氷使いの青年と宝石の王国

なこ

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第一章 幸せは己が手で

愚者の行進.03

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 講堂の舞台上に理事長と共に座り、次々と中に入ってきて席に着く生徒たちに特に興味を持つことも無くぼんやりと眺める。 俺に嘲笑を向ける生徒、スールは帰れと野次を飛ばす生徒、十傑を恐れる生徒と様々だが、概ね歓迎されていないことだけは伝わってくる。理事長が小声で謝罪してくれるが、予想の範囲内だ。というか雑魚がどう吠えようが所詮戯言だ。
 理事長が手を上げ、一気に講堂から音が消えた。不快な騒音が消え、囁きかける愛しい精霊たちの声だけが響く。精霊が囁いてくれる愛の声に、精霊の声を聞けるだけの魔力を持つ生徒たちが驚いたような顔をしている。ーー基礎元素しか使えない生徒が半分以上か。想像よりも遥かに多い。これでは理事長が不安に思うのも仕方がないだろう。過激派共が聞いたら大喜びしそうだ。

 俺がぼんやりと分析している間にも進行役の生徒が学園の様々な紹介を進めてくれていたようだ。全く聞いていなかったが。暫くすると生徒の「新任教師の紹介」の声に、理事長に自己紹介を促された。ーー少し考え込む。一体、自己紹介とは何をするものなのか。自分を紹介なんてしたことが無い。


「エル。元王国騎士団第3部隊隊長。現スール。一応十傑の3位にはなった」


 さぁどうだ、と得意げに理事長を見遣れば、何故か凄く微妙な顔をされている。首を傾げると、理事長はゆっくりと息を吐き、柔らかな笑みを浮かべた。


「もう少し面白みのある自己紹介をしてみよう。例えば……好きなものとか、趣味とか、属性とか、色々教えて欲しいな」


 あぁなるほど、合点がいった。調べればわかる情報だけ述べられても紹介にはならない。それはただの提示だ。しかし生徒に教える必要はあるのだろうかと疑問に思いながらも再度口を開く。


「好きなものは食べ物。特に甘い物。趣味は魔法研究と魔宝具開発。あと食べ歩き。属性は水と刻ーーまぁ氷」
「……うん。ありがとうよく出来たね」


 もうこれ以上は喋らないという固い意思で前を向く。理事長は溜息をつき、これで終わりだと言う様に進行役の生徒に目配せし、俺の頭を撫でてくれた。それにしてもこの理事長、凄く手つきが優しくて気持ちがいい。何となくモナルダ図書館の館長を思い出してしまい、寂しくなる。折角王都に来たのだから館長にも会いに行かないと。撫でられながらもそんな事を考えていると、理事長の手が離れる。何となく目で追ってしまい、理事長と目が合う。慌てて目を逸らした。生徒たちの中から微かな悲鳴が上がり、すぐに消えた。


「……では、エル君にはX組を担当してもらう」
「はい」


 理事長の口からX組の名が出た瞬間しんと鎮まっていた講堂が一気に騒がしくなる。あからさまに浴びせられる侮蔑の嵐に思わず空を仰いだ。彼らの言い分としては、「スールにはXがお似合いだ」ということらしいが、彼らは実力差というものを理解していないのだろうか。
 かつての騎士団での記憶を思い出し、苛立ちが募っていく。事の表面だけを見て暴言を吐ける安直さ、面と向かって言うほどの勇気はないから大きな声に自分を隠して投げかける意地汚さ。集団になれば人間なんてこんなものだ。天族が矮小な人族に怒ることなどないように(さすがに今回は例外だが)、こんな雑魚に対して美しい精霊を使って魔法で黙らせる気にもならず、ぼんやりとキラキラと輝く精霊たちを見つめる。


「静かに」


 厳かな声が響く。再び講堂に沈黙が戻った。先程までの笑顔はすっかりとなりを潜め、不愉快そうな顔を隠しもしない彼を、生徒たちが怯えたように眺める。冷たく生徒たちを一瞥した理事長は、特に注意をすることもなく集会の終了を宣言し、生徒たちに教室に戻るように告げた。
 ざわざわと生徒たちが戻っていく中、理事長が近づいてくる。


「すまなかったね」
「別に、雑魚が何を言おうと気にならないし大丈夫。俺もX組に行けばいいんだよね?ーーそういやルナは?」
「あぁ、X組の生徒達にも全員教室に来るように言っておいたから。ルナ君は騎士団に戻ったよ」


 そう、とだけ返事をして講堂を出る。ルナの飛獣とも仲良くなりたかったのに、何を俺に無断で帰ってるんだ。無意識に頬を膨らませ、精霊に教室の場所を尋ねる。


『エルは可愛いわね』
『ルナがいないと寂しいのね』
「精霊さんには悪いけどぜっっっったいに違うからそれだけは訂正して」


 







(???視点)


 今日から俺達の担任が新しくなる。とは言ってもそんなものはいてもいないような物だから、皆それ程感慨深い訳でもない。前の担任が誰だったのかも知らない。そしてこれからも、彼のことを自己紹介以上に知ることも無いまま終わるのだ。ーーどうせ自分達はどうしようもないままなのだから。

 今回の担任はあのスール最強の『十傑』の第3位らしい。どうしようもない俺達には、ついには貴族の教師も宛てがわれなくなったらしい。3位は「中立派」らしいが、もし俺たちみたいな雑魚を目の前にしたら簡単に殺してしまうのかもしれない。X組の生徒の中には彼のファンだという生徒もいるが、彼は人に興味が無いのだという。ーー特に貴族に。きっと、俺たちみたいな貴族の雑魚なんて。陰鬱な雰囲気が教室を包んでいく。
 教室には珍しく生徒全員、13人が揃っている。皆一様に「来たくなかった」と顔に書いてある。俺だって理事長からの命令書がなかったら絶対に来なかった。


 だって、何回言われたって辛いのだ。
 

『落ちこぼれに与える教育はない!』
『何故私がこんな奴らにーー』
『落ちこぼれなんだからせめて鬱憤晴らし位の役にはたってくれよ!』
『ぎゃははは!泣いてるぞ!泣く資格なんてねぇだろうが!』


 今回も見捨てられてしまうのかと。スールの彼にさえ見捨てられてしまえば、今度こそ俺たちはこの世界で寄る辺は無いのだと、痛感させられてしまうから。


ーーガチャリ


 開きの悪い扉を開けて教室に入ってきた彼は、感情を読み解けない表情で俺達を眺める。座席に座る俺たちを見、大きな黒板が設置された教卓を見ると、元騎士団の部隊長というのも納得の優雅な所作で教卓に登った。
 じ、とこちらを眺める彼に困惑気味の俺達。


「あれ、理事長から教室に入ったら『起立、礼、着席』とやらをするっていう文化があるって聞いたんだけど。もしかして嘘?」


 穏やかな口調にもかかわらず全く感情の乗らない声に、形ばかりの委員長を押し付けられた少年が怯えた顔をする。気弱な彼はやり慣れていないとは言え、作法すら飛んでしまうほど目の前の存在に恐怖してしまっている。このままでは過呼吸になってしまうのでは、と思う程の怯えっぷりに何となく憐れに思って代わりに挨拶を済ませてやった。生徒たちが驚いたように俺を見る。
 新しい担任は真顔で頷くと、怯えきった委員長をつまらなさそうに眺めた。


「さっき自己紹介は済ませたから一応名前だけ。エルだよ。今日からこの……X組?の担任になるから。よろしくね。」
「……」
「ひとつ言っておくけど、君達の境遇については何となく理事長から教えて貰ってる。……けど、それを理由に怠けることは許さないから。この俺を教師にするんだ。それなりの人間になってもらわないと困る。」


 はい先生、と隣の席の真面目くんが手を挙げる。


「僕のように魔法が使えない人間にどう強くなれと言うのでしょうか。いつかの担任は僕に『落ちこぼれは諦めろ』と言いました」


 名のある侯爵家次男として、努力したいと必死になっていた彼。せめて魔法が使えるようになればと血豆を作りながら勉強し、自分より身分が下の教師に土下座で頼み込んで。ーーそしてそう言われて荒れに荒れていたことを俺たち全員が知っている。
 同じような境遇の生徒たちが縋るように担任を見つめる。縋って叩き落とされても、それでもなお希望を捨てきれないから。


「君に、それで強くなれないというのは君の怠慢だな。魔法だけが強さだと思わない事だ」
 「……貴方は魔法が使えるからそう言えるのではないですか?」


 お前、死ぬ気か?と全員が思っただろう。しかし真面目くんは目をそらすこと無く担任を見つめ続ける。でも気持ちはわかる。俺たちはX組に来て初めて「諦めろ」以外の言葉を聞いたのだ。


「……例えば、十傑の10位は魔法が使えない。彼女には精霊は見えていないし、彼女は別にそれに対して劣等感を持っていない。何故なら彼女はその身と武器だけでAランクの魔物を1人で屠れてしまえるのだから」


 彼の言葉に思わず固まってしまう。
『狂人』と名高い十傑第10位、アリスは目に見えない程の攻撃で人間をズタズタに切り裂く。きっと俺達には想像つかないような恐ろしい『魔法』の使い手なのだと思っていたのだ。


「彼女の武器は小さな短剣一つだった。魔法が使えないから身体を鍛えた。何故なら何かを殺したいという衝動を抑えられないから。でもそれだけでは足りないから剣も使い、槍も使い、弓も使い、斧も使う。果てにはペンや糸みたいな日常品も彼女にとっては立派な武器だ」

「魔法だけが、武術だけが強さだと思うのは確かに持つ者の傲慢だ。知識もーーそれこそペンや糸のような日常にある些細な物も、簡単に人を殺す道具になる。
強さなんて人それぞれだ。無能な担任の言葉なんて忘れるんだね。」


 いつしか、彼の透き通って響く声に全員が耳を済ませていた。隣に座る真面目くんの目から一筋の涙が零れ落ち、教室に彼の嗚咽が漏れる。彼の言葉は地に落ちた俺たちへの救いの天啓のようにすら聞こえて。俺の視界もじわりと滲んでいく。





「俺が君達を強者にする」

 



 彼ならばーー彼についていけばいいのだと誰に言われるでもなくわかる。全員が自然と立ち上がり、「礼」をする。


 この日、スールの担任は俺たちの「先生」になったのだ。




 俺は生涯、この日を忘れることは無いだろう。
 






 
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