように、小さな声で。
アマツマはヤナギから視線を逸らして、虚空にこぼすように呟いた。
「いいな……キミが羨ましい」
「…………」
「そうしたら……ボクももう少し、普通の子みたいに……」
それ以上先の呟きは聞こえなかった。
火を消して、鍋の中の肉じゃがをお椀によそった。後はご飯と水を注いだコップを盆に乗せて、リビングに持っていく。
壁にかけてある時計を見やった。時刻は七時ほどだ。夕飯の時間としてはちょうどいいし……暗い話に一区切りつけたかった。暗い話を暗い気持ちのまましたって、ろくなことにならない。
テーブルの上に盆の上のものを並べていると、アマツマは不思議そうに口を開いた。
「今更だけど……なんで肉じゃが?」
「そういう気分だったんだよ。嫌いか? 肉じゃが」
「好きだよ? 好きだけど……男子が肉じゃが作るのって、なんか変な感じ。難しくなかった?」
「そーか? 言うほどでもないだろ? ほとんどカレーと同じ材料でいいし、作り方も似たようなもんだし」
「……肉じゃがの作り方って、カレーと似てたっけ? 大丈夫? それ」
「大丈夫ってなんだ、大丈夫って。こんなもん、それっぽい味ついてて食えりゃいいんだよ食えりゃ」
雑に言い返して唇を尖らせた。
男子高校生にいったい何を求めているというのか。美食家というわけでも、料理が趣味というわけでもなし。栄養価すらろくに考えない男子高校生の手料理など、この程度が関の山なのだ。
「おら、ごたごた言ってないでさっさと食え。うまいかどうかは知らんが、食える程度にはマズくないはずだぞ」
「……この作り方、家族に教わったの?」
「いや? ネットでレシピ探して、一番簡単そうなやつ選んだ。親から料理なんて習わんよ。そういうの、めんどくさい人だったし」
人にもよるのだろうが、ヤナギの母親は料理に関してはうるさいタイプだった。キッチンは母親の聖域で、うっかりいじろうものならやれ「勝手に動かすな」だの「使ったものは元の場所に戻せ」だのとグチグチ言われる。几帳面なのだ。雑なヤナギとは全く違う。
なんでそんなこと訊くんだ? と視線だけで問うと、だがアマツマはこちらの視線には気づかず、
「そっか……じゃあ、これがそのうち、ヤナギの家庭の味になるのかな」
「味付け、めんつゆと砂糖だけだぞ。それが家庭の味ってのも嫌なもんだと思うが……というか、なんでそんな話になった?」
「ふふ……さあ? なんでだろう?」
ごまかすように――あるいはからかうように。微笑んで、アマツマは「いただきます」と箸を取る。
別に必要もなかったのだが、ついヤナギはアマツマが肉じゃがを口に入れるまでを見届けた。不思議と緊張していることに気づいて、つい苦笑したくなった。適当なものを作っておいて、まずいと思われたくないと思ってる自分に気づいてしまった。
アマツマの感想は、これだった。
「素朴な味だね……」
「そりゃまあ簡単レシピだからな。マズかったら残していいぞ」
「ううん、おいしいよ。全部食べられる。食べるよ」
「……そうかい」
どう反応すればいいのかわからず、それだけ返して自分も夕飯を食べ始める。
それからしばらくは、無言の時間を過ごした。お互いに夕飯を食べきるまでの、無言の時間。テレビもつけなかったから、沈黙は静かに長く続いた。
食べ終えて最後に箸を置くと、それを区切りとするように、アマツマがぽつりと呟いた。
「ねえヒメノ。ボク、帰るよ」
「……大丈夫か?」
「どうだろ。でも、どうせあの人、もう家にいないだろうし。それに……ここに泊まり続けるわけにもいかないし、さ」
それで、とアマツマは申し訳なさそうに付け足して、
「悪いんだけど……服、貸してくれないかな」
「パジャマで帰るのはさすがに嫌か?」
「……うん」
気まずそうにうなずくアマツマに、苦笑を返した。
まあ構わないだろう。癪なことではあるが、アマツマとヤナギは背格好は似ている。身長もほとんど同じだ――アマツマのほうが少し大きいが。ものを選べば着れないこともないだろう……
と、そんなどうでもいいことを考えていた時だった。
「あと……ごめん。できれば、ついてきてほしい」
アマツマが、そんなことを言ってきたのは。
「そ、その言い方は直球過ぎないかな?」
「って言われても、それ以外に言いようがな」
リビングのソファで寝ぼけ眼のアマツマを半眼で見やって、ヤナギはそうぼやいた。
五分ほど前に起きたアマツマは、ヤナギがいることに気づいても慌てもしなかった。もはやパジャマを見られても気にもしていない。半日経って慣れたのか、はたまた寝てる間に羞恥心をなくしたのか。
どちらにしてもふてぶてしい居候をじっとりとした目で見つめると、流石に質問から逃げきれないと悟ったのだろう。気まずそうに言ってきた。
「いや、まあ、その……帰りにくくて……ほら、服……これだし」
そうしてアマツマは自分の胸のあたりを指さす。実際に示したかったのは寝間着だろうが。
確かに日中に寝間着で外出となれば目立つだろう。それを隠すためのカッパも、雨も降っていないのに着るのは変ではある。不審者とまでは言わないが、明らかに奇異に見られることだろう。
が、ヤナギはしれっと告げた。
「どうせ十分くらい恥かくだけだろ? 観念して行ってこいよ」
「ひ、他人事だからって、ずいぶんとひどい言い草じゃないかなそれは……?」
「んなこと言われたって、実際に他人事だしな」
それに、恥かくと言っても知らない相手に「なんであいつカッパ着てるんだ?」と思われる程度のことだ。大したことではない。それくらいアマツマもわかっているだろう。
それでも渋るように言葉を探すアマツマに、囁くようにつぶやいた。
「それとも、他に帰りにくい理由でもあるのか?」
「…………」
アマツマは――答えてこない。そっと視線を逸らすだけだ。居心地悪そうに身じろぎしてソファに座りなおすが、視線は一向に戻ってこない。
だがそれがもはや答えのようなものだろう。なんのかんのと言い訳しても、結局のところそれが理由だ。
ため息をついた。アマツマにとっては嫌な話になる、のだろう。
それでも話をしなければならない。
「親から学校に、電話があったとさ。家出したけど知らないかって。友達んちに泊まってるって伝えたら、納得はしたらしいけどな」
「…………」
「さすがに一日二日程度ならともかく、これからずっとってわけにはいかんだろ。どっかで帰ってしっかり話でもしないと、親父さんだって心配――」
「――あの人が心配なんてするはずないっ!!」
その言葉に――というよりは、その声量に。
驚いて、ぽかんとアマツマを見つめた。溜まっていたものが爆発した、というよりは反射で言い返した、そんな様子だ。アマツマも叫ぶつもりはなかったのか、呆然としているが。
だがハッと気がつくと、途端に彼女はうろたえ始めて――
「え。あ、い、いや、ごめん。違う、違うんだ。叫びたかったわけじゃなくて、あの……その……だから――」
「……夕飯どうする?」
「え……?」
それが見ていられなくて、ぽつりとヤナギは言葉を挟んだ。
「お前が寝てる間に肉じゃが作ってたんだけどな。どうせなら先に飯食うか」
「え、あ……」
戸惑いの声と気配を置き去りにして、キッチンに向かった。といってもそう遠い距離ではない。話せば聞こえる、その程度の遠さだ。
今必要なのはその距離と、わずかでも心を落ち着かせる時間だった。だから突拍子もないことを言って、アマツマを戸惑わせた。無言の十数秒で、うろたえていた気配も落ち着いてくる。
鍋の中の肉じゃがを温めようと火をつけながら、素っ気なく――なんてこともないことのように――訊いた。
「親と仲、よくないのか?」
返ってくる声は弱々しい。だが、無視もされなかった。
「どう、かな……よくはない、と、思う。あんまり、よく知らないし。会わないんだ……家にいないから」
「仕事が忙しいのか?」
「違うよ。帰ってこないんだ」
「帰ってこないって……二人ともか?」
共働きなのか――と考えて、そういえばとふと思い出した。
アマツマがカレーを食べていった日のことだ。家で夕飯が食べられなくなるぞと言ったとき、アマツマは「家に帰っても夕飯はない」と返してきた。あの時はすぐに流してしまったが、それが両親が家に帰ってこないという意味なら――
だが違った。
冷笑とともにアマツマが言ってきたのは、ヤナギの予想よりよっぽど厳しい現実だった。
「違うよ。帰ってこないのは父親。母さんは……もう死んじゃったから」
「……すまん」
「謝られるようなことじゃないよ。言ってなかったし」
と、思い出したかのように修正してくる。
「父親が帰ってこないっていうのは少し違うかな。ボクの家はあの人の家じゃないし、私とあの人は血が繋がってるだけで……家族じゃないから」
「……複雑な家族関係か?」
「どうだろ……わかんない。変なんだろうって気づいてはいたけど、比較しないようにしてたから。どれくらい変なのかってわかっても、ただ苦しいだけだろうし」
それからぽつりと、アマツマはこう訊いてきた。
「ねえ。ヒメノの家は、どんな感じ?」
「どんな感じって……難しい訊き方だな」
「はは、ごめん。だけど……ほかにどう訊けばいいか、わからなくて」
「……普通かどうかって話なら、まあ普通なんだろうな。転勤族の親父に、専業主婦の母親に、四つ年上のクソ兄貴の四人家族。親父は転勤で母親は親父に連れてかせたし、兄貴は大学行ってるから、今は家族バラバラだけど」
「……両親は、ヒメノに優しい?」
「わかんね。それこそ他の家がどうなのか知らんから比較できねえし。ただまあ不満らしい不満はねえかな。一人暮らしさせてもらってるし、必要な時以外はほっといてくれるし」
「……ほっといてほしいの?」
「四六時中一緒にいるよりかはな。自分の好きにやりたいから、どうでもいいことに口出しされたくないし」
「……そっか」
ため息のように、小さな声で。
アマツマはヤナギから視線を逸らして、虚空にこぼすように呟いた。
「いいな……キミが羨ましい」
「…………」
「そうしたら……ボクももう少し、普通の子みたいに……」
それ以上先の呟きは聞こえなかった。
火を消して、鍋の中の肉じゃがをお椀によそった。後はご飯と水を注いだコップを盆に乗せて、リビングに持っていく。
壁にかけてある時計を見やった。時刻は七時ほどだ。夕飯の時間としてはちょうどいいし……暗い話に一区切りつけたかった。暗い話を暗い気持ちのまましたって、ろくなことにならない。
テーブルの上に盆の上のものを並べていると、アマツマは不思議そうに口を開いた。
「今更だけど……なんで肉じゃが?」
「そういう気分だったんだよ。嫌いか? 肉じゃが」
「好きだよ? 好きだけど……男子が肉じゃが作るのって、なんか変な感じ。難しくなかった?」
「そーか? 言うほどでもないだろ? ほとんどカレーと同じ材料でいいし、作り方も似たようなもんだし」
「……肉じゃがの作り方って、カレーと似てたっけ? 大丈夫? それ」
「大丈夫ってなんだ、大丈夫って。こんなもん、それっぽい味ついてて食えりゃいいんだよ食えりゃ」
雑に言い返して唇を尖らせた。
男子高校生にいったい何を求めているというのか。美食家というわけでも、料理が趣味というわけでもなし。栄養価すらろくに考えない男子高校生の手料理など、この程度が関の山なのだ。
「おら、ごたごた言ってないでさっさと食え。うまいかどうかは知らんが、食える程度にはマズくないはずだぞ」
「……この作り方、家族に教わったの?」
「いや? ネットでレシピ探して、一番簡単そうなやつ選んだ。親から料理なんて習わんよ。そういうの、めんどくさい人だったし」
人にもよるのだろうが、ヤナギの母親は料理に関してはうるさいタイプだった。キッチンは母親の聖域で、うっかりいじろうものならやれ「勝手に動かすな」だの「使ったものは元の場所に戻せ」だのとグチグチ言われる。几帳面なのだ。雑なヤナギとは全く違う。
なんでそんなこと訊くんだ? と視線だけで問うと、だがアマツマはこちらの視線には気づかず、
「そっか……じゃあ、これがそのうち、ヤナギの家庭の味になるのかな」
「味付け、めんつゆと砂糖だけだぞ。それが家庭の味ってのも嫌なもんだと思うが……というか、なんでそんな話になった?」
「ふふ……さあ? なんでだろう?」
ごまかすように――あるいはからかうように。微笑んで、アマツマは「いただきます」と箸を取る。
別に必要もなかったのだが、ついヤナギはアマツマが肉じゃがを口に入れるまでを見届けた。不思議と緊張していることに気づいて、つい苦笑したくなった。適当なものを作っておいて、まずいと思われたくないと思ってる自分に気づいてしまった。
アマツマの感想は、これだった。
「素朴な味だね……」
「そりゃまあ簡単レシピだからな。マズかったら残していいぞ」
「ううん、おいしいよ。全部食べられる。食べるよ」
「……そうかい」
どう反応すればいいのかわからず、それだけ返して自分も夕飯を食べ始める。
それからしばらくは、無言の時間を過ごした。お互いに夕飯を食べきるまでの、無言の時間。テレビもつけなかったから、沈黙は静かに長く続いた。
食べ終えて最後に箸を置くと、それを区切りとするように、アマツマがぽつりと呟いた。
「ねえヒメノ。ボク、帰るよ」
「……大丈夫か?」
「どうだろ。でも、どうせあの人、もう家にいないだろうし。それに……ここに泊まり続けるわけにもいかないし、さ」
それで、とアマツマは申し訳なさそうに付け足して、
「悪いんだけど……服、貸してくれないかな」
「パジャマで帰るのはさすがに嫌か?」
「……うん」
気まずそうにうなずくアマツマに、苦笑を返した。
まあ構わないだろう。癪なことではあるが、アマツマとヤナギは背格好は似ている。身長もほとんど同じだ――アマツマのほうが少し大きいが。ものを選べば着れないこともないだろう……
と、そんなどうでもいいことを考えていた時だった。
「あと……ごめん。できれば、ついてきてほしい」
アマツマが、そんなことを言ってきたのは。
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