君を妻にしたかった。

あんころ餅

文字の大きさ
4 / 4

閑話 息子

しおりを挟む
 男がこの城を去り、再び皇帝のいる宮殿へ行ってしまった。少女は窓際に座り、軽く食事をとっていた。膝の上には、三匹のケセランパセランが眠っている。この部屋は少女のための部屋だが、少女が座るための椅子やテーブルは、一組しか用意されていない。それ以外はすべて男のものといわんばかりに、大きな作りをしていた。
 バターが塗られた丸いパンに、ミモザサラダ、ミルクティー。少女が修道女だった頃とは比べ物にならないほど、上質な素材が使われていることがわかる。しかし、メニューは変わらない。男はそういうところがあった。
 柔く形の良い唇が、美しく歪められる。窓の外は雪で覆われており、見ることができなかった。少女はケセランパセランを撫で、彼らを寝床に移した。
 魔物は恐ろしい存在だが、こういった小さく、愛らしい魔物は愛玩動物として飼われることもあった。持ってきたのは男だが、ケセランパセランたちは男が苦手なのか、部屋を訪れるとすぐに寝床に隠れてしまう。生まれたときから人に飼育され、人に慣れた魔物でもない限り、魔物は自分よりも強い人物を警戒する。ケセランパセランたちも同様に、少女にばかり懐いた。
 そんな少女に這い寄る影が一つ。
「リーリエ、おはよう。今日もいい天気だね」
「マティアスさま」
 少女が振り返ると、扉を背にしている見た目は青年のように若々しい男性がいた。名前はマティアスといい、エーデルヴァルトの一番目の息子にあたる。男の同じように身長が高く、しかし肩幅や筋肉は露骨に隆起していない。横に伸びた瞳孔がまるで山羊や蛸のよう。男と同じ軍人であるにも関わらず、魔物の討伐は滅多に参加せず、常に男の息子という立場に甘える遊び人だが、リーリエに対しては全く別の仮面をつけていた。
 マティアスはいつものようにリーリエの足元に跪き、その小さな手を取る。洗練された紳士の動きと、愛しいものを求める獣のような欲求がないまぜになった、ある種下品な行動。
「君は変わらず美しい……。父上に抱かれるには、君はあまりに可憐で無垢だ」
 歯の浮くような使い古された言葉に、リーリエは眉を下げて微笑んだ。男の目の前にいる少女と、マティアスの目の前にいるリーリエは、まるで別人のように異なっていた。
 やはりというべきか、どんな人間の目にも、少女は純粋無垢な穢れのない聖女のように映ってしまうのだ。愛する男の御前では、高級娼婦もかくやと思われるほどの痴態を晒し、男のそれを好物のように舐めしゃぶるなど、とても想像できない。
 一般的な乙女がするべきではないことを、男の強要されるわけでもなく行う少女と、マティアスの厚顔無恥な誘惑を困ったように見つめるリーリエは、違う存在なのだ。
「リーリエ、僕が贈ったドレスはまだ開封していないのかい? 君のために、仕立て屋を国中奔走させたのに」
 彼女が身を包んでいるのは、落ち着いた深紅色に、胸元は大胆に開き、裾や襟にはクリーム色のフリルが揺れる可愛らしくも妖艶なドレス。型はどこか古風で、スカートがボリューミーである。男がわざわざ少女に似合うように作らせたのだという。男が少女に贈るものは、そういったものが多かった。
 対して、マティアスが贈ったドレスは、外の世界での流行と思しきシルエットがすっきりとしたドレス。純白の布地に、黒いリボンがよく映えている。
 リーリエはふと、思い出したかのように、クローゼットの奥の方に意識を飛ばしていた。
「いいえ、マティアスさま。先日はとても美しいドレスを、ありがとうございます。うれしかったです」
「そう。着てはみたのかい?」
「申し訳ありません。着用はしておりません」
 マティアスは露骨に髪をかき上げた。彼の母の癖だったと、男がしきりに言っていたことを思い出す。男の最初の妻__いわゆる、第一夫人であった彼女は、男が第二夫人を連れてきたとき、第五夫人を閨に誘ったとき、そんな仕種を繰り返したのだという。リーリエにとっては、顔も見たことのない第一夫人。恨みもなければ、憎しみもない。
 マティアスは、自分こそが悪い魔法使いから、お姫様を救う王子様だと思っているのだ。王子のように着飾った仮面の裏から垣間見える、劣情に塗れた悪魔の顔が、恐ろしくてたまらない。
「お姫様、いかがなさいました?」
 悪魔はいつものように好青年の仮面をつけたように、少女もリーリエの仮面をつける。
「いえ、なんでも」
 唇を尖らせた仮面は、可憐な様子で首を横に振った。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

【魔法少女の性事情・1】恥ずかしがり屋の魔法少女16歳が肉欲に溺れる話

TEKKON
恋愛
きっとルンルンに怒られちゃうけど、頑張って大幹部を倒したんだもん。今日は変身したままHしても、良いよね?

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

殺されるのは御免なので、逃げました

まめきち
恋愛
クーデターを起こした雪豹の獣人のシアンに処刑されるのではないかと、元第三皇女のリディアーヌは知り、鷹の獣人ゼンの力を借り逃亡。 リディアーヌはてっきりシアンには嫌われていると思い込んでいたが、 実は小さい頃からリディアーヌ事が好きだったシアン。 そんな事ではリディアーヌ事を諦めるはずもなく。寸前のところでリディアーヌを掠め取られたシアンの追跡がはじまります。

淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫

梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。 それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。 飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!? ※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。 ★他サイトからの転載てす★

英雄騎士様の褒賞になりました

マチバリ
恋愛
ドラゴンを倒した騎士リュートが願ったのは、王女セレンとの一夜だった。 騎士×王女の短いお話です。

処理中です...