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落し物
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今日も散々な結果だった。
肩にかけたギターケースを地面に下ろし、懐から取り出した一本を咥えた。近くの灰皿を確認してから安物のライターで火をつける。
深く吸い込んだ煙をため息と共に吐き出した。
ミュージシャンを目指して上京。アルバイトをしながらひたすら路上ライブとデモテープ送付を続けてきたものの、一向に進展がないまま3年が過ぎた。
「そろそろ潮時かな」
誰にともなくそう呟いたその時だった。
「落とすよ」
気付くと目の前に小柄な女性が立っていた。歳の頃で言えば初老といったところか。
「ん? これ? んなことしねーよ。ここに灰皿あるし」
タバコの灰が落ちるのを気にしたのか、もしくはポイ捨てを注意しようとしたのか。いづれにせよ面倒臭そうな相手だ。とっとと立ち去ろうと腹に据え、眉根をひそめた。
「そんな顔しないでよ。いや私ね、人が何かを落とすのにとても敏感なんだよ」
「何言ってんだ。だから落とさねーって」
「いや、もうすぐ落とすよ」
「なんなんだよ。なんでわかるんだよ」
「なんでもかんでも、わかるもんはわかるんだよ。じゃあ試しに……」
そう言って相手は目の前を通り過ぎた若い男の背中を指差した。
「あの人、もうすぐ携帯を落とすよ」
すぐだった。その男がポケットに入れていた手を出したと同時にスマートフォンが滑り落ちて地面に転がった。
「ほらね」
落ちたものをすぐに拾い、機体へのダメージを気にしているその男を横目に女はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた。
一瞬、目を疑った。タイミング的に絶対に予見はできなかったはずだ。
しかし、すぐに気がついた。男とはとはグルなのだろう。新手の詐欺か何かだろうか。しかし自分など騙したところで相手に得があるとは思えない。
「じゃあ、あの人は? 何か落とすか?」
一丁困らせてやろうと、近くのビルに入っていくやや小太りの中年女性を指差した。
「ああ、なるほど。確かにあの人ももうすぐ落とすよ」
「何を?」
「汚れ、だよ。清掃員か何かなんだろうね」
「なんだよ、そんなのもありか」
すでに姿は見えなくなっており、確認するすべはないが、なるほど確かにそんな印象はあった。
面白そうだからちょっと話に付き合うことにした。
「じゃあ、あいつは女、とかかな」
近くにでダルそうにタバコをふかしているホスト風の金髪の男に視線を送る。
「なるほど。いやあの人は意外にダメだね。その隣にいる真面目で大人しそうなサラリーマン、あっちがもうすぐ落とすよ」
どれも信憑性に乏しいが話としては面白い。
「おや、あの人はたくさんあるね」
女はリュックを背負い、ゆっくりと歩いている若い男を示して言った。まだ20歳頃だろうか。私服なので高校生でも無さそうだが、なんとなく大学生にも見えない。
「肩、気、試験、涙。大変そうだね」
なるほど。そうきたか。確かにそう見える。浪人中の予備校生といったところか。
「そいや俺ももうすぐ落とすって言ってたな。一体何を落とすんだよ。金か? 涙か? 落とすってことはろくなもんじゃなさそうだな」
「いや、そんなことないよ」
「で、何なんだよ。早く教えろよ」
「鳥、だよ。もうすぐ落とすよ」
「鳥? なんだそれ。狩りでもやんのか?」
「違うよ、あんたがもうすぐ落とすのは飛ぶ鳥だよ」
肩にかけたギターケースを地面に下ろし、懐から取り出した一本を咥えた。近くの灰皿を確認してから安物のライターで火をつける。
深く吸い込んだ煙をため息と共に吐き出した。
ミュージシャンを目指して上京。アルバイトをしながらひたすら路上ライブとデモテープ送付を続けてきたものの、一向に進展がないまま3年が過ぎた。
「そろそろ潮時かな」
誰にともなくそう呟いたその時だった。
「落とすよ」
気付くと目の前に小柄な女性が立っていた。歳の頃で言えば初老といったところか。
「ん? これ? んなことしねーよ。ここに灰皿あるし」
タバコの灰が落ちるのを気にしたのか、もしくはポイ捨てを注意しようとしたのか。いづれにせよ面倒臭そうな相手だ。とっとと立ち去ろうと腹に据え、眉根をひそめた。
「そんな顔しないでよ。いや私ね、人が何かを落とすのにとても敏感なんだよ」
「何言ってんだ。だから落とさねーって」
「いや、もうすぐ落とすよ」
「なんなんだよ。なんでわかるんだよ」
「なんでもかんでも、わかるもんはわかるんだよ。じゃあ試しに……」
そう言って相手は目の前を通り過ぎた若い男の背中を指差した。
「あの人、もうすぐ携帯を落とすよ」
すぐだった。その男がポケットに入れていた手を出したと同時にスマートフォンが滑り落ちて地面に転がった。
「ほらね」
落ちたものをすぐに拾い、機体へのダメージを気にしているその男を横目に女はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた。
一瞬、目を疑った。タイミング的に絶対に予見はできなかったはずだ。
しかし、すぐに気がついた。男とはとはグルなのだろう。新手の詐欺か何かだろうか。しかし自分など騙したところで相手に得があるとは思えない。
「じゃあ、あの人は? 何か落とすか?」
一丁困らせてやろうと、近くのビルに入っていくやや小太りの中年女性を指差した。
「ああ、なるほど。確かにあの人ももうすぐ落とすよ」
「何を?」
「汚れ、だよ。清掃員か何かなんだろうね」
「なんだよ、そんなのもありか」
すでに姿は見えなくなっており、確認するすべはないが、なるほど確かにそんな印象はあった。
面白そうだからちょっと話に付き合うことにした。
「じゃあ、あいつは女、とかかな」
近くにでダルそうにタバコをふかしているホスト風の金髪の男に視線を送る。
「なるほど。いやあの人は意外にダメだね。その隣にいる真面目で大人しそうなサラリーマン、あっちがもうすぐ落とすよ」
どれも信憑性に乏しいが話としては面白い。
「おや、あの人はたくさんあるね」
女はリュックを背負い、ゆっくりと歩いている若い男を示して言った。まだ20歳頃だろうか。私服なので高校生でも無さそうだが、なんとなく大学生にも見えない。
「肩、気、試験、涙。大変そうだね」
なるほど。そうきたか。確かにそう見える。浪人中の予備校生といったところか。
「そいや俺ももうすぐ落とすって言ってたな。一体何を落とすんだよ。金か? 涙か? 落とすってことはろくなもんじゃなさそうだな」
「いや、そんなことないよ」
「で、何なんだよ。早く教えろよ」
「鳥、だよ。もうすぐ落とすよ」
「鳥? なんだそれ。狩りでもやんのか?」
「違うよ、あんたがもうすぐ落とすのは飛ぶ鳥だよ」
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