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さぁ、お礼に参りましょう
12.
しおりを挟む国王陛下――長いので王様と呼ぶことにするが、王様はひとしきり俺の身体を観察すると「魔石が効いたようで何よりだ」と呟くと、ソファにゆったりと腰掛け深く息をついた。その様子から酷く疲れているようにも見えるが、やはりどこか人形的な雰囲気を持っていて人間味がない。彼はニカさんが用意した紅茶を一口すすると、俺とその深紅の目を合わせた。
「貴殿は今の現状をどう見ている?」
「……人に聞いた情報しかありませんが。暴動が起こったこと、国民の狙いは聖女であること、王国は俺を使って牽制したい……って貴族を言いくるめて、貴方方の狙いは別にあること、それは少なくともこの暴動を止める方向ではないことくらいですかね。後半はあくまで予想の範疇を抜けませんが」
「――ほう」
王様は俺から一切目を離すことなく細め、紅茶をもう一口すすった。俺はそれを「続けよ」ということだと受け止め、再度口を開く。こんな茶番のようなものにこれ以上付き合わされる謂れはない。一刻も早く解放されたかった。
「今の天の王国の王城内は、外部には全員聖女の虜だと思わせておいて、その実聖女陣営はほとんどいない。聖女陣営、神殿陣営、国王陣営に分かれていて、一番人数が少ないのは国王陣営。――厳選したといった方がいいのかも知れないけれど」
国王陣営は聖女陣営に寄生することで彼らの目的を密に達成しようとしている。【天詠みの聖女】はやはり歴史的に絶大な地位をもっているから、彼女を殺すより利用した方が国内での体裁的にもいいだろうし、いざとなれば今のように暴動の標的にもできる。国王陣営にはこれ以上ないくらい都合のいい存在だろう。
対して神殿陣営は、恐らく聖女の暴走に便乗していただけで、今回の出来事よりもはるか以前から何か目的があったはずだ。エレノア以下有能な貴族が消え、王家に力がなくなっている今が好機なのだろう。狙いは俺だと神官長はにおわせていたが、確実に俺である必要はなく目的を遂げる一つの手段として俺は都合のいい捕虜だったと考える方が適切だろう。そう簡単に戦争など起こせない今の時代、異国の大公を目的の主軸に置くなんて杜撰すぎるから。
聖女陣営はただの馬鹿の掃きだめだ。聖女に乗っかっておけばいいとしか考えていない無能の。
「国王陣営――国王陛下とニカさんは、聖女の洗脳に染まっているふりをするのに乗じてエレノアを消した。エレノアは聡明で有能、人望もあるのに聖女に染まった殿下に忠実。陛下にはさぞ邪魔な存在だったろう。星の王国が彼女を受け入れることもきっと予想済みだ。俺が来たことには驚いただろうが」
「……」
「星の王国と敵対することも想定済みだったから俺を捕まえて敢えて関係を悪化させた。国民が馬鹿ではないと知っていて聖女思想に染まった新聞記事を流し、『王族はもうだめだ』『俺たちが何とかしないと』と国民が革命を意識するように促した。」
まるで天の王国を亡ぼしたいようにしか、思えないんだけど。
そう締めくくり、小さく息をつく。ついさっきまで肺をやられていたからか、魔石で治療した今でも少し息苦しい感覚が残っているのだ。胸を摩り、何度か咳き込む俺を見かねたのか、ニカさんが俺の腰とベッドの壁の間に枕を挟んでくれた。王様を前に不敬だが、不敬ならいつもしているので今回も有難く凭れさせてもらう。
その間も、もぞもぞと体勢を整える俺をずっと見つめていた王様が音を立てることなくティーセットを机に置き、窓の外に視線を投げた。天の光が王様の顔に差しこみ、その美しいかんばせがより鮮明になる。謁見や外交の際はほとんど逆行なので、こうしてきちんと顔を見て話すのは初めてかもしれない。
「流石だな」
「光栄です」
「概ね大公殿の想像通りだが、――余は決して【シエル王国】を亡ぼしたいわけではない」
「だけど実際そうなっている」
「陛下、ここからは私が」
どこか他人事のような王様の態度に苛々してしまい、声が掠れてしまう。俺だって、普段は適当に過ごしているが、一国を背負う大公としての責任の重さは十分に理解している。何よりも国を優先し、王のために死ぬ。それが俺の役割であり天命だ。
だからこそ目の前の王様の態度は気に入らない。こんな風に自分の国を貶めて飄々としていられる神経が理解できない。不愉快だ。
すると、表情に影を落とした俺を見つめていたニカさんが、徐に俺と王様の間に割って入った。にこやかに微笑んではいるが、丸眼鏡の奥の翠の瞳は隙なく光っている。柄にもなく緊張しているらしい彼の様子に、俺も思わず居住まいを正す。
そして次に彼が口にした言葉に、俺は思わず絶句することになった。
「わかりやすく結論から申し上げますと、陛下は【死にたい】のでございます」
「――――――は?」
呆然と固まる俺。ニカさんは穏やかに微笑み、王様は我関せずと揺蕩う紅茶の水面を見つめていた。
「死にたい。」――死にたいとは、どういうことか。天に招かれ、星になるということだ。目の前の男はそうなりたいのだと、ニカさんは言っている。
ぞくりと背筋を這うような激情が身体中を駆け巡る。理解はできる。けれど納得などできるはずもない。自国の大公がこんなことを言ってみろ、速攻首を撥ねて殺すところだ。
怒りともつかない感情を必死に抑え込んではいるけれど、殺気だけは漏れているのか、ニカさんの額から一筋の汗が流れ落ちる。殺意には慣れていないのだろう。青ざめる彼に俺は殺気をしまい、王様を見つめる。冷や汗を流すニカ様とは反対に顔色一つ変える様子のない王様に、殺気がもう一度漏れ出しそうになるのを感じて、慌てて押しとどめた。
「……理由を聞く権利はありますよね」
「えぇ、勿論」
すらすらと淀みなく話し始めるニカさんの言葉を聞きながら、俺はずっと彼らを視続けていた。
ニコラス・ジュピターは死にたいのである。
小さな頃は【お友達】として、大人になってからは【宰相兼側近】としてずっと彼のそばに居続けたニカ・アテナはそう定義づけている。しかし、それは何も生まれつきのものという訳ではなく、長い時を経て彼らがたどり着いた理想の結論が【死】であったというだけのことだ。
王という身分は存外不自由なもので。人と関わりたくない、自由に生きていきたい、そう願っても人は離れてくれない。形ばかりの身分にのしかかる責任はいつしか彼を押しつぶし、絶望させる重しになった。日に日に感情の起伏を失い、心を失っていくニコラスを救いたいと思うのは間違いではなかったはずだ。
「『王位を譲渡したい』『自由になりたい』。そういくら言っても誰も聞き入れてくれないのです。ならば、今ある王位を崩してしまえと思うのは当然の流れだとは思いませんか?」
今までの苦悩を思い出しているのだろうか。歪に上げた口角がひくひくと揺れるのを見つめながら、俺はそっと目を伏せる。――嘘は、一度もつかなかった。
確かに、俺も全てから逃げ出したくなるような思いは何度もした事がある。家族を殺したとき、戦争で友人を失ったとき、死んだ友人の家族に労わられたとき。何度も死にたくなった。だけど、俺が死んでしまったら、俺の目の前で散っていった命に申し訳がたたないと、いつしか自分の中の【禁句】といて封じ込めてきたそれ。
図星を刺されたような気持ちだった。
心臓部分に手を当てて俯く俺をどう思ったのか、王様はゆっくりとソファから立ち上がると、そのままの足取りで俺のそばにやってくると、先程までニカさんが座っていた椅子に腰かけた。
「……天の王国が星の王国に敗北すれば、責任は当然陛下がとることになる。貴族共は嬉々として陛下と聖女、そして私に責任の全てを押し付けるでしょう。大公殿が我々の計画を知ったところで国民の怒りは収まらない。飢えで死んでいった人間の憎悪は消えない。どうあがいても、我々は死ぬのです」
「天の王国はどうするんだ」
「我々は王国への愛を失ってしまいましたから、正直どうでもいいというのが本心ですが……プルート家かプロセルピナ家の長男になるのではないでしょうか。若しくはルーカス殿下を聖女の被害者に仕立て上げて傀儡の王とするか」
まるで興味がなさそうな様子で語るニカさんの様子に寒気がして、知らず布団を握りしめる。彼らの表情からは、すっかりと生への渇望が消え失せてしまっていた。
彼らはもうすぐ死ぬのだ。この世から、いなくなるのだ。彼らの運命は既に俺如きに止められる次元を超えてしまっている。――だけど、彼らが統治する天の王国がいかに強い国であるか、俺は生まれたときから知っているから。惜しいと思ってしまうことくらいは許してほしい。
大きくため息をつき、王様の目を見つめる。何も映さなくなってしまった深紅の瞳に、俺の姿がただ反射していてひどく虚しい気分になる。
「別に、貴方方がどうなろうと我が陛下の目的の遂行に一片たりとも傷が付くことはない。――だけど、今回の勝利は貴方方にあげるよ。【願い】は俺が叶えてやるさ。ただし、エレノアの罪が嘘のものだったと国民の前で宣言するのならね」
彼の瞳に映った俺の空色の目が、海のように揺れているのが目に入って少し情けなくなった。……まるで傷ついているようじゃないか。馬鹿馬鹿しい。惜しむことこそすれ、敵対国の有能な王が死ぬのだ。吉報には違いないだろうに。
ここまで心動かされるのなんて、エレノアにとんでもない誘いを持ちかけてしまったときくらいだ。
しかし、最期まで動かないと思われた王様の心が、少しだけ俺の言葉に呼応するように鼓動を速めた。ニカさんも初めて見るような自然な笑顔を浮かべ、王様の目にはいくらかの感情が乗っている。王様は俺の手をそっと取ると両手で握りしめ、彼のおでこを俺の手の甲へとくっつけて目を閉じた。
神に祈るかのようなその姿勢にぎょっとして手を振り払おうとするが、強固に握られた手がが離れることはない。
「ちょっと、!」
「――感謝する」
「ありがとうございます。大公殿」
「……エレノアと陛下のためでしかないから、礼はいらないかな」
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感想ありがとうございます。
長らく更新できておりませんが、温かいお言葉本当にありがたく思います(;-;)
また必ず更新再開いたしますので、お待ちいただければと思います( ᐡ. ̫ .ᐡ )
さぁ、お礼に参りましょう 11 の
命令違反は自分のケツで拭って… は
命令違反は自分でケツを拭って… では
ないかなーと思います。
想像したらひどい画だった。
誤字報告ありがとうございます!
なかなか酷い状況ですね笑笑すみません訂正させていただきます!
さあ、お礼に参りましょう 2 の
・男の気配に怒気が帯びる は
若干接続詞が合わないので
→男の気配に怒気が籠る
→男の気配が怒気を帯びる
→男が気配に怒気を含む
の、どれかが良いかと思われます。
暑くて泣きそうですが、
体調に気を付けてお過ごしくださいな。
度々の誤字報告ありがとうございます(´;ω;`)
誤字というか文法ですね(´ ˙○˙ `)全然気付いていなかったので教えていただいてありがとうございます!訂正致します!
とっても暑くてしんどい季節ですが、灰雲様も体調にお気をつけて過ごして下さいね(◡‿◡ฺ✿)
拙い文章ですがこれからもどうぞよろしくお願いいたします!