君を妻にしたかった。

あんころ餅

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冷たい視線

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 この物語に王子様は存在しない。存在するのは、高い塔に囚われた奴隷と、奴隷を愛した醜い男だけ。
 リーリエは、湯気の立ち上る広い大理石の浴槽に浸かり、手のひらを椀のようにして白濁色の湯をすくった。深い菫色の瞳は潤み、象牙色の長い髪の毛はしっかりと頭上にまとめられている。
 静かな満月の夜。暗い空の上に浮かんだ蒼月は、怪しくも美しく光り輝いている。この領はヴェルディニス帝国内では有数の豪雪地帯、極寒の地であるが、城の中はそれが嘘であるかのように暖かった。
「ふぅ……」
 小さく息を漏らして、リーリエは頭を浴槽の縁に乗せた。リーリエ一人のために作られた、リーリエ一人には広すぎる湯殿。湯気が入口の前を遮っているが、脱衣所と、扉の前にはたくさんのメイドたちがじっと佇んでいる。ここの湯殿はこの城の主とその息子たちも使うが、頻度は少なく、たいていリーリエと”遊ぶ”ときだ。
 熱い湯に沈んだ身体は曲線に囲まれており、ほんのりと朱に染まっている。若々しい肌は湯を弾き、滑らかな白色を讃えていた。白濁の湯からは甘い香りが漂い、リーリエの形の良い鼻の中を突き抜けていく。そのかぐわしい匂いにほう、と小さな唇から吐息が漏れた。
 リーリエの祖国、神聖王国は倍以上の国力と軍事力を有するヴェルディニス帝国に戦いを挑み、ひとたまりもなく敗戦した。当時、リーリエ等修道女も従軍看護師として使役され、国のために兵士を癒やしていた。しかし、敗戦後、女子の従軍看護師は戦場に取り残され、ヴェルディニス帝国の軍人たちに捕らえられた。
 女子の捕虜はまとめて宮殿へ連れて行かれ、美しい娘は後宮の女奴隷として献上される。他の器量の悪い女子は軍人に下賜されるのだ。言葉で言い表せないほどの美貌を有しているはずだが、将軍といえど一軍人であるこの城の主に下賜されたリーリエは、特例中の特例であった。
「リーリエ様、旦那様がお見えになりました。そろそろ、お上がりになりますか?」
 メイドたちは尋ねるが、そこにリーリエの意志はない。リーリエがここで、「まだ入ってたい」と駄々をこねようと、メイドたちは懇切丁寧に、かつ強制的にこの城の主人の目の前にリーリエを連れ出すだろう。
「はい、上がります……」
 ならば、素直に従ったほうがいい。リーリエは立ち上がると、籠の中に畳まれているタオルを取り、軽く水滴を拭った。
 湯から上がったリーリエの髪の毛をメイドたちは丁寧に乾かしていく。
 別のメイドたちは、ランジェリーを持ってくると、早急に着付けていった。リーリエの乳房をカップの中に入れ、足を上げさせてショーツを履かせる。ブラジャーはシンプルに、薄桃色の布地にフリルやリボンが控えめに繕われていた。ショーツも同じように見えたが、しかし、ショーツは割れ目の部分に裂け目が入っており、わざわざ脱がなくても性交ができるようになっている。高級売春宿の売女たちが好んで着用する代物だった。裂け目以外は至って普通のショーツであったが、それがかえって恥ずかしくてたまらなかった。
 メイドたちはその上から、桃色のベビードールを着せていく。胸元から腹部まで切れており、背中もぱっくりと開き、腕や肩もすべて露わになっている。瑞々しい白磁の肌が、薄く透けた布地の奥から主張してしまっていた。まだ十五歳になったばかりのリーリエには、肌面積が広すぎるような服装だが致し方ない。リーリエの主人はこういった装いを好むため、それに対してとやかく口出しすることは、例えリーリエでも許されていない。メイドたちはベビードールと同じ色のガーターベルトも加えた。
 次は化粧を施していく。薄く下地をつけ、筆で唇に紅を塗り、白粉をはたいていく。長い象牙色の髪の毛を高い位置でポニーテールにすると、毛先を緩く巻いた。それらを真っ赤なリボンで止める。すると、幼い少女が一気に優美な娘に変わった。
 メイドたちは恍惚とした表情で完成したリーリエを見つめた。同性のメイドたちでさえも、見惚れてしまうほど美麗な少女だ。まだ年相応なあどけない所作や表情も、少女の魅力を引き出すことに一役買っている。どの男も女も、少女の伏し目がちの紫水晶の瞳と、バターをじっくりと溶かしたような長い髪に目を奪われることだろう。
 それほどまでに、少女は美しかった。
 しかし、ずっと見ているわけにもいかない。この少女を、この城の主に捧げなくてはならない。リーリエは怪物への生贄となったのだ。メイドたちは絹布と綿でできたふかふかのスリッパを用意すると、リーリエの前に差し出した。
「さ……リーリエ様、旦那様の元へお行きましょう」
「はい……」
 リーリエは絹布を羽織らせてもらい、スリッパを履かせてもらうと、メイドたちに促されるまま部屋を出る。長い廊下の壁には大きな窓が嵌められているが、今は真紅のカーテンによって遮られている。
 いつもの廊下を歩いて、数分経った。この城の中で唯一の白い扉の前で、メイドたちは恭しく頭を下げるとドアノブを握る。ここに、この城の主がいるのだ。リーリエは固唾を飲み込んだ。身体の毛が徐々に逆だってくる。犯されている最中は一切感じない拒絶が、リーリエの心に渦巻いているのだ。
 しかし、無常にもそのときは来る。メイドたちは扉を開け、リーリエに中に入るよう言った。リーリエは絹布とスリッパをメイドたちに預けると、部屋に足を踏み入れる。
 部屋は可愛らしい装飾品に埋め尽くされていた。首に桃色のリボンが巻かれている、リーリエの背丈ほどはある大きなテディベアの近くには、白いグランドピアノが置かれている。壁にはピンクローズを描いた絵画が金色の額縁に入れられている。主人好みのドレスがたくさん入ったクローゼット。部屋の隅に寄せられた、未だに開封されていない大量のプレゼントボックス。暗い部屋に優しく朧げな光を灯すランプ。リーリエのために作られた部屋はこの城の主人の次に広く、彼女一人ではとても扱いきれない。
 しかし、そのような愛らしい部屋に似つかない無骨な男が、これまた愛らしい天蓋付きのベッドの上に腰掛け、リーリエを見つめていた。
 中央に鎮座しているベッドの上に、男は腰掛けていた。よく日に焼けた褐色肌だが、顔の半分は火傷によって赤黒く変色している。いつもは後ろで撫でつけられている白髪混じりの黒髪は、今は下ろされている。青色の目は片目だけ抉れ、唇は内蔵のような紅色が異常な色彩を放っていた。元は精悍な顔つきだっただろうに。長い戦争による疲労、そしてそれに伴う憎悪によって、男は自身の容姿を無残にも切り捨てられたのだ。コートかけにかけられた立派な黒と金の外套には、いくつもの勲章が携わっていた。この男がどれだけ辛く厳しい道を歩んできたのか、歩まざるを得なかったのか、それは、幼い少女にも痛いほどよくわかっていることだった。
 そして、この男がどれだけ少女に欲情しているのかも、少女はよく理解していた。
「エーデルヴァルトさま……」
 少女は鈴の鳴るような声で、男の名前を呼んだ。男は満足げに頷くと、ぐい、とその欲望の塊をさらに雄々しくさせた。
 男は醜悪な容貌を晒し、美しい少女に、その太く、血管が浮き出た腕を差し出す。胸元を押さえながら、少女は男の膝の上に乗った。少女が両足で床に立っていても、ベッドにどっかりと腰掛けている男のほうが背が高い。そのため膝に乗っても、少女が男の背を越すことはなかった。ちょうど、男の胸に少女が顔が来る。綿のシャツを羽織っただけの厚い胸板に擦り寄ると、少女は上目遣いで男を見つめた。
 その潤んだ瞳、風呂上がりのしっとりとした少女の柔らかく白い肢体、自分と同じ人間とは思えないほど美しい少女__。
 男は興奮覚めやらぬまま少女の肩を掴むと、唇を落とした。今夜も、少女の白磁の肌に、男の毒牙がかかる__。
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