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十四 婚約解消の条件
「王妃の考えはどうだ? 王妃は婚約解消をすべきかと思うか?」
「はい、陛下。わたくしは婚約解消に賛成いたします。二人そろって婚約解消を申し出ているのです。引き留める理由などございませんわ」
「だが番同士なんだぞ? 一時の気の迷いで人生を棒に振ることもなかろう」
「たとえ後悔したとしても、それは本人たちが決めたこと。もう二人は幼子ではございません、自分の言動に責任を持つ必要がございます」
「親としての想いはないのか? 番を失うのだぞ」
「親として思うことは多くあります。ですがわたしたちは、いついかなるときも王族でございます。その立場を差し置いて考えることなどございません」
「……王妃はいつまでも変わらんな」
以前はこうして国王夫妻が討論を交わす姿をよく目にしていた。わたしはそんな二人にずっと憧れていた。
それぞれが意見を出し合い、問題点を共有し、最適解を見出す。ときに激しくなることもあったが、お互いを尊重し、尊敬しているからこそ、対等な立場で話し合いをしていた。
間違えない人間なんていない。だからこそ、それを正してくれる相手が必要なのだ。国を統べる立場ならなおのことだろう。
以前の国王なら、望んだ言葉が返ってこなくても、こんな風に討論を途中で投げ出すような言い方はしなかった。
国王は王妃がいつまでも変わらないと言ったが、それのどこが悪いのか。昔と変わらず、物事を俯瞰し、冷静に判断する姿は、王妃としてあるべき姿にわたしには映る。
国王の大きなため息が漏れ、室内が静寂に包まれる。誰もが気まずい空気に口を閉ざす中、年若い女性の声が部屋に響いた。
「ちょっといいですか……?」
小首をかしげながら、片手を上げたのは国王の番だった。
「うん? どうした、シルビア? 思うことがあるなら遠慮なく言えばいい」
「はい、ヘルマン様。わたしは婚約解消すべきでないと思います」
家族しかいない場とはいえ、公式な場面で国王陛下を名前で呼ぶなど言語道断。二人でいるときにはどう呼ぼうと問題ないが、ここでは控えるべきだ。
だが、そんな番に対しても国王は諫めることなく、これでもかと目尻を下げている。
「シルビアはそう思うか! そうかそうか、わしと同じ意見なんだな」
「はい。王妃様は番の気持ちがわからないから、婚約解消したらいいだなんておっしゃられるのです」
王妃の美しい柳眉がぴくりと震える。
この番は禁句を発した自覚はあるのだろうか。いや、きっとないに違いない。国王と見つめ合うその瞳はどこまでも無垢だ。無自覚にタブーを口にするその浅はかさに、わたしは閉口した。
「あぁ……なんてシルビアは優しいのだろうな。うむ、そうだな、シルビアの意見を採用しよう。リュディガー、マルティナ嬢、婚約解消は認められん。これも二人を思ってのこと。わかったな?」
部外者がしゃしゃり出てきたせいで、あれよあれよと話が急展開してしまった。一番避けたかった結論に達しそうになったわたしは不敬だと思いながらも声をあげた。
「陛下、お待ちください!」
「父上、待ってください!」
リュディガーとわたしの声が重なる。一瞬、顔を見合わせたが、すぐにリュディガーは視線を国王に向け直すと、必死の形相で言い募った。
「そもそもわたしは彼女が番ではないと申し上げたかと。で、あるならば、婚約解消は必然ではないのですか?」
「のぉ、リュディガーよ。番ではないと証明する術が側近の証言だけでは足りぬことくらいわかるだろう? もっとまともな証拠を持ってきたら改めて婚約解消を考えてやろう」
「……くっ……承知しました……」
リュディガーは早々に言いくるめられてしまったが、それでは困るのだ。まともな証拠など出るわけがないのだから。
こうなれば一瞬で黙らされたリュディガーに代わって、わたしが国王に進言するしかない。リュディガーと初めて意見が合致したのが婚約解消だなんて、まるで笑えない冗談だが、きっとわたしたちはそうなる運命だったのだろう。
「陛下、それでは条件をつけさせてくださいませんか?」
「条件?」
「はい。一般的な婚約でもよくある『どちらかに著しい瑕疵があれば婚約を解消する』という条件です。番であるかどうかに関わらず、人として許容されない行為をした場合には、婚約を解消するとお約束いただきたいのです」
番なのだから何をされても相手のすべてを許すべきだ、なんてこれまでずっと言われてきた。むしろ番だからこそ許せないことだってあるのに。だからせめて人として許されない一線を越えたのなら、そのときは婚約解消に応じてほしかった。
「人として、か……」
顎に手を当て、しばし思索に耽ろうとした国王だったが、横から「それでいいと思います」という無邪気な声が上がる。
「そ、そうだな。ではシルビアの言う通り、マルティナ嬢の条件を呑もう」
「……ありがとうございます」
最初から最後まで国王の番に振り回された気もするが、どうにか最低限の条件をつけることができた。
自分から問題行動を起こすつもりはないが、婚約解消の道が残されたことで、リュディガーの側近たちも何かしら策を講じてくるはず。それに乗じて、被害を最小限に抑えながら、婚約解消に持っていければ……だが、そんな風に考えていたわたしの見通しは、すぐに打ち砕かれることになった。
事態はわたしが思っていたよりも早く、急展開を見せたのだ。
「はい、陛下。わたくしは婚約解消に賛成いたします。二人そろって婚約解消を申し出ているのです。引き留める理由などございませんわ」
「だが番同士なんだぞ? 一時の気の迷いで人生を棒に振ることもなかろう」
「たとえ後悔したとしても、それは本人たちが決めたこと。もう二人は幼子ではございません、自分の言動に責任を持つ必要がございます」
「親としての想いはないのか? 番を失うのだぞ」
「親として思うことは多くあります。ですがわたしたちは、いついかなるときも王族でございます。その立場を差し置いて考えることなどございません」
「……王妃はいつまでも変わらんな」
以前はこうして国王夫妻が討論を交わす姿をよく目にしていた。わたしはそんな二人にずっと憧れていた。
それぞれが意見を出し合い、問題点を共有し、最適解を見出す。ときに激しくなることもあったが、お互いを尊重し、尊敬しているからこそ、対等な立場で話し合いをしていた。
間違えない人間なんていない。だからこそ、それを正してくれる相手が必要なのだ。国を統べる立場ならなおのことだろう。
以前の国王なら、望んだ言葉が返ってこなくても、こんな風に討論を途中で投げ出すような言い方はしなかった。
国王は王妃がいつまでも変わらないと言ったが、それのどこが悪いのか。昔と変わらず、物事を俯瞰し、冷静に判断する姿は、王妃としてあるべき姿にわたしには映る。
国王の大きなため息が漏れ、室内が静寂に包まれる。誰もが気まずい空気に口を閉ざす中、年若い女性の声が部屋に響いた。
「ちょっといいですか……?」
小首をかしげながら、片手を上げたのは国王の番だった。
「うん? どうした、シルビア? 思うことがあるなら遠慮なく言えばいい」
「はい、ヘルマン様。わたしは婚約解消すべきでないと思います」
家族しかいない場とはいえ、公式な場面で国王陛下を名前で呼ぶなど言語道断。二人でいるときにはどう呼ぼうと問題ないが、ここでは控えるべきだ。
だが、そんな番に対しても国王は諫めることなく、これでもかと目尻を下げている。
「シルビアはそう思うか! そうかそうか、わしと同じ意見なんだな」
「はい。王妃様は番の気持ちがわからないから、婚約解消したらいいだなんておっしゃられるのです」
王妃の美しい柳眉がぴくりと震える。
この番は禁句を発した自覚はあるのだろうか。いや、きっとないに違いない。国王と見つめ合うその瞳はどこまでも無垢だ。無自覚にタブーを口にするその浅はかさに、わたしは閉口した。
「あぁ……なんてシルビアは優しいのだろうな。うむ、そうだな、シルビアの意見を採用しよう。リュディガー、マルティナ嬢、婚約解消は認められん。これも二人を思ってのこと。わかったな?」
部外者がしゃしゃり出てきたせいで、あれよあれよと話が急展開してしまった。一番避けたかった結論に達しそうになったわたしは不敬だと思いながらも声をあげた。
「陛下、お待ちください!」
「父上、待ってください!」
リュディガーとわたしの声が重なる。一瞬、顔を見合わせたが、すぐにリュディガーは視線を国王に向け直すと、必死の形相で言い募った。
「そもそもわたしは彼女が番ではないと申し上げたかと。で、あるならば、婚約解消は必然ではないのですか?」
「のぉ、リュディガーよ。番ではないと証明する術が側近の証言だけでは足りぬことくらいわかるだろう? もっとまともな証拠を持ってきたら改めて婚約解消を考えてやろう」
「……くっ……承知しました……」
リュディガーは早々に言いくるめられてしまったが、それでは困るのだ。まともな証拠など出るわけがないのだから。
こうなれば一瞬で黙らされたリュディガーに代わって、わたしが国王に進言するしかない。リュディガーと初めて意見が合致したのが婚約解消だなんて、まるで笑えない冗談だが、きっとわたしたちはそうなる運命だったのだろう。
「陛下、それでは条件をつけさせてくださいませんか?」
「条件?」
「はい。一般的な婚約でもよくある『どちらかに著しい瑕疵があれば婚約を解消する』という条件です。番であるかどうかに関わらず、人として許容されない行為をした場合には、婚約を解消するとお約束いただきたいのです」
番なのだから何をされても相手のすべてを許すべきだ、なんてこれまでずっと言われてきた。むしろ番だからこそ許せないことだってあるのに。だからせめて人として許されない一線を越えたのなら、そのときは婚約解消に応じてほしかった。
「人として、か……」
顎に手を当て、しばし思索に耽ろうとした国王だったが、横から「それでいいと思います」という無邪気な声が上がる。
「そ、そうだな。ではシルビアの言う通り、マルティナ嬢の条件を呑もう」
「……ありがとうございます」
最初から最後まで国王の番に振り回された気もするが、どうにか最低限の条件をつけることができた。
自分から問題行動を起こすつもりはないが、婚約解消の道が残されたことで、リュディガーの側近たちも何かしら策を講じてくるはず。それに乗じて、被害を最小限に抑えながら、婚約解消に持っていければ……だが、そんな風に考えていたわたしの見通しは、すぐに打ち砕かれることになった。
事態はわたしが思っていたよりも早く、急展開を見せたのだ。
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