ショートショート始めました。

奈央

文字の大きさ
4 / 66

既視感

しおりを挟む
その彼女は一番奥の席で物憂げな視線を外に向けていた。
付き合っていた恋人にフラれ、傷心旅行だとばかりに一人で温泉宿を訪れた。
夕食を一人で部屋で取り、特にすることがないからと宿内にあるバーに足を運ぶと、そこには少し意外な空間が広がっていた。
周囲を庭園に囲まれており、カウンターからライトアップされた庭を眺められる。
和風旅館にバーなんていかがなものかと思っていたが、なかなか趣きがあって面白いかもしれない。
カウンターの両端は先客がいた。空いている中ごろの席に座ろうとしたところでその女性に気がついたのだ。
オススメだという地元特産の柑橘カクテルを注文し、出されたグラスに口をつけるも、どうも落ち着かない。
奥にいる女性が美人だから。一人だから。
いや、どうもそれだけではないのだ。
なんだか、その女性にはどこかで会ったことがある気がしてならないのだった。
一体どこだろう。
ひたすら記憶を辿るが全く答えは出てこない。
チラチラと投げかけていた視線が気になったのだろう。声をかけてきたのは向こうだった。
「隣、よろしいですか?」
「あ、はい」
彼女は整った輪郭にいたずらな笑みを浮かべ、滑り込むように隣に座った。
戸惑いつつも心の中でガッツポーズをする。
「私の顔になんかついてます?」
早速、冗談ぽくそう聞いてきた。風邪でも引いているのだろうか、少し声がかすれている。
「あ、いや、あの」心の奥底を透かされるような視線に晒され、戸惑いながらも答えた。「実は、なんかどこかでお見かけしたことがあるような気がしてまして……」
単なる口説き文句にならないよう、努めて誠実に言った。
「え! 本当ですか!?」意外な反応に驚いた。「実は私も同じこと思ってたんです!」
何ということだ。ということは気のせいではなく、本当にどこかで会っているのだろうか。
それからの会話はひたすらお互いの共通点探しとなった。
クールな外見に似合わず彼女は気さくでよく笑った。最初に違和感を覚えた声も慣れてくればなんだかしっくりくる。
もうこの時点で私は完全に彼女を好きになってしまっていた。
「いや、どう考えても会ったことないですよね。こういうのをデジャブ、って言うんですかね?」
彼女は地方出身。東京生まれ東京育ちの自分とはどこをどうやっても重ならない。
簡単に言えば気のせい、ということになるのだろう。
しかし私の発言を聞いた彼女はじっと何かを考えている。それからしばらくして、得心したように頷いた。
「どうしました?」
「知ってます? デジャブってパラレルワールドて起こったことの記憶、って説があるんですよ」
「パラレルワールド、ってあの、過去の自分が違う分岐をしていたら、っていう、あれですよね?」
なんだか意外な方向に話が進んでいく。しかしそれはそれで心地がよかった。
「はい。平行宇宙ってやつです。なんかSFみたいですけどね」
「なるほど。でも面白い考えですね。ということは僕たちはどこか違う平行線で出会ったわけか」
全く信じていなかったが、会話を続けるために話を合わせた。
「そう考えると面白いですよね?」
「でも一体どこで会ったんだろう。これまでの話だとどう考えても交差しないですよね。僕らの人生」
まさか彼女も本当に信じているわけではあるまい。この話の流れからすると向こうもこちらに好意を抱いていると言えるのではないか。このままこの後……、と想像を膨らませていたところで彼女はまたしても意外な質問をしてきた。
「温泉には入りました?」
「え、ええ。ついさっき」
「わかったかもしれません。私たちの交差点」
「え? なんですか?」
「実は私、先日大きな分岐点を通ってきたんです。その、私が選ばなかったもう一方の世界で会ったんだと思います」
「一体どこで?」
「お風呂ですよ」
「へ?お風呂ですか? ここの? 何言ってるんですか。会うわけないじゃないですか。ここ混浴じゃないんだし」
「いえ、会えるんですよ。実は私、先日大きな手術をしまして」
そう言って彼女は自分の身体を眺めるように俯いた。
「きっとそこで会ったんですね」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

声劇・シチュボ台本たち

ぐーすか
大衆娯楽
フリー台本たちです。 声劇、ボイスドラマ、シチュエーションボイス、朗読などにご使用ください。 使用許可不要です。(配信、商用、収益化などの際は 作者表記:ぐーすか を添えてください。できれば一報いただけると助かります) 自作発言・過度な改変は許可していません。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...