6 / 25
さぁ、お迎えに上がりましょう
5.
しおりを挟む窓枠に腰掛け、夜空を見上げる。
【星の王国】と呼ばれるだけあって、いつ見ても飽きることの無い満天の星空が広がっている。こんなに綺麗に星々が見えるのはこの国だけだというが、何故なんだろう。決して高台にある訳でもなければ、街灯もないような発展途上国という訳でもない。
「疲れたか?」
低く艶やかな声に、振り返る。そこには、この部屋の主である一人の男が立っていた。彼は、返事をする事もせずただぼんやりと視線を向けるだけの俺を、咎めることもせずゆったりとした足取りで近付いてくる。そして、目の前までやって来ると、優しさの詰まった手つきで俺の頭を撫でた。
大人しく撫でられている俺に、彼は色気のある笑みを深める。
「なんか、皺増えました?」
「……まぁ、執務終わりはな」
笑うと目尻の皺が増えて、少しだけ彼の強面が穏やかになる気がする。仲のいい侍女達が、彼の笑顔は国を救うのだとずっと前に言っていたが、寧ろ国を傾けさせそうだ。それ程ーーなんかこう、性別関係なく魅了する色気がある。
もう一度窓の外に目を向ける。ちょうど、エレノアの部屋の灯りが消えたのが目に入る。こんな時間に寝るなんて、やはり天の王国の人間の夜は早い。
俺が座る窓枠に手をついた彼が、俺の視線を追う。
「エレノア嬢はどうだ」
「……わかんないです。なんであんな気ィ張って生きなきゃいけないんだろうって思います。公爵令嬢皆があぁじゃないでしょう?」
「そうだな。彼女のあれは特別だろう」
なんだか、凄く生きづらそうだ。彼女程の立場があれば、どれ程馬鹿でもそれなりに幸せになれるはずなのに。
それがどうだろう。17歳の学生が政治に直接的に関わり、外交官も務め、戦争すらも止めてみせる。それこそ血が滲むような努力をしてきたのだと思う。
どう見てもなんの努力もしていない聖女が幸せになれて、どうしてエレノアは幸せになれなかったのか。
「バカ王子がエレノアを愛しさえすれば、幸せだったのかな」
「……いつの間に名前呼びになったんだ?」
よく分からない質問に首を傾げ「向こうで」と言えば、目の前の男は急にニタニタと愉しそうな笑みに変わる。何となく言いたいことはわかったが、決してそんなんじゃない。不愉快だからやめて欲しい。
ふいっと目をそらす俺に、彼は苦笑して俺の頭を撫でた。
「エレノアはバカ王子一筋なんでそういうんじゃないですよ」
「……その言い分だとお前は違う、という事になるが」
「は!?違いますぅ~~誰があんな暴力女」
あんな暴力女好きになる訳が無い。俺の好きな雰囲気の女性は、妹のような優しくて聡明でかつ強い人だ。少なくとも人の脛を本気で蹴る女じゃない。
あ、思い出したら痛くなってきた。思わず足の脛をさする。
ーーまぁ、幸せになればいい、とは思う。明らかに不当な仕打ちを受けてきたんだから、そろそろ相応のご褒美があるべきだ。人間誰しも努力に応じた結果を貰う権利がある。
俺の横に立つ彼を見上げる。彼ならば、エレノアを幸せに出来るだろうか。
「……エレノアをどうするつもりですか?」
「ーーどう、とは随分曖昧な質問だな」
「エレノアは幸せになれますか?」
ぱちり、と瞬きをする男を見つめる。どうだろう。バカ王子よりは絶対に優良物件だが、腹に一物も二物も抱えているような人だから、エレノアほど聡明なら落ち着けないかもしれない。かと言って他の男の横に彼女を立たせるのは……なんか違う気がする。よく分からないけれど。
少なくとも、この国の事情に巻き込みたくはない。エレノアには今、何も考えずに過ごせる穏やかな時間が必要だ。頑張るのはその後でもいい。
愉しそうに俺を見上げる彼を睨みつけ、口を開く。存外冷たい声が出た。
「エレノアはあくまで客人ですから、利用しようなんて思わないでくださいよ」
「……聡明な彼女が黙って見ているとも思わんが」
「彼女は幸せになるべきだ」
「なら、お前が幸せとやらにして見せろ」
「エレノア嬢に襲い掛かる全ての災厄から護りきれ、オズワルド・アクアリウス。【自由】はお前の本分だろう?」
俺の顎を持ち上げ、金色の目で見下ろす男の目には、ある種殺意にも似たような強い感情が込められていた。さらには思わず離れようとする俺の肩を掴んで窓枠に押し付け、詰め寄ってくる。
うぇえ、顔がちけぇよ。外から誰かが見てたら確実に勘違いするであろう構図に青ざめる。
「ひぇ……もしかして俺今から襲われます?」
「……何を言ってるんだお前は」
いや、絶対に今の俺たちをみたら、睦み合いだと勘違いする輩はいっぱいいると思います。
「ーーとにかく」
怯える俺を散々面白がった男から漸く逃げ出し、扉に手を掛ける。そしてソファにふんぞり返った男を見下ろし、口を開いた。
「とにかくです。エレノアを巻き込むようなら俺も相応に動きますよ、ーー殿下」
責めるような響きを持って吐かれた言葉に、殿下と呼ばれた目の前の男ーーナジェム王国第一王子、ヴィンセント・アストライオスはにやりと不敵な笑みを浮かべる。……巻き込む気満々じゃねぇか。
無理矢理にでもベルを専属侍女に就かせて良かった。俺が彼女を見ていられない間に殿下がもしエレノアに近づいても、ベルが護ってくれるだろう。
コツ、コツ、と俺の足音だけが暗い廊下に響く。そろそろ魔法結界の外に蔓延る魔物が最も凶暴化する時間がやってくる。
外を見れば、やはり魔法結界が強化され始めていた。
かつて、夜になればなるほど賑わう星の王国では、酒に酔った馬鹿が結界外にでて魔物に喰われるという、なんとも間抜けかつ悲愴な事件が多発した。今でこそ夜の結界の警備を増やしてその件数は減ったものの、酒がある限り無くなることは無いだろう。つまりは馬鹿の為の結界強化である。
「オズワルド様」
「ーーベルか。エレノアは?」
「先程お休みになられましたわ」
音もなく近付いてきていたベルが微笑む。どうやら期待通りに仲良くなってくれたらしい。最敬礼を取るベルを見下ろし、冷たく告げる。
「明日の対面以降、両殿下をエレノアに近付けさせるな。【革新派】も同様出来る限り避けろ」
「かしこまりました」
「最悪の場合【処女宮】に行け。ヴィルゴに話は通してある」
ベルが目を瞬かせた。
「【宝瓶宮】ではなく、ですか?」
いやおかしいだろ。なんで俺の家にエレノアを連れて行くんだ。妹がいるとはいえ男の家だぞ。
そう言えば、何故かベルは青筋を浮かべて微笑んだ。ぞくりと走る怖気に気付かない振りをしつつ、歩みを再開する。
全ての災厄から護るーーか。
思えば、幾度となく外交の場で顔を合わせてきたが、エレノアが幸せそうに笑う姿は見たことがない。バカ王子を見ている時だって、彼女の顔には何処か影があったように思う。
もしあの紫の瞳に幸せだけが映ったら、それはそれは美しいのだろう。
純真無垢な天使のように笑うエレノアの姿が、何故か鮮明に想像できた。
2
あなたにおすすめの小説
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」
公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。
死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」
目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。
「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」
隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。
そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……?
「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」
資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。
【完結】たぶん私本物の聖女じゃないと思うので王子もこの座もお任せしますね聖女様!
貝瀬汀
恋愛
ここ最近。教会に毎日のようにやってくる公爵令嬢に、いちゃもんをつけられて参っている聖女、フレイ・シャハレル。ついに彼女の我慢は限界に達し、それならばと一計を案じる……。ショートショート。※題名を少し変更いたしました。
乙女ゲーの世界に聖女様として召喚されたけど興味がないので妹に譲ります
ゆずぽんず
恋愛
ある日、ユウとチカの姉妹が乙女ゲームの世界に聖女様として召喚された。
好きなゲームの世界に入れたと喜ぶ妹のチカ。
本来、聖女様として召喚されるのだったの一人。どちらかが死に、召喚された。
妹のことが大切な姉のユウは、妹がこの世界にいたいのならば私が偽物となってこの世界から消えようと決意する。
*乙女ゲーマーによる小説です。乙女ゲーになろう設定混ぜ込んでみました。
*乙女ゲーによくある設定(共通ルートやバッドエンドなどのよくある設定)の説明があります。分かりにくかったらすみません。
聖女を騙った罪で追放されそうなので、聖女の真の力を教えて差し上げます
香木陽灯
恋愛
公爵令嬢フローラ・クレマンは、首筋に聖女の証である薔薇の痣がある。それを知っているのは、家族と親友のミシェルだけ。
どうして自分なのか、やりたい人がやれば良いのにと、何度思ったことか。だからミシェルに相談したの。
「私は聖女になりたくてたまらないのに!」
ミシェルに言われたあの日から、私とミシェルの二人で一人の聖女として生きてきた。
けれど、私と第一王子の婚約が決まってからミシェルとは連絡が取れなくなってしまった。
ミシェル、大丈夫かしら?私が力を使わないと、彼女は聖女として振る舞えないのに……
なんて心配していたのに。
「フローラ・クレマン!聖女の名を騙った罪で、貴様を国外追放に処す。いくら貴様が僕の婚約者だったからと言って、許すわけにはいかない。我が国の聖女は、ミシェルただ一人だ」
第一王子とミシェルに、偽の聖女を騙った罪で断罪させそうになってしまった。
本気で私を追放したいのね……でしたら私も本気を出しましょう。聖女の真の力を教えて差し上げます。
護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜
ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。
護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。
がんばれ。
…テンプレ聖女モノです。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる