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既視感
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その彼女は一番奥の席で物憂げな視線を外に向けていた。
付き合っていた恋人にフラれ、傷心旅行だとばかりに一人で温泉宿を訪れた。
夕食を一人で部屋で取り、特にすることがないからと宿内にあるバーに足を運ぶと、そこには少し意外な空間が広がっていた。
周囲を庭園に囲まれており、カウンターからライトアップされた庭を眺められる。
和風旅館にバーなんていかがなものかと思っていたが、なかなか趣きがあって面白いかもしれない。
カウンターの両端は先客がいた。空いている中ごろの席に座ろうとしたところでその女性に気がついたのだ。
オススメだという地元特産の柑橘カクテルを注文し、出されたグラスに口をつけるも、どうも落ち着かない。
奥にいる女性が美人だから。一人だから。
いや、どうもそれだけではないのだ。
なんだか、その女性にはどこかで会ったことがある気がしてならないのだった。
一体どこだろう。
ひたすら記憶を辿るが全く答えは出てこない。
チラチラと投げかけていた視線が気になったのだろう。声をかけてきたのは向こうだった。
「隣、よろしいですか?」
「あ、はい」
彼女は整った輪郭にいたずらな笑みを浮かべ、滑り込むように隣に座った。
戸惑いつつも心の中でガッツポーズをする。
「私の顔になんかついてます?」
早速、冗談ぽくそう聞いてきた。風邪でも引いているのだろうか、少し声がかすれている。
「あ、いや、あの」心の奥底を透かされるような視線に晒され、戸惑いながらも答えた。「実は、なんかどこかでお見かけしたことがあるような気がしてまして……」
単なる口説き文句にならないよう、努めて誠実に言った。
「え! 本当ですか!?」意外な反応に驚いた。「実は私も同じこと思ってたんです!」
何ということだ。ということは気のせいではなく、本当にどこかで会っているのだろうか。
それからの会話はひたすらお互いの共通点探しとなった。
クールな外見に似合わず彼女は気さくでよく笑った。最初に違和感を覚えた声も慣れてくればなんだかしっくりくる。
もうこの時点で私は完全に彼女を好きになってしまっていた。
「いや、どう考えても会ったことないですよね。こういうのをデジャブ、って言うんですかね?」
彼女は地方出身。東京生まれ東京育ちの自分とはどこをどうやっても重ならない。
簡単に言えば気のせい、ということになるのだろう。
しかし私の発言を聞いた彼女はじっと何かを考えている。それからしばらくして、得心したように頷いた。
「どうしました?」
「知ってます? デジャブってパラレルワールドて起こったことの記憶、って説があるんですよ」
「パラレルワールド、ってあの、過去の自分が違う分岐をしていたら、っていう、あれですよね?」
なんだか意外な方向に話が進んでいく。しかしそれはそれで心地がよかった。
「はい。平行宇宙ってやつです。なんかSFみたいですけどね」
「なるほど。でも面白い考えですね。ということは僕たちはどこか違う平行線で出会ったわけか」
全く信じていなかったが、会話を続けるために話を合わせた。
「そう考えると面白いですよね?」
「でも一体どこで会ったんだろう。これまでの話だとどう考えても交差しないですよね。僕らの人生」
まさか彼女も本当に信じているわけではあるまい。この話の流れからすると向こうもこちらに好意を抱いていると言えるのではないか。このままこの後……、と想像を膨らませていたところで彼女はまたしても意外な質問をしてきた。
「温泉には入りました?」
「え、ええ。ついさっき」
「わかったかもしれません。私たちの交差点」
「え? なんですか?」
「実は私、先日大きな分岐点を通ってきたんです。その、私が選ばなかったもう一方の世界で会ったんだと思います」
「一体どこで?」
「お風呂ですよ」
「へ?お風呂ですか? ここの? 何言ってるんですか。会うわけないじゃないですか。ここ混浴じゃないんだし」
「いえ、会えるんですよ。実は私、先日大きな手術をしまして」
そう言って彼女は自分の身体を眺めるように俯いた。
「きっとそこで会ったんですね」
付き合っていた恋人にフラれ、傷心旅行だとばかりに一人で温泉宿を訪れた。
夕食を一人で部屋で取り、特にすることがないからと宿内にあるバーに足を運ぶと、そこには少し意外な空間が広がっていた。
周囲を庭園に囲まれており、カウンターからライトアップされた庭を眺められる。
和風旅館にバーなんていかがなものかと思っていたが、なかなか趣きがあって面白いかもしれない。
カウンターの両端は先客がいた。空いている中ごろの席に座ろうとしたところでその女性に気がついたのだ。
オススメだという地元特産の柑橘カクテルを注文し、出されたグラスに口をつけるも、どうも落ち着かない。
奥にいる女性が美人だから。一人だから。
いや、どうもそれだけではないのだ。
なんだか、その女性にはどこかで会ったことがある気がしてならないのだった。
一体どこだろう。
ひたすら記憶を辿るが全く答えは出てこない。
チラチラと投げかけていた視線が気になったのだろう。声をかけてきたのは向こうだった。
「隣、よろしいですか?」
「あ、はい」
彼女は整った輪郭にいたずらな笑みを浮かべ、滑り込むように隣に座った。
戸惑いつつも心の中でガッツポーズをする。
「私の顔になんかついてます?」
早速、冗談ぽくそう聞いてきた。風邪でも引いているのだろうか、少し声がかすれている。
「あ、いや、あの」心の奥底を透かされるような視線に晒され、戸惑いながらも答えた。「実は、なんかどこかでお見かけしたことがあるような気がしてまして……」
単なる口説き文句にならないよう、努めて誠実に言った。
「え! 本当ですか!?」意外な反応に驚いた。「実は私も同じこと思ってたんです!」
何ということだ。ということは気のせいではなく、本当にどこかで会っているのだろうか。
それからの会話はひたすらお互いの共通点探しとなった。
クールな外見に似合わず彼女は気さくでよく笑った。最初に違和感を覚えた声も慣れてくればなんだかしっくりくる。
もうこの時点で私は完全に彼女を好きになってしまっていた。
「いや、どう考えても会ったことないですよね。こういうのをデジャブ、って言うんですかね?」
彼女は地方出身。東京生まれ東京育ちの自分とはどこをどうやっても重ならない。
簡単に言えば気のせい、ということになるのだろう。
しかし私の発言を聞いた彼女はじっと何かを考えている。それからしばらくして、得心したように頷いた。
「どうしました?」
「知ってます? デジャブってパラレルワールドて起こったことの記憶、って説があるんですよ」
「パラレルワールド、ってあの、過去の自分が違う分岐をしていたら、っていう、あれですよね?」
なんだか意外な方向に話が進んでいく。しかしそれはそれで心地がよかった。
「はい。平行宇宙ってやつです。なんかSFみたいですけどね」
「なるほど。でも面白い考えですね。ということは僕たちはどこか違う平行線で出会ったわけか」
全く信じていなかったが、会話を続けるために話を合わせた。
「そう考えると面白いですよね?」
「でも一体どこで会ったんだろう。これまでの話だとどう考えても交差しないですよね。僕らの人生」
まさか彼女も本当に信じているわけではあるまい。この話の流れからすると向こうもこちらに好意を抱いていると言えるのではないか。このままこの後……、と想像を膨らませていたところで彼女はまたしても意外な質問をしてきた。
「温泉には入りました?」
「え、ええ。ついさっき」
「わかったかもしれません。私たちの交差点」
「え? なんですか?」
「実は私、先日大きな分岐点を通ってきたんです。その、私が選ばなかったもう一方の世界で会ったんだと思います」
「一体どこで?」
「お風呂ですよ」
「へ?お風呂ですか? ここの? 何言ってるんですか。会うわけないじゃないですか。ここ混浴じゃないんだし」
「いえ、会えるんですよ。実は私、先日大きな手術をしまして」
そう言って彼女は自分の身体を眺めるように俯いた。
「きっとそこで会ったんですね」
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