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閑話 息子
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男がこの城を去り、再び皇帝のいる宮殿へ行ってしまった。少女は窓際に座り、軽く食事をとっていた。膝の上には、三匹のケセランパセランが眠っている。この部屋は少女のための部屋だが、少女が座るための椅子やテーブルは、一組しか用意されていない。それ以外はすべて男のものといわんばかりに、大きな作りをしていた。
バターが塗られた丸いパンに、ミモザサラダ、ミルクティー。少女が修道女だった頃とは比べ物にならないほど、上質な素材が使われていることがわかる。しかし、メニューは変わらない。男はそういうところがあった。
柔く形の良い唇が、美しく歪められる。窓の外は雪で覆われており、見ることができなかった。少女はケセランパセランを撫で、彼らを寝床に移した。
魔物は恐ろしい存在だが、こういった小さく、愛らしい魔物は愛玩動物として飼われることもあった。持ってきたのは男だが、ケセランパセランたちは男が苦手なのか、部屋を訪れるとすぐに寝床に隠れてしまう。生まれたときから人に飼育され、人に慣れた魔物でもない限り、魔物は自分よりも強い人物を警戒する。ケセランパセランたちも同様に、少女にばかり懐いた。
そんな少女に這い寄る影が一つ。
「リーリエ、おはよう。今日もいい天気だね」
「マティアスさま」
少女が振り返ると、扉を背にしている見た目は青年のように若々しい男性がいた。名前はマティアスといい、エーデルヴァルトの一番目の息子にあたる。男の同じように身長が高く、しかし肩幅や筋肉は露骨に隆起していない。横に伸びた瞳孔がまるで山羊や蛸のよう。男と同じ軍人であるにも関わらず、魔物の討伐は滅多に参加せず、常に男の息子という立場に甘える遊び人だが、リーリエに対しては全く別の仮面をつけていた。
マティアスはいつものようにリーリエの足元に跪き、その小さな手を取る。洗練された紳士の動きと、愛しいものを求める獣のような欲求がないまぜになった、ある種下品な行動。
「君は変わらず美しい……。父上に抱かれるには、君はあまりに可憐で無垢だ」
歯の浮くような使い古された言葉に、リーリエは眉を下げて微笑んだ。男の目の前にいる少女と、マティアスの目の前にいるリーリエは、まるで別人のように異なっていた。
やはりというべきか、どんな人間の目にも、少女は純粋無垢な穢れのない聖女のように映ってしまうのだ。愛する男の御前では、高級娼婦もかくやと思われるほどの痴態を晒し、男のそれを好物のように舐めしゃぶるなど、とても想像できない。
一般的な乙女がするべきではないことを、男の強要されるわけでもなく行う少女と、マティアスの厚顔無恥な誘惑を困ったように見つめるリーリエは、違う存在なのだ。
「リーリエ、僕が贈ったドレスはまだ開封していないのかい? 君のために、仕立て屋を国中奔走させたのに」
彼女が身を包んでいるのは、落ち着いた深紅色に、胸元は大胆に開き、裾や襟にはクリーム色のフリルが揺れる可愛らしくも妖艶なドレス。型はどこか古風で、スカートがボリューミーである。男がわざわざ少女に似合うように作らせたのだという。男が少女に贈るものは、そういったものが多かった。
対して、マティアスが贈ったドレスは、外の世界での流行と思しきシルエットがすっきりとしたドレス。純白の布地に、黒いリボンがよく映えている。
リーリエはふと、思い出したかのように、クローゼットの奥の方に意識を飛ばしていた。
「いいえ、マティアスさま。先日はとても美しいドレスを、ありがとうございます。うれしかったです」
「そう。着てはみたのかい?」
「申し訳ありません。着用はしておりません」
マティアスは露骨に髪をかき上げた。彼の母の癖だったと、男がしきりに言っていたことを思い出す。男の最初の妻__いわゆる、第一夫人であった彼女は、男が第二夫人を連れてきたとき、第五夫人を閨に誘ったとき、そんな仕種を繰り返したのだという。リーリエにとっては、顔も見たことのない第一夫人。恨みもなければ、憎しみもない。
マティアスは、自分こそが悪い魔法使いから、お姫様を救う王子様だと思っているのだ。王子のように着飾った仮面の裏から垣間見える、劣情に塗れた悪魔の顔が、恐ろしくてたまらない。
「お姫様、いかがなさいました?」
悪魔はいつものように好青年の仮面をつけたように、少女もリーリエの仮面をつける。
「いえ、なんでも」
唇を尖らせた仮面は、可憐な様子で首を横に振った。
バターが塗られた丸いパンに、ミモザサラダ、ミルクティー。少女が修道女だった頃とは比べ物にならないほど、上質な素材が使われていることがわかる。しかし、メニューは変わらない。男はそういうところがあった。
柔く形の良い唇が、美しく歪められる。窓の外は雪で覆われており、見ることができなかった。少女はケセランパセランを撫で、彼らを寝床に移した。
魔物は恐ろしい存在だが、こういった小さく、愛らしい魔物は愛玩動物として飼われることもあった。持ってきたのは男だが、ケセランパセランたちは男が苦手なのか、部屋を訪れるとすぐに寝床に隠れてしまう。生まれたときから人に飼育され、人に慣れた魔物でもない限り、魔物は自分よりも強い人物を警戒する。ケセランパセランたちも同様に、少女にばかり懐いた。
そんな少女に這い寄る影が一つ。
「リーリエ、おはよう。今日もいい天気だね」
「マティアスさま」
少女が振り返ると、扉を背にしている見た目は青年のように若々しい男性がいた。名前はマティアスといい、エーデルヴァルトの一番目の息子にあたる。男の同じように身長が高く、しかし肩幅や筋肉は露骨に隆起していない。横に伸びた瞳孔がまるで山羊や蛸のよう。男と同じ軍人であるにも関わらず、魔物の討伐は滅多に参加せず、常に男の息子という立場に甘える遊び人だが、リーリエに対しては全く別の仮面をつけていた。
マティアスはいつものようにリーリエの足元に跪き、その小さな手を取る。洗練された紳士の動きと、愛しいものを求める獣のような欲求がないまぜになった、ある種下品な行動。
「君は変わらず美しい……。父上に抱かれるには、君はあまりに可憐で無垢だ」
歯の浮くような使い古された言葉に、リーリエは眉を下げて微笑んだ。男の目の前にいる少女と、マティアスの目の前にいるリーリエは、まるで別人のように異なっていた。
やはりというべきか、どんな人間の目にも、少女は純粋無垢な穢れのない聖女のように映ってしまうのだ。愛する男の御前では、高級娼婦もかくやと思われるほどの痴態を晒し、男のそれを好物のように舐めしゃぶるなど、とても想像できない。
一般的な乙女がするべきではないことを、男の強要されるわけでもなく行う少女と、マティアスの厚顔無恥な誘惑を困ったように見つめるリーリエは、違う存在なのだ。
「リーリエ、僕が贈ったドレスはまだ開封していないのかい? 君のために、仕立て屋を国中奔走させたのに」
彼女が身を包んでいるのは、落ち着いた深紅色に、胸元は大胆に開き、裾や襟にはクリーム色のフリルが揺れる可愛らしくも妖艶なドレス。型はどこか古風で、スカートがボリューミーである。男がわざわざ少女に似合うように作らせたのだという。男が少女に贈るものは、そういったものが多かった。
対して、マティアスが贈ったドレスは、外の世界での流行と思しきシルエットがすっきりとしたドレス。純白の布地に、黒いリボンがよく映えている。
リーリエはふと、思い出したかのように、クローゼットの奥の方に意識を飛ばしていた。
「いいえ、マティアスさま。先日はとても美しいドレスを、ありがとうございます。うれしかったです」
「そう。着てはみたのかい?」
「申し訳ありません。着用はしておりません」
マティアスは露骨に髪をかき上げた。彼の母の癖だったと、男がしきりに言っていたことを思い出す。男の最初の妻__いわゆる、第一夫人であった彼女は、男が第二夫人を連れてきたとき、第五夫人を閨に誘ったとき、そんな仕種を繰り返したのだという。リーリエにとっては、顔も見たことのない第一夫人。恨みもなければ、憎しみもない。
マティアスは、自分こそが悪い魔法使いから、お姫様を救う王子様だと思っているのだ。王子のように着飾った仮面の裏から垣間見える、劣情に塗れた悪魔の顔が、恐ろしくてたまらない。
「お姫様、いかがなさいました?」
悪魔はいつものように好青年の仮面をつけたように、少女もリーリエの仮面をつける。
「いえ、なんでも」
唇を尖らせた仮面は、可憐な様子で首を横に振った。
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