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第十四話 勇者像と王都の記憶
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王都の空は、少し白っぽい雲に包まれていた。
いつもの巡回の時間――今日はハルートと組んで、街の広場まで歩いてきた。
この広場は、王都の中心。
昼間は商人の掛け声や子どもたちの笑い声が響き渡るけれど、夕方になると急に静けさが広がる。
私はふと、広場の真ん中に立つ巨大な像に目を奪われた。
鋼の鎧を纏い、長剣を天に掲げている――堂々たる男性像。
(……ずっと気になってたんだよね)
「ねえ、ハルート。この像……誰の像?」
思いきって尋ねると、隣で歩いていたハルートが一瞬立ち止まった。
普段は皮肉屋で、あまり歴史とか語りそうにない彼だけど、今日はなぜか、真剣な顔つきで像を見上げる。
「……知らなかったか。こいつは“勇者クリストファー”の像だ」
「勇者……クリストファー?」
「そう。昔、この王都が魔物に襲われて、もう終わりかって時に――このクリストファーって男が、たった一人で最前線を押し上げたんだ。おかげで王都は滅びずに済んだ。今の“オリエンテ要塞”ができたのも、そのおかげ」
ハルートの声がどこか遠くを見ているようで、私は思わず聞き入る。
「すごい人だったんだね。……でも、なんだかこの像、少し寂しそうに見える」
「……そりゃそうさ」
ハルートは口を閉じ、少しだけ俯く。
やがて、ぽつりぽつりと語りはじめる。
「クリストファーは、魔物を倒して王都を救った。だけど……全てを救えたわけじゃない。王都に残ったのは、たくさんの“失われた命”と、“悲しみ”だった。
人々は悲しみをどうしていいかわからず……結局、全部“勇者”にぶつけたんだ」
「……え?」
「みんな、身近な人を亡くしてた。誰も魔物を恨んでどうにもならない。でも、目の前に“巨大な力”を持つ勇者がいる。『お前がもっと早ければ』『お前がもっと強ければ』って、無茶苦茶なことまで言われて……」
私は息をのむ。
クリストファー像の表情が、ほんの少し、憂いを帯びているように見えた。
「それで……どうなったの?」
「民衆の憎しみを煽った貴族がいた。王家はもう力を失ってて、誰も止められなかった。結局、勇者は“死刑”になったんだ。
たった一人で国を救った英雄が、最後は民衆の手で処刑された」
「……そんな……」
「皮肉なもんだよな」
ハルートはわざとらしく肩をすくめてみせたけど、横顔は少しだけ悲しそうだった。
「そのあと、また魔物が王都に攻めてきた。でも、勇者はいなくて……今度は大勢が犠牲になった。それで初めて、人々は自分たちの愚かさに気づいた。
だから、こうして像が建てられてる。あの日を、二度と忘れないために」
私は像の足元に近づき、金属のプレートに目を凝らす。
そこには――クリストファーの“最期の言葉”が刻まれていた。
『力は誰かのために振るうもの。しかし、その力が全てを救えるとは限らない。
それでも、私は――』
「……力って、難しいんだね」
思わず、ぽつりとこぼす。
「そうだな。正義も、責任も……結局、“誰かのため”に戦った奴ほど、最後は孤独になるのかもしれない」
「ハルートは……怖くないの? 正義とか、力とか」
彼は一瞬黙り、空を見上げた。
「怖いさ。でも、俺は……正しいと思ったことしかやらない」
「……うん。私も――」
(私も、妹のために強くなりたい。でも、“全部を救う”ことはできないって、今ならわかる気がする)
「ねえ、ハルート。この像が建ってる理由、教えてくれてありがとう」
私がそう言うと、彼は照れくさそうにそっぽを向く。
「……別に。知ってるやつ、少ないからな。
セレナ、お前……正義感は強いけど、無茶しすぎんなよ?」
「うん、大丈夫。私、無理しないって決めてるから……たぶん」
「“たぶん”かよ……」
そう言って、ハルートは苦笑い。
私は思わず、笑ってしまった。
夕暮れの広場。
勇者の像の影が、長く地面に伸びている。
私たちは、その足元で、しばらく黙って立ち尽くした。
王都の歴史――それは、“力を持つ者”の孤独と、責任の重さ。
でも、私たちの歩みは、まだ始まったばかり。
(勇者がたどり着けなかった“本当の救い”を、私は――見つけたい)
空には、明日へと続く夕焼けの光。
その下で、私はもう一度、妹のブローチをそっと握りしめた。
(つづく)
いつもの巡回の時間――今日はハルートと組んで、街の広場まで歩いてきた。
この広場は、王都の中心。
昼間は商人の掛け声や子どもたちの笑い声が響き渡るけれど、夕方になると急に静けさが広がる。
私はふと、広場の真ん中に立つ巨大な像に目を奪われた。
鋼の鎧を纏い、長剣を天に掲げている――堂々たる男性像。
(……ずっと気になってたんだよね)
「ねえ、ハルート。この像……誰の像?」
思いきって尋ねると、隣で歩いていたハルートが一瞬立ち止まった。
普段は皮肉屋で、あまり歴史とか語りそうにない彼だけど、今日はなぜか、真剣な顔つきで像を見上げる。
「……知らなかったか。こいつは“勇者クリストファー”の像だ」
「勇者……クリストファー?」
「そう。昔、この王都が魔物に襲われて、もう終わりかって時に――このクリストファーって男が、たった一人で最前線を押し上げたんだ。おかげで王都は滅びずに済んだ。今の“オリエンテ要塞”ができたのも、そのおかげ」
ハルートの声がどこか遠くを見ているようで、私は思わず聞き入る。
「すごい人だったんだね。……でも、なんだかこの像、少し寂しそうに見える」
「……そりゃそうさ」
ハルートは口を閉じ、少しだけ俯く。
やがて、ぽつりぽつりと語りはじめる。
「クリストファーは、魔物を倒して王都を救った。だけど……全てを救えたわけじゃない。王都に残ったのは、たくさんの“失われた命”と、“悲しみ”だった。
人々は悲しみをどうしていいかわからず……結局、全部“勇者”にぶつけたんだ」
「……え?」
「みんな、身近な人を亡くしてた。誰も魔物を恨んでどうにもならない。でも、目の前に“巨大な力”を持つ勇者がいる。『お前がもっと早ければ』『お前がもっと強ければ』って、無茶苦茶なことまで言われて……」
私は息をのむ。
クリストファー像の表情が、ほんの少し、憂いを帯びているように見えた。
「それで……どうなったの?」
「民衆の憎しみを煽った貴族がいた。王家はもう力を失ってて、誰も止められなかった。結局、勇者は“死刑”になったんだ。
たった一人で国を救った英雄が、最後は民衆の手で処刑された」
「……そんな……」
「皮肉なもんだよな」
ハルートはわざとらしく肩をすくめてみせたけど、横顔は少しだけ悲しそうだった。
「そのあと、また魔物が王都に攻めてきた。でも、勇者はいなくて……今度は大勢が犠牲になった。それで初めて、人々は自分たちの愚かさに気づいた。
だから、こうして像が建てられてる。あの日を、二度と忘れないために」
私は像の足元に近づき、金属のプレートに目を凝らす。
そこには――クリストファーの“最期の言葉”が刻まれていた。
『力は誰かのために振るうもの。しかし、その力が全てを救えるとは限らない。
それでも、私は――』
「……力って、難しいんだね」
思わず、ぽつりとこぼす。
「そうだな。正義も、責任も……結局、“誰かのため”に戦った奴ほど、最後は孤独になるのかもしれない」
「ハルートは……怖くないの? 正義とか、力とか」
彼は一瞬黙り、空を見上げた。
「怖いさ。でも、俺は……正しいと思ったことしかやらない」
「……うん。私も――」
(私も、妹のために強くなりたい。でも、“全部を救う”ことはできないって、今ならわかる気がする)
「ねえ、ハルート。この像が建ってる理由、教えてくれてありがとう」
私がそう言うと、彼は照れくさそうにそっぽを向く。
「……別に。知ってるやつ、少ないからな。
セレナ、お前……正義感は強いけど、無茶しすぎんなよ?」
「うん、大丈夫。私、無理しないって決めてるから……たぶん」
「“たぶん”かよ……」
そう言って、ハルートは苦笑い。
私は思わず、笑ってしまった。
夕暮れの広場。
勇者の像の影が、長く地面に伸びている。
私たちは、その足元で、しばらく黙って立ち尽くした。
王都の歴史――それは、“力を持つ者”の孤独と、責任の重さ。
でも、私たちの歩みは、まだ始まったばかり。
(勇者がたどり着けなかった“本当の救い”を、私は――見つけたい)
空には、明日へと続く夕焼けの光。
その下で、私はもう一度、妹のブローチをそっと握りしめた。
(つづく)
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