ショートショート始めました。

奈央

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ハイタッチ

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「佐野さん」
部活終わりの片付け中に声を掛けられた。
振り向くとそこには同じクラスの男子。名前はなんと言ったか。
「それって借りれる?」
そう言って私の手元を指さした。陸上競技に使うハードルだ。
「これ? 何に使うの?」
「いや、あの、練習を……」
「え、練習? なんで?」と聞いたところで思い当たった。来月の陸上大会だ。
「え? もしかして練習するの?」
「いや、クラス対抗だからさ、みんなに迷惑かけられないからさ……」
そこでようやく彼の名前を思い出した。
「飯島くん、一人で?」
「うん。やっぱだめかな……」
彼は確か文化系の部活だ。それにお世辞にも運動が得意そうには見えない。しかし……。
「えーと、うん、なんとかするよ。顧問の先生に許可貰っとく!」
一人でも練習するというその心意気に少し感心した。
「ここに戻しておいてもらえれば大丈夫だから」
そう伝えてその場を後にした。

制服に着替えて部活の友達と喋っていたらすっかり暗くなってしまった。
皆と別れた帰り際、気がかりだったグラウンドを通る。
電灯の下、黙々とハードルを飛び越える練習をしている飯島がいた。まだやっていたとは。
「上げ足はもっと膝伸ばさないと!」
思わず声をかけていた。
「佐野さん?」
驚いている飯島に構わず続ける。
「それに一つのハードル跳ぶだけの練習しててもダメだから。スタートからゴールまでが一つのレースなんだよ。歩幅もちゃんと調整しないと」

その日から、なんとなく部活終わりで特訓するようにった。
教えてみるとその飲み込みの良さに驚かされた。彼は教えたことをすぐに実践できた。結果、みるみると上達した。
単に運動に慣れていなかっただけで、元々運動神経がよいのは間違いない。
どうやら短距離走も早いらしい。
「そう、少し手前で足を上げる! その後足を引きつけて! 最後まで!」
本番前日。もはや陸上部の男子も顔負けの速さとフォームを備えていた。
そして最後の一本はこれまでで最高の走りだった。
「飯島くん、すごいよ! これなら上位も狙えるよ!」
思わず彼に向かって両手を掲げた。
「うん、頑張るよ」
練習の最後をハイタッチで終えた。

そうして迎えた本番。
失敗だった。
スタートもよく、途中までは好走していたのだが、途中で脚が引っかかり転んでしまったのだ。
飯島くんは苦笑いを浮かべながら最後にゴールラインに到達した。
才能があった。練習もした。
でも、彼には経験が足りなかったのだ。

思わずトラックのゴール付近まで駆け寄った。
うな垂れる彼に何とか声を掛ける。
「飯島くん……」
「ああ、佐野さん。やっちゃったね。せっかく教えてくれたのに。ごめん」
首を横に振る。
「でも佐野さんのおかげでなんだか自信がついたよ。色々ありがとう」
何も答えられなかった。
「じゃあ」
そう言いながら彼がその場を去ろうとしたその時、ようやく声が出せた。
「飯島くん」
「うん?」
「陸上、やろうよ」
「え?」
「飯島くん、才能あるよ。今からでも遅くない。絶対伸びるよ」
そう。絶対に彼は速くなる。もっと。ずっと。
でもそれ以外の感情があるのも確かだった。
自分に嘘をつくことは出来なかった。
もっと、一緒に練習をしたかった。

「佐野さん」
彼は言葉を探すように続けた。
「俺さ、運動の楽しさってあんまりかさわからなかったんだ。でもようやくわかった気がする。何をするかも大事だけど、それよりも誰とするかの方が大事だったんだって。だから思ったんだ、これからもその楽しさが続いたらなって……」
「え、じゃあ……」
「うん。俺も、陸上部入ろうかな」
「本当に!?」
「うん」
無意識だった。
いつの間にか彼に向かって両手を掲げていた。
彼は少し間を置いてから、遠慮がちにその手に合わせてくれた。
「もっと早く出会いたかったよ、陸上に」
そして手を引っ込めながら恥ずかしげにこう続けた。
「あと、君にも」
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