この手に“力”を、心に責任を――王都冒険譚

しらすの灯

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第十話 切磋琢磨の日々

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訓練場の空気は、朝の冷たい風で張り詰めていた。まだ陽が登りきらない時間、土の香りと新しい一日の始まりの気配に包まれている。

私、セレナ。昨日、ようやくスキル付与の儀式を終え、いよいよ本格的な訓練が始まる。

「スキルを使いこなせる冒険者になる」――そんな夢が、今日こそ本当のスタートを切る。

準備運動もそこそこに、バランさんが大きく手を叩いた。

「さて。今日は実際に“見せてやる”ところから始めるか!」

バランさんの声は朝の空気を切り裂くみたいに響く。

その瞬間、サラもハルートも、ほんの少し背筋を伸ばした。

「セレナ、サラ、よく見ておけよ。ハルート、お前は勝手に始めてろ」

「わかった」

ハルートはもう既に、端っこで一人黙々と剣を振っている。その姿は、余計な雑音を拒むような鋭さ。

「まずは――《クイック・ステップ》!」

バランさんは一歩、私の前に出た。

その大きな体が一瞬揺らいだかと思った瞬間、私の視界から消えて――

「うわっ!」

背後から声がした。

振り向くと、バランさんが涼しい顔で私の後ろに立っている。

「これが移動スキルの基本だ。“一瞬で相手の死角に入る”。イメージをしっかり持て!」

まるで、目の前の空間が一瞬ねじ曲がったみたいだった。

(……本当に、一瞬で動いた?)

「次だ!」

バランさんはその場に置かれた鎧のついた木製の人形に歩み寄った。

右拳を握ると、その手からオーラのようなものが滲む。

「《パッシブ・全身強化》――ッ!」

ごう、と空気がうねる音。

バランさんがそのまま人形の胸板を思い切り殴りつける。

「どごっ!」

分厚い鎧が、ぐしゃりと音を立てて凹んだ。木の骨組みがメリメリと悲鳴を上げる。

私は目を丸くした。

「筋力も防御も俊敏も、“一気に底上げ”できる。……ただし、無茶はするなよ」

これだけで冒険者の頂点に立てるんじゃないか、と思うくらいの破壊力だった。

「……そして、攻撃スキルだ」

バランさんが木剣を持つ。

静かに目を閉じ――

「《アーツ・スラッシュ》!」

次の瞬間、空間を切り裂くような音とともに、鋭い斬撃が光の帯となって的へと走る。

「ズバァン!」

的は、風に吹き飛ばされた紙のように後方へ吹っ飛んでいった。

「……な、なんなの、これ……」

ぽかんと口を開ける私。その横で、サラも呆れたような感嘆の息を漏らした。

「……バランさん、やっぱりすごい……でも、あそこまでは普通できないから」

サラが、そっと耳打ちしてくれる。

「セレナ、落ち込まなくていいよ。あれは、バランさんが“規格外”なんだから」

「そ、そうなの……?」

ホッと胸を撫で下ろす。だけど、それでも――“あんな風になれたら”って、どこかで憧れてしまう。

「――じゃあ次は、お前らの番だ!」

バランさんが振り返って叫ぶ。

私はサラと目を見合わせ、小さく頷いた。

まずは移動スキル。剣を握り、深呼吸をして――

「《クイック・ステップ》!」

……。

……。

……何も起きない。

「あれ?」

「セレナ、“イメージ”が足りてないかも。頭の中で“瞬間移動する自分”を、もっと強く思い浮かべて」

サラが優しく助言してくれる。私は頷いて、再び構え直す。

(私は、速く動く。目の前の相手の後ろに、影のように滑り込む――)

「《クイック・ステップ》!」

……やっぱり、足がもつれて転びそうになるだけだった。

「焦らなくていい。私も最初は全然できなかったから」

サラが優しい笑顔で支えてくれる。その隣、ハルートはちらりと私を見て、またすぐに訓練へ戻ってしまった。

*  *  *

「よし、実戦形式でやってみるか。まずは“模擬戦”だ!」

バランさんが宣言し、私たちは武器を手にして向かい合う。

最初の相手は、ハルート。

「セレナ、手加減はしない。お前も本気で来いよ」

「う、うん……!」

私はショートソードを構え、ハルートは短剣を構える。互いに一歩踏み込むタイミングをうかがう。

(落ち着け……! リーチならこっちが有利。間合いを詰めさせなければ――)

ハルートが素早く間合いを詰めてくる。私は体をひねって、ぎりぎりのところで攻撃を受け流す。

彼の動きは鋭い。でも、どこか“本気”を出していないような……

「……思ったより、やるな」

ハルートがポツリとつぶやく。

私は必死に、彼の短剣が届かない距離を保ち続けた。

何度か斬り合いを繰り返した末、バランさんが「ストップ!」と声をかける。

「いいぞ、セレナ。武器の長さを活かしてる。ハルートも油断してるとやられるぞ?」

「ちっ……」

ハルートがわずかに悔しそうに舌打ちする。

(やった……!)

*  *  *

次の対戦はサラ。

サラの武器は細身の槍。私はショートソード。

今度は逆に、リーチ差で苦戦する番だった。

(くっ……距離を詰めたいけど、槍が壁みたいに立ちはだかる……)

サラは軽やかな足さばきで間合いをコントロールし、私が近づこうとすると即座に突きで牽制してくる。

「やるね、セレナ。じゃあ、次は――スキル、使うよ?」

「えっ……!」

サラが軽く息を吸い、槍を強く握った。

「《パッシブ・全身強化》!」

目の前で、サラの身体からほのかなオーラが立ち上る。

その瞬間、サラの動きが一段階速くなった。槍の突きがまるで残像を引くように迫ってくる。

「うわっ、速っ……!」

必死に受け止め、かわすが、全然追いつかない。

気付けば私は、あっという間にサラの攻撃の波に飲み込まれていた。

「ごめんね、ちょっと本気出しちゃった」

バランさんが笑いながら声をかける。

「サラ、よくやった。スキルを使えば、こうも違うもんだ」

私は地面に手をついて、肩で息をしながら天を仰いだ。

「はぁ、はぁ……すごいな、サラさん……」

サラは少し照れ臭そうに微笑んだ。

*  *  *

バランさんが腕をぶんぶん振りながら歩み寄る。

「よし、次はオレァとだ! セレナ、行くぞ!」

「えっ……!? い、いや、その、さすがにそれは……!」

バランさんの視線がギラリと光る。

「せっかくだ、全力で――」

「待ってください!」

サラが、間に割って入った。

「セレナが的みたいになってもいいなら止めませんけど……たぶん、明日歩けなくなりますよ?」

的を見ると、さっきバランさんが粉々にしたまま、哀れな姿で転がっている。

「……や、やっぱり遠慮しておきます!」

私は全力で首を振った。

バランさんは「ちぇっ」と舌打ちし、肩をすくめて歩き去った。

「……助かったぁ」

安堵の息が漏れる。

「絶対に、バランさんと模擬戦しないこと。それが訓練場の鉄則ね」

サラが真剣な顔で釘を刺す。

「う、うん、絶対に……!」

私はすぐさま頷いた。

*  *  *

訓練が終わると、サラが近寄ってきた。

「セレナ、スキルに関しては私が先輩だから、分からないことがあったら何でも聞いて。バランさんの説明、分かりにくいでしょ?」

「うん、ほんとに助かる……ありがとう、サラさん」

柔らかな春の光の中、私たちは互いに笑い合った。

――まだスキルは使えないけど、この場所で、仲間と一緒に成長していける気がした。

(つづく)
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