この手に“力”を、心に責任を――王都冒険譚

しらすの灯

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第十五話 王都の日常

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久しぶりにぐっすり眠った朝――なんて言いたいけど、目覚めたのは、窓から差し込む眩しい陽射しと、宿の廊下を駆け抜ける足音だった。

「ドンドンドン!」

扉を叩く音で、私の意識は完全に覚醒した。

――まずい、寝過ごした!

慌てて跳ね起きると、ドアの向こうからサラの明るい声。

「セレナ、起きてる? もうすぐ依頼の集合時間だよ!」

続いてハルートの呆れたような低い声も聞こえる。

「ったく……夜中に自習なんかしてるからだろ。早くしろ、間に合わなくなるぞ」

時計を見ると、集合時間まであと10分しかない。

私は慌てて制服に袖を通し、ぼさぼさの髪を片手でまとめながら階段を駆け下りる。

宿主のおばさんがカウンター越しに笑っている。

「今日も忙しいね、セレナちゃん。ほら、忘れ物ないように!」

「はいっ、ありがとうございます!」

剣も装備も慌てて身につけながら、私は宿の扉に向かって駆け出した。

靴紐を結びながら外に飛び出すと、窓越しにサラとハルートが苦笑いで見送っている。

「またギリギリか……」

「まったく、朝は弱いんだから……」

そんな声も背中で聞き流しながら、とにかくギルドへと急ぐ。

王都の朝の街並みは、もうすっかり活気に満ちていた。

パン屋からは香ばしい匂いが漂い、市場では野菜を売る声が響いている。

私はその中を縫うように走った。

◆ ◆ ◆

ギルドの扉を勢いよく開けると、目の前には仁王立ちしたアリアナ。

腕組みして、完璧な"お姉さん顔"だ。

「お・そ・い!」

「ご、ごめんなさい……」

息を切らしながら謝る私を見て、アリアナは呆れたような表情を浮かべる。

「時間を守れない人は、仕事も任せられないんだから!」

アリアナの小言ラッシュが止まらない。

「昨日も注意したばかりでしょう? 冒険者として最低限のマナーよ!」

「それに、みんなに迷惑をかけるっていう自覚はあるの?」

私は頭を下げながら心の中で(またか……)とため息。

でも、なんだか憎めない。

アリアナも本当に私のことを心配してくれているのが分かるから。

「今日の依頼だけど……ふふん。あなたには特別に"お似合い"の仕事を用意してあげたわ!」

アリアナがニヤニヤしながら依頼書を差し出す。

私がそれを見ると、顔が青ざめた。

「え、雑用ばっかりなんだけど……」

「倉庫整理、街の清掃、貧民街の巡回……どれも立派な仕事よ」

「だって向いてるじゃない。ほら、裏の倉庫整理もお願いね!」

ニヤニヤ顔のアリアナを睨みつけると、ちょうど後ろからオリヴィアが現れる。

「アリアナ?」

その瞬間、アリアナの顔色が青ざめる。

さっきまでの高慢な態度が嘘みたいに小さくなり――

「オ、オリヴィアさん!? い、今のは……」

「前にも言ったわよね。他人に自分の仕事押し付けちゃ駄目って」

オリヴィアはとても優しい顔でアリアナの肩に手を置く。

でも、その眼差しには有無を言わせない威厳があった。

「セレナは確かに遅刻癖があるけど、それと仕事の内容は別でしょう?」

「は、はい……」

アリアナは子犬のようにしゅんとしながら、ギルドの奥へ連れて行かれる。

「ご、ごめんなさい……セレナ、後でちゃんとした依頼を用意するから……」

私はその後ろ姿を見て、思わずお腹を抱えて笑った。

「アリアナ、ほんと素直じゃないな……」

でも、憎めないんだよね。

◆ ◆ ◆

結局、今日の依頼は、雑用に始まり、街のちょっとしたトラブル対応、貧民街の巡回――どれも地味だけど、人の役に立っている実感がある。

午前中の倉庫整理では、古い装備品や書類を分類した。

ほこりまみれになりながらも、サラとハルートが手伝ってくれて、思ったより早く終わった。

「ありがとう、二人とも」

「お疲れさま。チームワークが大事だからね」

サラが汗を拭きながら微笑む。

ハルートも、普段は無表情だけど、今日は少し満足そうに見える。

「たまには、こういう地味な作業も悪くないな」

街のトラブル対応では、迷子になった子供を探したり、喧嘩の仲裁をしたり。

直接戦闘に関わることは少ないけど、住民の人たちが「ありがとう」と言ってくれる度に、心が温かくなる。

貧民街の巡回では、困っている人がいないかチェックして回った。

ここは王都の中でも特に治安が悪い場所だから、定期的な巡回が必要なんだそうだ。

「気をつけて歩くのよ」

サラが注意深く周りを見回しながら言う。

「ここは昼間でも危険な場所があるから」

実際、路地の奥で怪しげな人影を見かけることもあった。

でも、私たちが制服を着て歩いているだけで、トラブルの抑制効果があるらしい。

お昼になると訓練場に集合。

バラン教官が大きな声で技の説明を始めるけど――

「――コツは"どーん"と構えて、"がしっ"と押し込んで、"バァン!"ってやる!」

「え、ど、どーん……?」

私は目を白黒させる。

バランの説明は相変わらず擬音ばっかりで分かりづらい。

「バランさん、もう少し具体的に説明してもらえませんか?」

「具体的って……今ので十分分かりやすいだろ?」

バランが不思議そうな顔をする。

本人は真剣に説明しているつもりらしい。

すかさずサラが耳打ちしてくれる。

「大丈夫、セレナ。私も最初は意味分かんなかったから。実践のほうが覚えやすいよ」

「そうそう、バランの説明は感覚で理解するしかないんだ」

ハルートも苦笑いしながら同意する。

みんなで笑いながら訓練を続ける。

剣を振る音、仲間の掛け声、汗の匂い。

木剣同士がぶつかる乾いた音が、訓練場に響く。

私はまだスキルが使えないから、基本的な剣技の練習ばかりだ。

でも、少しずつ上達している実感はある。

サラとの模擬戦では、以前より長く戦えるようになった。

ハルートとの訓練では、彼の動きを読めるようになってきた。

"こんな日常が、ずっと続けばいいのに"――ふと、そう思う自分がいた。

バランの大雑把な指導、サラの分かりやすい解説、ハルートの不器用な優しさ。

アリアナの小言も、オリヴィアのやわらかな微笑みも――

どれも私にとって、かけがえのない"居場所"だ。

◆ ◆ ◆

訓練が終わった後、私たちは訓練場の端で休憩していた。

「今日もお疲れさま」

サラが水筒を差し出してくれる。

「ありがとう」

冷たい水が、汗をかいた体に染み渡る。

「セレナも、だんだん強くなってきたな」

ハルートが珍しく褒めてくれた。

「本当?」

「うん、最初の頃と比べたら、見違えるようよ」

サラも頷いてくれる。

嬉しい。

でも、それでも――私はまだ、スキルをひとつも使いこなせていない。

焦りがないと言えば嘘になる。

周りのみんなは、それぞれスキルを習得して、着実に成長している。

私だけが、まだスタートラインに立てていない。

だけど、今はそれよりも、"ここ"にいられる幸せの方が大きい。

みんなと一緒に笑って、一緒に汗を流して、一緒に成長していく。

そんな毎日が、とても大切に思える。

(私……強くなれるかな。みんなと一緒に、笑い合って……このまま、いつか妹のもとへ帰れる日が来るのかな)

妹のことを思うと、胸が少し痛む。

でも、きっと大丈夫。

こうやって仲間と一緒に頑張っていれば、いつか必ず強くなれる。

そして、故郷に帰って、妹を救うことができる。

そう信じたい。

◆ ◆ ◆

夕方になって、今日の活動が終了した。

みんなでギルドに戻って、報告書を提出する。

「今日もお疲れさまでした」

オリヴィアが優しく微笑んでくれる。

「セレナも、だんだん慣れてきたみたいね」

「はい、みなさんのおかげです」

「それは良かった。でも、無理は禁物よ」

オリヴィアの言葉には、いつも温かさがある。

まるで、本当のお姉さんのように。

アリアナも、昼間の件を謝ってくれた。

「ごめんね、セレナ。つい、意地悪しちゃって」

「いいよ、気にしてない」

「でも、これからはちゃんとした依頼を用意するから」

アリアナの素直さが、可愛らしく見える。

ギルドを出ると、王都の街は夕焼けに染まっていた。

石畳の道に、長い影が伸びている。

商店街では、一日の商売を終えた人たちが片付けをしている。

宿屋や酒場からは、賑やかな声が聞こえてくる。

帰り道。

夕焼けに染まる王都の空の下、私は小さく手を伸ばしてみた。

――幸せのかけらを、そっと握りしめるように。

「また明日もよろしく」

「うん、こちらこそ」

サラとハルートと別れて、私は宿屋に向かった。

今日も一日、充実していた。

特別なことがあったわけじゃない。

でも、仲間と一緒に過ごす時間は、とても貴重に感じられる。

これが、私の新しい日常なんだ。

◆ ◆ ◆

宿屋に帰ると、宿主のおばさんが温かく迎えてくれた。

「お帰り、セレナちゃん。今日も一日お疲れさま」

「ただいま戻りました」

「夕食はどうする? 今日は特別にシチューを作ったんだよ」

「お願いします」

食堂で一人、シチューを食べながら、私は今日のことを振り返った。

朝の慌ただしさ。

アリアナの小言。

オリヴィアの優しさ。

仲間たちとの訓練。

どれも、かけがえのない思い出だ。

……そういえば、今日の訓練場の隅で、ハルートがほんの少し暗い顔をしていたこと。

その時の私は、全然気づかなかった。

みんなで笑い合っている時も、彼だけは少し距離を置いているように見えた。

でも、きっと彼なりの性格なんだろうと思って、深く考えなかった。

もしかしたら、何か悩みがあったのかもしれない。

でも、その時の私には、そこまで気を回す余裕がなかった。

後悔は、あとになって、心の底から染みてくる。

でも、この瞬間だけは――私は間違いなく、幸せだったのだ。

仲間がいて、居場所があって、目標に向かって歩んでいる。

それだけで、十分に幸せだった。

明日も、また新しい一日が始まる。

きっと、今日と同じような平和な日常が続くだろう。

そう信じて、私は眠りについた。

窓の外では、王都の夜が静かに更けていく。

街灯の明かりが、石畳を優しく照らしている。

遠くで夜警の足音が響いて、安心感を与えてくれる。

こんな平和な夜が、いつまでも続けばいいのに。

そんなことを思いながら、私は深い眠りに落ちていった。

明日への希望を胸に抱いて――。

(つづく)
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