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1章 強制入学編

7章幕間

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「……勝った?」

 夕焼けに染まった空に、ぽつりとアーシャはそれだけを呟いた。
 赤い日差しの中、空を舞うのは銀の砂。光を乱反射してキラキラと、空を幻想的に彩る。
 アーシャの見つめるその先に、佇んでいるのはたった一機――夕焼けに赤く照らされた、黒い<ダンゼル>だけだった。
 と。

『こちらセイリオス管理者直属、ラウル傭兵団。東部空域、敵殲滅せり。状況終了を報告する。以上』

 普段よりも硬質で、冷たく威圧的なリムの声。同時にこれまで視界の片隅に映されていた、東部空域の中継映像も終了した。後に残るのは、本来の襲撃である北部の戦闘だけだ。
 戦闘の様子は……と確認して、アーシャはため息をついた。
 状況は既に佳境だった。小型メタルの大多数が駆逐済み。戦場の中央で、一際激しく<ナイト>が一機、暴れている。誰かはわからないが、そのノーブルが主体となって戦場の流れを変えたようだ。
 そしてその、更に遠く。超大型メタルは健在だが――銀色の装甲は既にクレーターだらけで、勝勢は火を見るよりも明らかだ。
 その超大型メタルの正面に、一機のノブリスがガン・ロッドを構えた。
 生徒会長のノブリスだ。名前も知らない<マーカス>級。彼女の愛機が、超大型にその銃口を突き付け――ガン・ロッド、最大出力。
 銃口が大きく変形し、その中から閃光があふれ出す――

『――消えなさい』

 その声が、聞こえたはずもないが。
 その直後に、<ナイト>のモニターが真っ白に漂白された。
 空の一区画を埋め尽くす、<マーカス>級の最大出力。音すらも漂白して、何もかも全てを薙ぎ払い――閃光が消え去れば、後には何も残らない。

『レティシア・セイリオスが超大型を討ち取った!! 各員、あともう少しだ!!』

 奮起を促す指揮者の声。にわかに中継映像の中で、ノーブルたちが勢いづいた。
 と。

『……これで、終わりですね』

 同じものを見たのだろう。通信越しに、リムがぽつりと言ってくる。
 それと同時に、<ナイト>のモニターに警告が表示された。データリンクの解除がどうのと表示された後、モニターに表示される情報が急に減っていく。なんだかよくわからなかったが、リムがやっていたらしい何らかの支援が今終わったらしい。
 と、思い出して慌てて言った。

「リムちゃん、ありがとう……おかげで、みんなを助けられたよ」

 これは今言わなければならないことだ。そう思うと、自然と感謝は言葉になった。
 だが通信の先で、リムは何かに呆れたようだった。

『あなたは……
「え? うん。そうだけど……何か、変?」
『いいえ。正直、仲良くなりたくないなと思っただけです……私とあなたは相性が悪いようなので』
「ええ、なんで!? 今いい仕事してたじゃない! コンビネーションばっちりだったでしょ!? 相性悪くないよ!?」
『仕事は仕事です。私が指示してあなたがこなす。そこに相性は関係ありません。私が言っているのは性格の話で――……はあ。時間の無駄ですね、この話』
「……なんでリムちゃん、今日は当たりが強いのー……?」

 嘆いても、リムは全く拾ってくれない。塩対応とはこれだろう。これまでの態度からの今日という、唐突な変化に戸惑いを隠せない。何か、どこかで間違えたのだろうか。まったく心当たりはないのだが。
 だが一方で、こうも思う――自分はこの少女に、一歩近づいたのではないかと。
 彼女の“今”は、彼女がこれまで見せてこなかった一面だ。礼儀正しい他人行儀よりも、こちらのほうが親しみを覚えるのはなぜだろう。

『そんなことよりも――兄さん。戦闘は終わりました。戻りましょう』
「……そんなこと……」

 あるいは逆に、一歩遠ざかったのかもしれないが。
 とにもかくにも、これで戦いは終わりだ。終わったのだ。この後にはまた事後処理があるのだろうが、今はまあ、いい。そんなことよりも、この勝利に浸っていたかった。戦いの終わりの実感を、もう少しだけ感じていたかった――
 が、ふと感じた違和感に眉根を寄せた。

『……兄さん? 兄さん、応答してください。兄さん――』
「……ムジカ?」

 こちらからも声で呼びかける。
 <ダンゼル>は変わらず、そこにあり続けていたが。名を呼んでも、ムジカは何の反応も見せない――いや。

 

 フライトグリーヴ、ブーストスタビライザーが機能停止。完全な機体異常。だというのにムジカはそのまま身じろぎもせず、空から落ちていく――

『――兄さん!?』
「っ、リムちゃん、急いで!!」

 アーシャの<ナイト>はもう飛べない。足はこのフライトシップしかない。気づいたリムが全力でフライトシップを駆けさせる。
 風を切って、フライトシップがムジカを追う。落下するムジカの先に大地はない。ここでその手を掴めなければ――ムジカはこの空から落ちる。人の生きていけない大地へと。

(そんなのは、ダメッ――!)

 それでは勝ったとは言えない。この勝利を喜べない。
 フライトシップがムジカの落下先に滑り込む。タイミングはギリギリ。アーシャはその場で両腕を広げた。
 そして全身で、ズタボロの<ダンゼル>を抱きとめた。
 叩きつけるような衝撃に、全身が軋む。衝撃に体が吹き飛んで、甲板の欄干に叩きつけられた。バイタルガード越しに伝わる痛みに呼吸が止まる。
 それでも、ムジカを離さなかった。
 やがて、フライトシップが急減速。声はその途中で聞こえた。
 
『アーシャさん――兄さんは!?』
「だ、大丈夫……どうにか、受け止められた……」
『………………よかった』

 まったくだ。リムの安堵の声に、心の底からそう思う。
 最後の最後で、本当に人騒がせなことをする。接触できたことで、<ダンゼル>越しにムジカの状態も確認できた。
 何故かライフサポートシステムが機能してないせいで、どうにもわからない部分が多いが……ステータスは、ノーブルのスリープを表明している。
 つまり、寝ているらしい。あるいは、緊張の糸が切れたせいで気絶したのか。なんにしても、命に別状はないようだ。
 改めて、アーシャはムジカの<ダンゼル>の様子を見やった。元々装甲がほとんどないという無茶なノブリスだったが、最後の大型メタルへの突撃が相当な無茶だったのだろう。ところどころフレームが歪んで、もはや原形をとどめていない。魔道機関やブースター、フライトグリーヴも相当な無茶をさせたのか、焦げ付いた嫌な匂いが辺りに漂っていた。
 だが、やり切ったのだ。
 ほとんどたった一人で、このセイリオスの危機を救った。できるはずがないと諦めていた、アーシャの目の前で。
 だから、思わず呟いていた。

「悔しいなあ……」

 ズルいと思うし、やられた、とも思う。
 あの“憧れ”だったノーブルよりも鮮烈に、魅せられた。そして見せつけられた。
 そっと、<ダンゼル>のバイザーを外してムジカの顔を見る。といって、疲労困憊の様子で眠るムジカの様子は、決して安らかとは言えなかったが。
 それでもそれは、やり遂げた少年の顔だったから。

「悔しいくらい……かっこよかったなあ……」

 アーシャはそれを、素直に認めた。
 追いかけてきた“憧れ”に、そうしてもう一人を付け加える。この人みたいになりたいと――追いつきたいと、願う背中にこの少年を。
 そうして小さくため息をつくと、リムに呟いた。

「……リムちゃん。帰ろっか」
『…………』
「リムちゃん?」
『いいえ、なんでも……
「ふえ? 敵?」

 辺りを見回すが、メタルの姿はどこにもない。もし敵がまだいるのなら、この状況は一大事に違いないのだが。
 きょとんとリムに確かめるが、彼女はそれ以上何も言ってはこなかった。そのせいで余計に意味がわからず、アーシャは混乱するのだが。
 もうそろそろ、夕日も地平線に落ちる。
 夜を迎えるより早く、フライトシップはセイリオスへと戻っていった。
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