この手に“力”を、心に責任を――王都冒険譚

しらすの灯

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第二十六話 覚悟の芽生え

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翌朝、私は何となく宿屋を出ていた。

どこに行くという目的があったわけじゃない。

ただ、部屋にいると息が詰まりそうで、外に出たくなったんだ。

足の向くまま、王都の街を歩いていく。

昨日と同じように、街は平和で、人々は普通に生活している。

でも、私には何もかもが遠く感じられた。

まるで、ガラス越しに世界を見ているような感覚。

自分だけが、別の場所にいるような気がした。

気がつくと、騎士団本部の前にいた。

オリヴィアの遺体が、この中にあるのかもしれない。

でも、アリアナに会う気力はなかった。

何を話していいのか、分からない。

そのまま、騎士団本部を通り過ぎる。

◆ ◆ ◆

しばらく歩いていると、見覚えのある場所に出た。

あの路地裏だった。

オリヴィアが殺された現場。

なぜここに来たのか、自分でも分からない。

ただ、気がついたらここにいた。

路地の入り口で立ち止まる。

もう血痕は片付けられているだろうけど、あの光景がありありと思い浮かぶ。

ハルートの冷たい表情。

オリヴィアの最期の声。

そして――

「来ると思っていた」

後ろから声がした。

振り返ると、アランが立っていた。

黒い外套を着て、いつものように落ち着いた表情をしている。

でも、今の私には、彼と目を合わせることができなかった。

私は何も言わずに、その場にしゃがみ込んだ。

地面を見つめながら、小さくなるように座り込む。

アランと向き合う勇気がなかった。

強い人と、弱い自分を比べてしまうから。

それに――

「アランが犯人だったら、良かったのに」

私は地面に向かって、小さくつぶやいた。

「何?」

「アランが犯人だったら……こんなに辛くなかったかもしれない」

アランが私の隣にしゃがみ込む。

「どういう意味だ?」

「知らない人が犯人だったら、憎むことができた。でも、ハルートは……仲間だった」

涙が出てきた。

「一緒に訓練をして、一緒に笑って、一緒に過ごした人だった。そんな人が、人を殺していたなんて」

「セレナ……」

「私、今まで何をしていたんでしょう。ハルートがおかしいって、薄々気づいていたのに、見て見ぬふりをしていた」

私は自分への怒りと悔しさで、拳を握りしめた。

「今の日常を壊したくなくて、真実から目を背けていた。そんな自分が情けない」

アランがため息をついて、私の隣に座った。

「お前が守りたかったのは、今までの日常だったのか?」

「はい……」

「お前は俺に初めて会ったとき、何て言った?」

アランの問いに、私は少し考えた。

「妹を守りたいからです……って」

「そうだ。お前の目的は、妹を守るための力を求めてここに来たんだろう?」

アランがブローチを取り出す。

私が最初に彼に見せた、妹の形見のブローチだった。

「今までの日常は通過点なんだ。そんな所で止まっていたら、スキルなんて使えっこないだろう」

「でも、オリヴィアさんも、サラさんも、みんな大切です」

「そうだな。それも大事なことだ」

アランが少し考えてから、続けた。

「でも、そうやって迷いがあると、本当に一番大事なものを見失ってしまう」

「一番大事なもの……」

「スキルが使えるようになったら、お前はここを旅立つんだろう。妹を助けるために」

確かに、そうだった。

私の最終目標は、故郷に帰って妹を助けることだった。

王都での生活は、そのための手段でしかないはずだった。

「お前がしなければならないことは、スキルを使えるようになること。そして、覚悟を決めることだ」

アランの声が、少し厳しくなる。

「恐怖を乗り越え、弱さを認め、今までの日常を忘れられない自分を変えてみせろ」

「でも、私……妹も大事だけど、みんなも大事なんです」

私の本音が出た。

確かに妹は大切だ。

でも、王都で出会った人たちも、同じくらい大切になっていた。

「でも、私弱いし、流されやすいし……」

自分の情けなさが嫌になる。

「みんなを守れるなら、あの日々は要らない! とにかく強くなりたいんです!」

私はアランの手を掴んで、叫んだ。

心の底から、そう思った。

平和な日常よりも、大切な人たちを守る力が欲しい。

弱い自分を変えたい。

強くなりたい。

その瞬間――

「めちゃくちゃだな」

アランが苦笑いを浮かべる。

「でも、お前の握る力が異常なものに変わったな」

「え?」

私は自分の手を見た。

確かに、アランの手を握る力が、今までとは全然違う。

「どうやら、能力向上スキルが発動できたようだな」

「スキルが……?」

私は立ち上がって、体を動かしてみた。

明らかに、今までとスピードが違う。

力も、反射神経も、すべてが向上している。

「すごい……本当にスキルが使えるようになった」

「スキルを使うには、それぞれ覚悟が決まっていないと発動できないんだ。お前は心から変わりたいと思ったことで、覚悟が決まったんだろう」

「覚悟が大事なんですね」

「知らなかったのか?」

アランが少し驚いたような顔をする。

確かに、バランからはそんな話を聞いたことがなかった。

「指導者によって、教え方が違うからな」

アランが立ち上がる。

「とにかく、これで一歩前進だ。でも、まだスタートラインに立っただけ」

「はい」

私は初めて、アランと目を合わせることができた。

「ありがとうございます。アランのおかげで、少し前に進めそうです」

「俺は何もしていない。お前が自分で決めたことだ」

でも、彼がいてくれたから、私は覚悟を決めることができた。

一人だったら、きっとずっと迷い続けていただろう。

「なぜ身分を隠していたんですか?」

私が聞くと、アランが少し考えてから答えた。

「騎士団長として接すると、本音が聞けないからだ」

アランが振り返る。

「それに、ハルートの件は騎士団内部にも関係者がいる可能性があった。君を通じて、真相を探る必要があったんだ」

「内部に……?」

「タリアンたちの不正を見逃していた上司がいる。もしかすると、それ以上の繋がりがあるかもしれない」

私は驚いた。

騎士団の中にも、問題があったのか。

それなら、アランが身分を隠して調査していたのも納得できる。

◆ ◆ ◆

「これからどうするつもりだ?」

アランが聞く。

「まず、訓練をしなければ」

私は拳を握る。

「スキルが使えるようになったばかりで、まだ全然使いこなせません」

「そうだな。それと……」

アランが少し真剣な表情になる。

「ハルートのことも、ちゃんと決着をつけなければならないだろう」

ハルートの名前を聞いて、私の胸に複雑な感情が湧き上がった。

怒り、悲しみ、そして――まだ残っている、仲間への想い。

「彼を止めなければならない。もう、これ以上誰も傷つけさせるわけにはいかない」

「その覚悟はあるか?」

「はい」

私は迷わず答えた。

辛いけど、これは私がしなければならないことだ。

オリヴィアのためにも、ハルートのためにも。

「分かった。なら、お前の成長を見守らせてもらおう」

アランがそう言って、路地を去ろうとする。

「あの、アラン」

「何だ?」

「あなたは、何者なんですか?」

私はずっと気になっていたことを聞いた。

元冒険者だと言っていたけど、普通の冒険者とは思えない雰囲気がある。

「それは、いずれ分かる時が来るだろう」

アランが振り返って、少し微笑む。

「今は、お前が強くなることに集中しろ」

そう言って、彼は街の中に消えていった。

私は一人、現場に残された。

でも、もう昨日のような絶望感はなかった。

代わりに、確かな目標と意志があった。

スキルを習得して、強くなって、ハルートを止める。

そして、妹を助ける。

大切な人たちを守る力を身につける。

まだ道のりは長いけど、少なくとも歩き始めることはできた。

私は王都の街を見上げて、深く息を吸った。

新しい戦いが、始まろうとしていた。

(つづく)
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