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第10話 目覚めた雷と崩壊した転焔の陣
しおりを挟む燐生が夢を見ていた。
黒雲が渦を巻き、天地を裂く雷が轟く。右手が燃えるように光り、稲妻の形をした三つの傷跡が紫電を噴き出した。雷は敵を焼き、闇を砕く。だが、影は尽きることなく立ち上がり、いくら倒しても形を取り戻す。撃てば撃つほど、腕の痛みは骨の奥まで突き刺さり、血が逆流するように熱を持った。
それでも撃たねばならない――そう思った瞬間、夢が裂けた。
燐生は跳ね起きた。額を冷や汗が伝う。
夜の鍛冶場には、炉の灰がほのかに赤く揺れているだけだった。だが、胸の鼓動だけは、夢の戦いの続きをまだ引きずっていた。
「……夢、か。」
その時、右手に微かな温かみが走った。見ると、掌の稲妻状の傷が淡く光り、傍らに置いた七色の卵が――まるで吸うように、その光を飲み込んでいた。
「な……!」
思わず手を引こうとしたが、光は指先に絡みつき、呼吸のように脈を打つ。やがて光がふっと弱まり、卵が満腹そうに小さなげっぷをした。
「……お前、今、何してるんだ。」
「見てただろ。ご飯だよ、ご飯。」
可愛らしい声が、卵の中から響いた。燐生は言葉を失った。
「ご飯って……俺を食べてたのか?」
「ごめん。君の中の灰素が多すぎたんだ。少し分けてもらっただけ。」
卵は淡い光を揺らして、のんびりとした調子で言った。
「灰素……?」
「そう。君の体の中には三つの経脈がある。灰素、霊素、理素――三つの流れだ。けれど今の君は灰素が濁りすぎて、理素がほとんどない。だから俺が灰素を食べて、霊素と理素を返してあげたんだ。バランスを整えたのさ。」
燐生は眉を寄せた。
「……どういうことだ?」
「いいから。今、君の三つの経脈と、右手の三つの傷が繋がっているのを感じない?」
右手をかざす。掌紋の奥で、三つの光脈がわずかに流れていた。確かに――以前は感じなかった。
「そう。普通の者には一つの流れしかない。けれど君には三つある。三つの流れを同時に通し、掌の印から放てば――それは雷となる。」
「雷……」燐生は息を呑んだ。
卵が囁くように言った。
「想像してごらん。雷や稲妻を思い浮かべて――三つの傷から、それぞれの素を放出してみて。」
燐生は深く息を吸い、掌に意識を集めた。心臓の鼓動が強まり、血が逆巻く。
「三つの素――」
瞬間、掌が閃光に包まれた。
――バチッ!
青白い雷がほとばしり、火炉の灰を弾き飛ばす。梁が震え、壁の工具が音を立てて落ちた。
燐生は立ち尽くす。掌の上で、雷が踊っていた。炎ではなく、稲妻の龍――生きているようにうねり、やがて空気に溶けた。
「……すごい……」
その呟きに、卵が得意げに返す。
「でしょ? 灰素は力、霊素は形、理素は制御。三つが揃えば雷は“命”を持つんだ。」
燐生は手のひらを見つめた。この力が何を意味するのか――まだ分からない。
「理素って……何だ?」
「理素は、天から吸収できる素のこと。この地は、灰素・霊素・理素の三つで構成されている。棄人は灰素に生き、妖は霊素に生き、旧人は理素に近い存在だ。」
「……お前、一体、何者なんだ。」
卵は少し黙り、いたずらっぽく答えた。
「俺? 神――って言いたいけど、うそだよ。」
燐生はぽかんとしたまま。卵がくすくす笑った。
「俺は卵だよ。何の卵かは知らない。親が見てないからね。殻から出たらわかるかも。」
そして、ふと真面目な声になった。
「でも君、なぜ三つの経脈を持っているんだ?」
「分からない。」……たぶん、あの巻物のせいだ。
燐生は思ったが、それは口にしなかった。
「まあいいさ。奇妙な縁だね。君と出会えたのも運命。これからは俺が理素を作ってやるよ。君は灰素と霊素を集めればいい。理素の吸収は、まだできないだろう。」
卵の声は、まるで小さな教師のように穏やかだった。炉の火が静かに揺れ、雷の残光が壁に残る。
燐生はゆっくりと拳を握った。掌の傷跡が再び青く光り、かすかな雷鳴が――まるで遠い天の鼓動のように、夜の鍛冶場に響いた。
☆★♪
炎狐族の聖域――「焚天の谷」。
その名の通り、天をも焦がす火が眠る地。山脈の奥深く、巨大な火口の中央には、永劫の焔が揺らめいている。
赤と金の火流が幾千もの渦を描き、岩肌を舐め、天井の黒曜石を真紅に染め上げる。その焔こそ、神より授かりし「天の火」。炎狐族の命であり、信仰であり、誇りそのものであった。
だが今、その火は、呻くように揺らいでいる。
「......やはり、限界が近いな。」
長老・**炎黎えんれい**は、杖を岩床に突きながら歩を進めた。
老いた毛並みに、曲がった背。ひどく咳き込みながら、巨大な法陣が刻まれていた円盤状の岩の中心へ立つ。八重の環と三十二の符柱――炎狐族最大の秘儀、《焚天大法陣》。
「聖火を一度天へ還し、再び地へ転じて呼び戻す。これぞ“転焔の術”。成れば、我らの火は永遠に絶えぬはずだったのだが……」
炎黎の声は静かだが、底に微かな焦燥を孕んでいた。法陣の紋が脈動するたび、彼の心臓も同じリズムで打つ。――同調している。
「師匠、私はやりましょうか。」
焔の輪の外に立つ若き姫――焔璃えんりが一歩進み出た。白と赤の巫女装束を揺れ、涙を湛えた蒼き瞳が師を見つめる。
「聖火はすでに弱りきっている。今やらねば、この地の焔は消える。だが、お前の霊力ではまだ足りぬ。わしがやる。」
炎黎は静かに言った。
「わしは老いた。若い者に未来と託す時が来たのだ。この命で、最後に炎狐族の明日を見届けよう。」
「師匠......」
焔璃の頬を、涙が一筋、静かに伝う。
炎黎は咳を二度し、声を張り上げた。
「全員、陣に霊を注げ! 天に祈りを――焔主に願いを捧げよ!」
――轟。
谷全体が鳴動した。十二の祭司狐が尾を広げ、赤炎を纏う。炎の輪が幾重にも重なり、法陣の紋が一つ、また一つと金色に輝き始めた。
炎黎が両掌を掲げ、祈りの詠唱を紡ぐ。
> 「――焔よ、聴け。
> はるか古に黎明を照らした陽焔の記憶、
> 命を育み、骨を焦がし、
> 天と地を結びし、永き契りの火よ。
>
> 我、炎狐の血脈にて汝を継ぐ者――炎黎、ここに誓う。
> 霊を超え、魂を溶かし、万界の理を以て、
> 焔を天へ――命を巡らせ――
>
> 燃えよ、巡れ、帰れ――《転焔の術》!」
瞬間、火口の底から金紅の光柱が噴き上がり、天を貫いた。最初は小さな雲の渦巻きだったものが、次第に拡大し、やがて巨大な渦と化す。
空は真紅に染まり、太陽が隠れてもなお明るい。天も地も、燃えるような赤光に包まれていた。
やがて渦が逆回転を始め、光が一点に収束していく。炎狐たちは息を呑み、歓声を上げかけた。
――成功だ。
そう思った刹那。
空が裂けた。
黒い風が吹き下ろされ、陣を包み込む。触れた岩は灰と化し、火が黒く変質していく。雷鳴のような轟音が響き、収束した赤光が崩壊――無数の火の滴が雨のように落ちた。
「な……何だ、この気は――!」
炎黎が叫ぶ。杖の先の炎が弾け、法陣の目に注がれる。だが、法陣はその炎を拒み、逆流させた。
炎黎は苦鳴を上げ、血を吐く。
「師匠!!!」
焔璃の悲鳴が響く。
「止めろ! 陣を閉じろ!」
だが、その瞬間――符柱の一つが爆ぜた。
バンッ!
符の破片が飛び散り、陣全体が悲鳴を上げる。八重の輪が次々と崩壊し、火の流れが暴走した。聖火の中心に、黒炎が突き刺さる。
炎黎はの顔が蒼白になり、必死に印を組む。
「天焔還行――封!」
だが、崩壊は止まらない。聖火が黒く染まり、地鳴りが谷を揺らす。
「姫、下がれっ!」
煉火と焔牙が焔璃を庇い、火壁を張った。
――次の瞬間。爆音。
火口から噴き上がった光が、天と地を貫いた。聖火の柱が崩れ、黒い閃光が走る。
――焚天の谷、崩壊。
印を組み続けた炎黎の姿は、焔璃に向かって優しく微笑み――黒い閃光に飲まれた。
☆★♪
どれほどの時が過ぎたのか。
焔璃が目を開けたとき、そこは静寂の世界となっていた。赤い岩壁は崩れ、聖火は微かに残るのみ。
本来なら数か月は保つはずの炎が、今や数週間と持たぬほどに衰えていた。
「……神様……」
焔璃は手を伸ばし、掌に落ちる黒い火粉を見つめた。それは黒い雪のように、指先へと溶けていく。
「……師匠、これは私の責任です。」
彼女の脳裏に、炎黎の最期の笑顔が浮かぶ。
“天の理は歪む時もある。だが、いずれ正せる。暗い時こそ、笑うんだ。”
涙を滲ませた瞳に、再び光が宿る。
「――消息を封鎖する。誰一人、この地を出ることは許さん。
煉火、焔牙、兵を率い、谷口を閉鎖せよ。」
「はっ!」
焚天の谷の炎は、なお微かに揺れ続けていた。
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