氷使いの青年と宝石の王国

なこ

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第一章 幸せは己が手で

愚者の行進.05

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「まず、この世界で生きる上で必ず知っておくべき国は5カ国ある」


 1つ目はこの国、ルビー王国。またの名を赤の王国とも言うが、大抵通称の「赤の王国」と呼ばれる。
 世界最大の領土を持つこの国は5つの国の中心に位置しており、その国境では今なお小さな戦争が幾度も勃発している。その癖高い戦力となる魔法士を全員王都ロサに集めるから、それを不満に思う国境付近の村を中心に反乱がよく起こっているのも特徴的だ。


「治安が悪いんですか……?」
「ロサに関してはいいよ。でも王都を出れば、外は過激派のスールや闇ギルドで溢れかえっているから」


 次にトパーズ王国。黄の王国とも言われるこの国は、カルパの木に国土の殆どをおおわれている自然豊かな国だ。魔法研究が最も進んでいる国でもあり、軍事力に富んだ国でもある。あと港町の食事が美味しい。
 そして、サファイア王国。青の王国と呼ばれるこの国は、ルビー王国の東に存在する水下都市で広大な海のに存在する「水界族」だけの王国だ。人族の侵入を許さない自然の要塞とも言えるこの国は、世界で最も平和な国とも言われている。
 更に、エメラルド帝国。緑の帝国と呼ばれるこの国は、国の名前に反して緑が一切ない砂漠の国だ。その昔はそれは緑豊かな帝国だったそうだが、木の精霊や花の精霊を激怒させてから、全ての植物が枯れ果てたという伝承がある。
 最後に、オニキス王国。黒の王国と呼ばれるこの国は、ーー絶対に関わってはならないということだけ覚えておけばいい。


「関わってはならない、ですか……?国なのに?」
「うん。本当に謎が多くて、でも強い小国だ。でもことだけはわかってる。亡命者が後を絶たない国さ。必要以上に知らなくていい」
「わ、わかりました……」


 国同士の関係や貴族や騎士団については、彼が真に神子として君臨するようになった時に嫌でも知ることになるので割愛させてもらう。次に、種族についてだ。


「国名とかは覚えられそう?」
「はい、想像よりも覚えやすくて……もう覚えました」
「飲み込みが早いのはいいことだ」


 この世界には、大きくわけて「天族」「人族」「水界族」「精霊族」「魔族」が存在する。そこから派生して獣人族などもいる訳だが、取り敢えず基本として知っておくべきなのはこの5種族だ。
 天族については俺も知らない事が多いけれど、創造神に最も近い存在であり、神の地である浮遊島に唯一住むことを許された神聖な種族だ。神聖術と呼ばれる魔力いらずの能力を使うらしい。浮遊島の中心に立つ世界樹という巨大な木になる実から生まれると言われている。


「俺は、今のところ君の治癒の力は神聖術に近いものなんじゃないかと推測してる。『祈り』は天族と関係深いものだから。あと君には魔力は全くないからって言うのもあるけど」
「そうなんですかね……。」
「まぁ憶測の範囲内だから」


 人族は言うまでもなく俺達のことだ。人族のおよそ6割が「魔力」と呼ばれるものを有しており、実態のない精霊族と対話することができる。魔力を対価に精霊族の力を借りなければ何の固有能力も持たない、最弱の種族だ。しかし、派生の種族も多く、文化が豊かな種族でもある。
 水界族は水界に住む言語を解する種族のことを指している。上半身は人族のようで、下半身は水界の魚のような生物の形をしている。水中でしか生きることができない分、水中では他の追随を許さない強さを誇る。かなり排他的な種族でもある。
 精霊族は最も人族に馴染み深い種族である。この世界にある「火」「水」「地」「風」「光」「刻」「力」「音」に宿る魔力そのものが意志を持ったもので、実態はないが魔力が高い人族ほど彼らの姿を鮮明にとらえ、対話し触れることが出来る。これに関しては完全に素質だ。

「現に君には精霊は見えないだろう?」
「はい……先生にはどう見えてるんですか?」
「水と刻の精霊が俺の肩とか頭とか膝に乗って遊んでる」
「……見たい……」


 そして魔族。神が繁栄の抑止力として生み出したとされる魔族は、環境の汚染や人々の悪意から生まれる。つまり、この世界から悪意が消え、戦争が消え、発展が消えない限り魔族は増え続ける。ある意味では最強の種族と言える。強くなればなるほど自我を持ち言語を解するようになる。彼らを排除する為に騎士団やギルド・スールが発展してきたと言っても過言ではない。


 着いてこれていそうなので、次は魔法と魔法具、最後にスールについて話していく。必死に俺が話す情報を書き留めている彼を待ち、紅茶を1口啜った。









 日はどっぷりとふけ、月が顔を出している。必死に情報を得ようとするミツリがいじらしくて、研究者として魔法についてしっかりと話し込んでしまった。お詫び代わりに紅茶をご馳走したのだが、何もかも知らない世界に今日まで身を置いていた哀れなミツリはすぐに飲み干すと、安心しきったように眠ってしまった。疲れを癒す魔法薬の効果が出ているのだろう。ゆっくりと休むといい。
 生徒の一人もいない道を彼を抱いて歩く。少しでもこの異界の青年が穏やかに暮らすことが出来ればいいと思う。スールの俺が驚く程気配が希薄な彼は、接近戦において非常に高い能力を発揮するだろう。彼が彼として生きられるように、俺は教師としてせめてものことをしなければ。


「失礼するよ。この子寝かせてあげてくれる?ベッドはどこ?」


 旧校舎の大部屋の扉をノックすると、テオドールが出迎えてくれた。生徒たちは全員起きていたようで、大部屋に13個敷き詰められたベッドにそれぞれが座り、話に花を咲かせている。態々挨拶もしてくれるあたり、かなり友好的に受け入れられているようだ。一先ず好感触である。生徒たちの仲がいいのも、いちいち精神面まで面倒を見るのは面倒臭いので正直助かった。ミツリのベッドに案内され、彼を寝かせる。


「先生は、その忌み子に随分と優しいんですね」


 幾分か皮肉を含んだテオドールの台詞に、俺達に注目が集まる。どうやらここにいる全員もには冷たく当たっているらしい。思わず鼻で笑ってしまう。


「ーーなん、」
「あのねぇ、この子はこの世界でのお前達X組として認識されただけのただの子どもだ。少なくとも俺個人にとっては彼もお前達も何も変わらない」


 君たちだって学園のだろうと暗に告げると、生徒たちは顔を赤らめ、眉を顰める。本当はこの子は神子で、君たちが崇める存在なのだと言ってやってもいいがまだ時期ではない。すぅすぅと穏やかな寝息を立てるミツリのおでこに手を触れ、目を閉じる。近づいてくる刻の精霊に彼の夢の時間を長くしてやるよう告げ、何か言いたげな生徒たちを置いて部屋を出る。






「先生」
「……なに?テオドール」
「……母上は、何か言ってましたか」


 どこか緊張した面持ちでこちらを見る少年。きっと俺が教室にやってきてから、ずっとそれだけが聞きたかったのだろう。俺が答えることなく真っ直ぐにただ彼を見つめると、彼はゆっくりと目を伏せ、お辞儀をして部屋に戻って行った。俺も歩みを再開する。
 彼は幼い頃に自分を捨てた母の影を、同じスールの俺に見ている。スールとして名をあげる母がいつか戻ってきてくれると無意識に願っているのだろうか。


 キラキラと上空彼方に輝く浮遊島が美しい。夜にのみ肉眼でもその輝く姿を捉えることができる為、黄の王国にいた時は、夜は種族研究に携わる人達でカルパの木の樹冠は満員御礼だったなぁなんてのんびりと思い出に耽ける。

 ざぁ、と夜風がさざめく。


「……と接触したよ。随分と暴虐の限りを尽くされたみたい。拘束の痕はおそらく消えないね」
『……神子は?』
「講堂にはいなかった。大方学長がスールなんぞの前に出せないと保護したか」
『そうか。……どうだ?教師生活は』
「2位の子供がX組にいた」
『ーー随分面白そうな……してやるといい』


 クスクスと笑う。勿論優しくしてやるさ。あの鬱陶しい目の上のたんこぶのような痴女を出し抜けるまたとないチャンスだ。恩でも売って痴女の前に連れて行ってあの女の厚顔に恥が上塗りされるのが楽しみで仕方ない。
 悪いねテオドール。俺はお前の母親のことをずっとずっと殺したくて仕方ないのさ。だって許されないじゃないか。低俗な人間ごときが聖獣に手を出して、あまつさえ傀儡にするなんて。傀儡にされた聖獣たちを思い出し、唇を噛む。あんな継ぎ接ぎだらけの腐臭漂う姿にされて、還ることすら許されずに人間ごときに使われるなんてどれ程の屈辱か。
 子供なんて彼女にとっては大した刺激にもならないかもしれないが、将来的に騎士団にでも入れられれば、嫌でも反王国主義の母親の目に入る。母を思うテオドールにとっても一石二鳥だろう。ーーそれでもし殺されたとしても、彼にとってもきっといい思い出だ。


「あはは、いつか殺してやる」


 通信魔法具を切り、気分よく夜道を歩いた。ぞわり、ぞわりと湧き上がる憎悪に蓋をして。













「……真っ直ぐに歪んでるよなァ、彼奴」


 愛すべき恋人の溜息に、ゼストは苦笑する。仕方ないとはいえ、「精霊の愛し子」の名にふさわしい清廉な性格になってくれないと落差でこっちがしんどくなる。とはいえ、エルとは彼が十傑になってからの付き合いだが、ゼストは彼のこういう素直に人を嫌う性格を好ましく思っている。


「……堕ちる事さえなければ、って所だが……厳しいだろうな。」
「あァ、ありゃもうダメだ。一回ぶっ壊れて一から治す方がまだ楽ってもんよ」


 思わず天を仰ぐ。彼程の実力者が「天堕ち」でもすれば、過去が過去だけに国が傾きかねないーー下手をすれば滅ぶ。1位の体のいい道具にされてしまうのが目に浮かぶようだ。考えたくもない。
 悪い予感を振り払うように首を振るゼストをゆっくりと背後から抱き締めくれる愛しい匂い。もう彼の未来は考えないようにして、今は2人の時間を楽しもう。微笑んだゼストはゆっくりと振り返り、愛してやまない恋人に口付けた。
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