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1章 強制入学編

3-4 生き急ぎすぎなんだよ、バカタレが

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 ラウルの依頼はそこまで気乗りのするものでもなかったが。逆らう理由もなかったので、結局ムジカは素直に彼に従った。
 錬金棟を出ると、ラウルが手配していた小型のトレーラーでセイリオス外縁へと向かう。目的地は第七演習場らしい。戦闘科――ノブリスの訓練は場所を取るので、演習場は基本的に郊外に設置される。例外は中央演習場(正式には第一演習場と言うらしい)くらいのもので、あそこは基本的にイベント会場扱いのようだ。
 助手席からのんびりと街の景色を見つめていると、不意にラウルがぽつりと聞いてきた。

「学園生活は慣れたか?」
「……今のところはサッパリだな。自分の居場所じゃない感じがして、落ち着かない」

 傭兵稼業の時と同じだ。補給のために浮島に寄った時と。一時的な生活拠点としか見ていない。
 食料や日常品の他、<ナイト>の整備もあるので、浮島に寄った際にはなんだかんだで一週間くらいは動けなくなる。セイリオスに寄って今が大体一週間程だから、余計にそう感じるのだろう。
 異なるのはだというのに、外へと出ていく準備を全くしていないことだ。それがムジカには落ち着かない。
 こういうのを、なんと言うべきか――
 探り当てる前に、ラウルが答えを言ってきた。

「現実感がないか……まあ、そうだな。俺たちはこれまで放浪者だったからな。一所に固まる生活なんて、とんと送ってこなかった」
「リムのことを考えると、まあ悪くはない選択だったと思うけどな。命の危険もないし、毎日しっかり飯も食える。ちょうど育ち盛りだしな。もうちょい早く、この生活ができてたらなとも思う」

 年頃の少女が友人もなく、たった三人での共同生活というのは、決していい環境ではなかった。事情があっただけに避けられない選択ではあったが、それでもと思うことは避けられない。
 それを思えば、今の学園生活は限りなくベストに近い選択だと思えた。
 学園で学べば彼女なら別の道を切り開ける。錬金科に配属された以上、ノブリスに関わらない生活というのはほぼ無理だろう。だがノブリスの設計・開発者として学べば争いそのものからは遠ざかれる。決して悪い未来ではない――

「お前にとっては?」
「……俺にとっては……」

 問われ、ムジカは口を閉ざした。
 そういう話をしていたのだから、矛先が自分に来るだろうことも予想はできた。だが意外なほどに、言葉が出てこなかった。ごまかすための言葉すら思いつかなかった。
 逃げるように窓の外を見やれば、通り過ぎていく街の景色が目に映る。ちょうど食事時だからか、道を行く学生たちが多い。若い者しか見えないが、男もいれば女もいる。笑っている者がよく目に付くのは、ここが平和だからだろう。
 それを遠いと感じてしまうのは、自分がもう“そういったもの”を諦めてしまったからか。

「……難しいな」

 どうにか言葉を選びながら、ムジカは苦笑した。

「今更“これ”がお前の世界だと言われてもな。馴染める気がしない。戦ってるほうが気楽だし、性に合ってる。難しいよ。ここは自分の居場所じゃないって、そういう感覚が強い」
「お前はもうノーブルじゃないし、お前にもうその義務はない。戦わない道だって選んでいいと思うがな。そのための学園だろう?」
「だけど、戦うこと以外にできることもない――したいことも、するべきことも」

 そこがリムとの違いだろう。彼女は未来に生きることができる。それを望む権利がある。

(過去に囚われて、罪を犯した俺とは違って)

 自罰を求めているわけではないが。ムジカにはもう未来を見るほどの気力はない。七年前に一度失い、三年前には自分から捨てた。
 未来は二度、この手から離れた。その時に悟ったのだ。

 もう真っ当には生きられまいと――父が願ったようには生きられないと。

 だから、孤独な空に戦いを求めている。戦う理由もないままに、いつか果てる日を待ちわびるかのように。
 そんなムジカに、ラウルがぽつりと呟いた。

「――戦う以外の道を、選ぶ気はないのか」
「…………」
「……生き急ぎすぎなんだよ、バカタレが」

 ムジカは何も言い返さなかった。そのための言葉を思いつきすらしなかった。
 だから後は、第七演習場にたどり着くまで黙り込んだ。

 セイリオス外縁にある第七演習場は、外縁部にある通り、だだっ広いだけの空間だった。ノブリスの訓練以外には使い道もないような、本当に何もないグラウンドだ。
 講義までは時間があるはずだが、既に集まった生徒たちの姿がちらほらとある。グラウンドの中には<ナイト>級ノブリスを載せた大型トレーラー。既に講義の準備はあらかた終わっているらしい。
 生徒たちから離れた場所で乗っていたトレーラーを止めると、ラウルはムジカを降ろしてこう言った。

「俺は<ナイト>を降ろすから、先に生徒たちと合流しておけ」
「了解」

 短く返答して、ムジカは歩き出した。といって、仲間のように彼らに近づく気もあまりない。自分は錬金科で、彼らは戦闘科――つまりはノーブルだ。
 仲間ではないし、仲間とも思っていない。
 ここには彼らしかいないのだから、無関係を装うのも難しいだろうが。それでも他人のふりをしておきたかった――
 のだが。

「――あ、あれムジカじゃない?」
「え、うそ。どこどこ……あ、いた! おーい!!」
(……そういや、新入生向けの講義っつってたか?)

 聞き覚えのある声に呼ばれて、ムジカは眉間にしわを寄せた。
 声のほうを見やれば、そこにいたのは予想通りの赤毛のポニテ少女だった。ただ、もう一人は声こそ聞こえていたものの、予想外だったので首を傾げる。

「アーシャはともかく、なんでサジまでいるんだ?」
「あいさつ。あいさつ先にしなさいよあいさつ」

 面倒なアーシャはスルーして、サジに向き直る。
 横から無視されてグギギなオーラを垂れ流すアーシャに苦笑しつつ、サジは言ってきた。

「ボクらが所属してる研究班からお願いされててね。アーシャのデータ取りして来いってさ」
「データ取り?」
「ムジカも知ってるでしょ? 戦闘科の生徒は<ナイト>一機もらえるって。それの個人用カスタムのためのデータだよ。ノーブルの癖とか好みに合わせた調整ができるなら、その分パフォーマンスは上がるからね」
「へえ。ってことは、研究班もう決まったのか」
「うん。まあ、地元の集まりみたいなとこだけどね。今回は、その最初のお使いってわけ」

 なるほど、とムジカは納得した。
 アルマの研究班は新造のためか、今のところ戦闘科の生徒と契約していない。それもあって忘れがちだが、本来なら研究班は戦闘科と手を組んでノブリスの整備を請け負うのが普通だという。知識では知っていたが、どうにも意識していなかった。
 もちろん、この連携は錬金科にも益がある。具体的には自分たちが受け入れたノブリスの実働データとテスターの確保だ。自分たちの調整結果のフィードバックを受け取れたり、新開発したモジュールのテストを依頼できる。なのでこの関係は基本的に、持ちつ持たれつでなりたっている、らしい。
 と、今度はサジのほうから聞いてくる。

「そういうムジカは、何の用事でここに? ノーブルのスカウト?」
「いや? というか、なんだ? そのスカウトって」

 意味がわからずに首を傾げる。と、サジは説明の代わりに、演習場の外のほうを指さした。第一演習場と違って観客席などはないのだが、なぜかそこには一団が待機している。
 雰囲気や顔つきを見る限り、上級生が多いようだが。

「あれは?」
「錬金科の各研究班。と、連携してる上級生のノーブルたち。目的は、有望株の引き抜きだよ」
「――都合のいい相手を探してるのは、あたしたちだけじゃないってわけ」

 これはアーシャの補足。だがそれでようやくムジカも理解した。
 質のいいデータは、質のいいノーブルからとれる。当たり前の話だ。だから、スカウトとはつまり、自分たちの研究班と組んでほしいノーブル探しだ。戦闘科の新入生が都合のいい研究班を探しているのと同じように、あちらも都合のいい新入生を探しているというわけだ。
 本来なら、アルマ班も何かやるべきなのかもしれないが……

(ま、アルマが何も言ってこないならほっといていいか。テスターなら俺でもできるわけだし――)

 と。
 ふとうなじに突き刺さるものを感じて、ムジカは小さく横へと身をかわした。
 動き自体はそう大きくはない。なんとなく立ち位置を変えてみた、その程度に見えたはずだ。
 その元居た場所を、誰かが通る――ムジカが移動していなければ、突き飛ばされていただろう近さで。
 肩を怒らせて風を切っていったのは、自分とそう変わらない歳の少年だった。
 その瞳には明確な悪意。意図的にぶつかって突き飛ばすつもりだったのだろう。だがムジカが避けるとは思っていなかったのか、舌打ちすると忌々しそうに言ってきた。

「――邪魔だよ、平民。隅に寄っててくれないか」

 そうしてこちらが何か言い返すよりも早く、さっさと歩きだす。
 あまりに唐突な横暴に、しばし全員が呆然とする。最初に復帰したのはアーシャだった。

「ちょっと、何それ! 何様のつもりよ!! 通路じゃないんだから自分でよけなさいよ!!」

 背中に叫ぶが、少年は聞きもしない。聞こえていないはずもないが、無視を決め込んで遠くのノーブルたちに合流する。

「何よアレ。何様のつもりなのよ。あったまくるなーもう」
「まあ、ああいうのもいるにはいるよ。なんだかんだ言って、ノーブルが偉いこと自体は事実なんだし。他の島じゃ階級制度が生きてるところもあるみたいだから……」

 貴族が身分ではなく役割になったとしても。あるいは貴族がその役割故に平民より上位の存在とみなされるのは、ある意味当然のことではある――この空では、ノーブルに頼らなければ生きていけないのだから。
 王家を排したことで、かつての貴族はその権利の後ろ盾を喪失した。だがそれで貴族が消えるわけでもなければ、こなすべき仕事がなくなるわけでもない。
 王に任命された貴族たちが、王家が排された後も“役割”として残ったのは、彼らがその責務を全うし続けたからだ。
 だから、と言ってしまうと雑なまとめだが。浮島によっては貴族を身分としても上位存在として扱うところもなくはない。王家がない今では、我らこそが王だとのたまうノーブルもままいる。

「――ノーブルだから、何してもいいってわけ?」

 だが、アーシャはぴしゃりと言ってのけた。

「ノーブルってそういうんじゃないでしょ。“顔も見えない誰かのために”、戦うことが私たちの本懐よ。平民だから見下していいなんて馬鹿げた発想、どっから出てくるのよ。なにを勘違いしたらあんなこと言えるの? あーもー腹立つな――……?」

 と、そこでアーシャが言葉を詰まらせた。
 彼女が今見ていたのは、ムジカだ。同意か何か、とりあえず反応を期待していたらしい。だがムジカは何も言わず、ただ去っていく背中を見つめていた。

「……ムジカ?」

 どこか不安そうに名を呼ぶアーシャに。空虚な気分で、静かに囁いた。

「……ああいうの」
「……え?」
「ああいうの、やっぱりどこにでもいるんだな」

 わかり切っていたことだ。傭兵を続けていた頃も――その前も、ああいう奴らはどこにでもいた。
 かぶりを振って、この気持ちをどこかへと追いやる。
 そうしてため息をついて、いつものように皮肉げに呟いた。

「この島に来てから、ろくでもない奴とばっか出会ってる気がする」
「ねえ、喧嘩売ってる? あたしの顔見てそれ言うってことは、喧嘩売ってるってことでいいのよね?」

 組んだ手の指をぽきぽき鳴らしながら、いい笑顔でアーシャが笑う。サジは困ったように頬をかいているが、関わる気はなさそうだ。こっそりため息をついているところまで見えた。
 と――その辺りで、遠くから声が聞こえてくる。
 ラウルの声だった。

「――新入生たち、集合しろ。講義を始めるぞ」
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