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序章 過去は置いていく
目が眩む
しおりを挟むベゴニア地方とは、ルビー王国の中でも東の端に位置する都市で、「スール」の活動が最も盛んな場所だ。国立の組織に属さない「スール」は王都では反乱分子と同じように粛清対象なので、いたとしても公の場に姿を見せることは無いが、ここでは違う。当たり前のようにスールが大通りを闊歩し、住民と会話をしている。
ワイワイと賑やかなベゴニアの街は、俺が関所の転移門に現れた途端、しん、と静まり返った。スールを歓迎するこの街では騎士団は邪魔者である。居心地は悪いが、ベゴニアの領主に話を聞きに行くために、関所で待っていた飛龍に乗る。
飛龍に跨って空を飛ぶ。騎士団の位持ちは、一人につき一匹飛獣が宛てがわれる。その中でも俺の飛獣である飛龍は、とびきり忠誠心が高い。人生で主をたった1人選び、生涯の主人とするのだ。
俺の飛龍、ブレインは俺が王都に来て3年目の時に俺を選んでくれた。まだまだ龍の中では子供だが、真っ黒な鱗に金色の目がかっこいい、イケメンさんだ。
「ブレイン、領主の屋敷まで頼むよ」
頭をカリカリとかきながら言うと、ブレインは嬉しそうに鼻を鳴らし、スピードを上げた。
「今回の反乱、俺には領主である貴殿に責任があるように思えてならないけれど、如何かな」
冷涼な声に、男は顔を上げる。男はベゴニア地方の領主の用心棒として依頼を受けたスールである。反乱分子への抑止力として雇われた男だが、男自身は反乱分子側の味方だった為、元より気乗りのしない仕事なのだ。報酬が高いからやっているだけの。
反乱の粛清の為にやってきた騎士団も、領主に擦り寄り、少しでも賄賂をもらおうとするものばかり。ただでさえ無い国への愛がどんどんすり減って嫌悪に変わっていく。
「確かに陛下は、国に納める税以外にも、領主の判断である程度税の徴収は認めている。……が、貴殿の税収を見る限り些か過剰が過ぎる。」
「更に、陛下のお言葉への違反もあった。ここに来るまでに街並みを見ていたが、生活のために必要な公共魔法具の魔力提供が貴殿ら貴族からではなく一般の魔力持ちから為されている」
しかし、目の前のうら若い青年は違うようだ。先に来た騎士団よりも随分と若いが、その実力は戦わずとも男には分かった。飛獣の中でも特に獰猛な飛龍を従えているだけでも十分だが、それ以上に溢れ出る魔力の多さに男は威圧されていた。
しかも、騎士団でありながら、貴族に忖度しない態度も好ましい。
「領主というものは、その土地の代表であると共に、最も市民のために働かねばならぬ存在だ。それを守れていないようでは反乱が起きても仕方がない」
粛清より先に貴殿の方から歩み寄ってはいかがかーーと締めくくった青年。対面に(詳しくは男の斜め前に)座る領主一族は、思いもよらぬ叱責に顔を真っ赤にしている。
「ーーーッッ若造に、何がわかると」
「少なくとも市民にかける税が過剰であることは理解できます」
温度の乗らない青年の声は、水のように滑らかで冷たい。無表情もあって、目が合っている領主は身体の内側から冷やされていくような感覚であろう。男はすっかり目の前の騎士を気に入っていた。
(……騎士団にしておくにはもったいない)
男はにやりと笑う口を押さえつけ、前を向いた。
領主との対談により、市民の方に問題はなく、正しく我慢の限界であったのだろうとわかった。領主の減棒と税の削減、公共魔法具の整備などを完全にやりきって市民との和解を終えてから帰還する旨の書簡をしたため、帰還する部下に渡す。
今日は街の視察だけして、明日から取り掛かろう。
……と思ってはいたのだが。
「……思っていた以上だな」
公共の魔宝具で常に水が出るはずの水汲み場はすっかりと枯れて精霊が消え、魔力補充が出来ない状態に。
必ず正しい時を刻む大時計は、全く掃除されず、綺麗な所を好む精霊がとてもじゃないけれど住めない有様。
他にもあらゆる魔法具が機能を停止させてしまっている。
思わずつぶやくと、何故か後ろに着いてきていた領主の護衛が口を開く。
「スールのヤツらがたまに補充はするんだけどねぇ、それを見た領主サマが片っ端から壊していくのさ」
「……国が設置した魔法具の破壊は罪だ。罪状が増えてやりやすい」
これは明日からとか言っている場合ではない。魔法具の整備だけでも進めてしまおう。……とりあえず日頃からしている魔法具の研究が役に立った。持ってきていた工具を広げ、俺でも修繕できる所はしていく。細かい所は専門家に頼まねばならないので、あくまで応急処置だ。
自分の属性である「水」と「刻」で何とかなりそうな魔法具はすぐに使えるようにしていく。
水汲み場に、水の精霊を呼ぶ。
「水の精霊さん、まだまだ細かい所はアレだけど、ここで水を生み出してくれないか?」
『……随分と汚いところねぇ、エルじゃなかったらぶっ飛ばしてたわ』
大時計に刻の精霊を呼ぶ。
「刻の精霊さん。ここで人が生きる時間を刻んでくれないか」
『……エルの頼みだから仕方ない。絶対に遊びに来てくれなきゃダメだよ』
一つ一つ直せるものから直していく。ふと振り返ると、俺の周りにはたくさんの群衆がこちらを見つめていた。
直せそうなものは直しきった所で、腰をあげる。日は沈みかけ、それでも街の屋台は賑やかだ。お腹がすいてしまう。
ベゴニアの反乱は、所謂ストライキだった。しかしスールが市民の戦闘力となって話の聞かない騎士団と戦うものだから、俺の方にも「戦闘で壊滅状態」等と尾ひれが着いている。実際は賑やかで、美しい街だ。
護衛の男がどこからか買ってきたロサ鳥の唐揚げとトウ豆のスープを食べる。
「……所で、スールの君が何の用かな」
横に座る男を見ること無く問うと、横からクスクスと笑う声が聞こえる。
「……バレてた?」
「領主の護衛にしては市民からの目が優しい。会議中も何度か領主に微かな殺意を向けた。対応が市民側すぎる」
「ま、そうか。……領主の護衛はただの依頼だよ。別に殺しても良かったんだが」
剣の柄に手をかざす。
「おっと、言い過ぎたよ悪い悪い。そのくらい嫌いって話。……なんて言うか、他の騎士と違って公正なあんたに興味が湧いたのさ」
夕焼けが闇に飲まれていく。
夜が、魔物の時間がやってくる。
「……あんた、ベルン村のエルだろう?ーーーーー国から、レイモンド・アレスから自由になりたくはない?」
「……今なら聞かなかったことにしてやる」
声は震えていなかっただろうか。隣に座る男に、そっと手を握られる。驚く程に優しいその力に、ゾクリと背が泡立つのを感じた。
「いいや、言わせてもらう。ーー騎士団にあんたは勿体ない。自由になったあんたはきっともっと強い。強くなりたくはない?そんなところで燻るあんたじゃないはずだ」
呪いのように甘い言葉に、今度こそ手が震える。
ーー強い欲求がある。
自由になりたい
強くなりたい
魔法の研究がしたい
「俺たちは何にも縛られない。スールなんてまとめて役職のように呼ばれてはいるが、そんなものになったつもりもない。勝手な指標さ。ただ俺たちは自由に、好きな時に狩りをし、好きな時に戦う」
あぁ、美しい夜だ。
エルが去った方向を眺めて、男はゆったりと微笑む。あれではすぐにこちら側にくるだろう。彼には自由が似合う。
キィキィと精霊達が囁く。
『エルしんどそうだった』
『エル泣きそう』
『エルまた穢されてた』
『ユラン、エルを助けて』
「……もちろんさ」
『ユランありがとう』
『ユラン大好きよ』
『エルはユランを傷付けなかった』
『ユランに優しいエルが好き』
若干エルの心配ばかりで嫉妬してしまったが、機嫌を取り戻す。そうだ。彼は俺がスールだとわかっていても普通の態度で接していた。粛清対象と仲良さげに話していたと騎士団の第三幹部にバレたらエルが傷つけられそうだ。それは避けたい。
「音の精霊よ、我が心を暴き響かせ、十傑へ告げよ。」
キィ、キィと音を立てて精霊が去っていく。さぁ、エルを騎士団から解放しよう。暴れまわらせよう。
ーーーーだって、その方が面白い。
十傑会議を始めよう。
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